第8話
「12番に侵入者。警報鳴らせ」
「待て、目的が知りたい。暫く泳がせておくんじゃ」
警戒網を潜り抜けてきたベルハルトを女性オペレーターが発見したが、司令の一言が警報装置を作動させる手を止めた。
「しかし、拘束してから聞き出せば良いのでは」
「これがそう簡単に捕まるタマかの?」
アイリを見上げるオペレーターに数枚の書類が付きつけられる。
「……元特殊部隊。それも精鋭の中の精鋭、第44D小隊ですか」
「現在は南北問わずに活動するPMCヘキサアームズの分隊長で、WAWの操縦や破壊活動のスペシャリスト。北側には要注意者として手配されているらしい。そんな男が何の用かのー」
「司令、呑気に構えてる場合ではありませんよ!」
「そうじゃった、そうじゃった。我としたことがほれ、この有様よ」
言葉とは裏腹に冷静なアイリ。
女性オペレーターがスクリーンに視線を戻すと、そこには白黒のノイズが広がっていた。
「ジャミングが本基地を中心に広域に張り巡らされています。復旧まで約200秒」
「第一小隊との連絡途絶。戦術リンク再接続中」
オペレーターたちは決して慢心はしていなかったのであろうが、予想外の事態に室内に波紋が広がっていく。
その中でただ一人、静寂を守り最果てのただ一点を見つめている者がいた。
「アイリ司令?」
慌ただしくなったCICで居所のないイリアがすがるように声をかけた。
「待機中の第二、三小隊から出撃。ここに何かが迫っておる。コード・レッド発令。有視界で警戒、防御円陣」
「……第二、三小隊出撃。周囲3キロに防衛線を張り死守せよ。コード・レッド、繰り返すコード・レッド」
アイリの直感による指令。
根拠は全くないが、彼女の判断が違えたことは全くなかった。
「侵入者はどのように?」
「こうなった以上、仕方ないのう。何人か向かわせて拘束せよ。できる限り手荒なことをするでないぞ」
「了解」
「広域戦術リンク復旧まで3秒、2、1……」
カウントダウンが終わりスクリーンのノイズが晴れると、そこには無数の赤点が群れを成してブリグノーグ陸軍基地を目指して移動している姿が見られた。
「ボギー多数。方位220から160にかけて当基地へ接近中。距離5000」
「何故ここまで接近を許したんじゃ!? 即応部隊は?」
「それが……各所で障害が発生中。対応に追われ、混乱している様子です。援軍は望めません」
「どこのどやつか知らんが、やってくれるのう……」
アイリは憎悪と焦燥、悲哀や絶望の入り混じった少女の顔できつく嗤う。
恐らく今の今まで見ていた映像は何処からかリレーされたダミーであり、各所に設置されたセンサーも無効化されていたのだろう。
反応の大きさや、侵入角度から察するにブリグノーグ南方に存在する魔獣の巣から侵攻してきた可能性が高い。
しかし、あそこはつい先日大規模な掃討作戦があったはずでは?
アイリは思案する。
命令系統を持たぬ繁殖しか能のない奴らが何故ここを目指しているのか。
タイミングよくベルハルトという男が現れたこと。
そして彼の照会を軍情報部が渋ったこと――。
「……ボギー1から120をバンディットと断定。目視で確認次第排除せよ。全機兵装使用自由」
「接近するウルフ型を複数確認。撃ち方始め」
指令を受けた後衛の|多連装ロケットシステム《MLRS》を装備するWAWが重心を落とし、攻撃地点目掛けてロケットコンテナを次々に火噴かせた。
それは厚い煙を残しながら高速で飛翔していき、標的の上空で火球を作り出して地面で蠢いていた魔獣たちの上から無数の子爆弾をばら撒く。
樹々が疎らに生息する荒地を掘り起こすかのごとく地表で爆ぜ、一帯が砂と血煙で覆われた。
「バンディット1から23破壊。残りガンの射程内に進入」
「203、204。タンク型を優先的に排除。残りは30ミリ機関砲で対応」
対主力戦車用の大口径ライフルが巨大な火球と衝撃波を生み出し、タングステン鋼で覆われた砲弾が巨大な四つ足の獣たちの厚い皮膚を貫く。
運動エネルギーを一気に爆発させた砲弾は彼らの肉を残酷に抉り、それが抜ける頃には大きな風穴となっていた。
急所を正確に撃ち抜かれた巨獣は聞いた者の心を狂わせそうなほどの断末魔を上げ、血飛沫の中にその巨体を横たえる。
その間を縫うように他の魔獣たちが駆けていく。
しかし、サウストリアのWAWたちは接近を許さない。
6本の銃身が高速で回転し、毎分2400発という速度で発射される30ミリ徹甲弾を以てして獣たちを横一閃に薙ぎ払った。
「24から38、110から120破壊。残数72」
着弾と同時に画面上の赤点が次々と消えていく。
「MLRS再装填急げ。第一小隊と連絡はとれたか?」
アイリが戦果を目の端で確認し、連絡が途絶していたアンジェ率いる第一小隊のシグナルを追う。
「それが、未だに信号を見失っていまして」
「確認を急がせよ」
彼女の滲んだ声が響く。
その場で気が付いているのはその場でイリアただ一人だった。
「司令?」
「嫌な予感がして堪らんのじゃ。これだけで終わらん気がしてな」
イリアの問いかけにアイリは薄い唇をぎりっと噛みしめて返した。
頭から一筋の汗が垂れ、固い床に打ち付けられる。
「これは……? 山、いや……」
レーダー手が訝し気に呟く。
懸命な迎撃で順調にその数を減らしていた赤点の奥で巨大――と言い表すには生易しいほどの大きさ。
それはまるで山のようで、じわりじわりと基地に迫っていた。