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灰かぶりの御伽噺  作者: 雨月サト
第1章
7/11

第7話

 翌朝。


「おながいだいいいいぃ……」


 着任時の威厳は何処へやら。

 イリアは腹痛でベッドの上をのたうち回っていた。


「昨日何か変な物食べたんじゃないでしょうね」


 その横ではいつもの表情のアンジェがぐねぐねと動く布団の芋虫を見下げていた。


――こんな上官の下で働くなんて、私はなんて不幸なんだ。


 アンジェは頭を抱える。

 彼女は出世コースを狙っていたわけではないが、いい異性と出会い家庭に入ることを望んでいた。

 だからといって待っているのは性に合わないので、気になる相手には積極的にアプローチをかけている。

 その成果が整備兵たちの間で広がっている「男漁りのアンジェ」という不名誉な称号だ。

 見た目や行動とは反し、フィクションのような劇的な出会いを思い浮かべては現実に叩きのめされている彼女もまた無垢なる存在だった。

 しかしそれでは人として舐められる。


「ママ―、アイス食べたい」


 アンジェが気丈に振舞って得たものと言えば、ベッドでふにゃふにゃになっているこの魔女一人である。


「冷たいものと刺激物は控えなさいって先生にも言われたでしょ。大人しく水でも飲んでおきなさい」

「えー」


 部屋から出て行こうとしていたアンジェをイリアが言葉でつなぎとめようとする。

 アンジェはそれも悪くないな、とも思う。

 階級や年齢は違えど、気さくに接してくれる友人が出来たのだ。


「大丈夫。WAWヴァンドリングヴァーゲン鴨狩(ダックハント)に行くだけよ。現地の指揮は私が執るから心配しないで休んでて」


 普段はあまりぽんこつな魔女には笑顔を見せないアンジェが微笑んで見せる。

 刹那、ただでさえ体調不良なイリアの背中に一筋の冷たい汗がつぅと伝う。


「アンジェ……?」


 華奢な身体に悪寒が襲い掛かっていた。

 まるで触れてはいけないものに触れてしまったかのような罪悪感、嫌悪が彼女の全身に浸透していく。


「顔色悪いわよ。心配しないで、すぐに帰ってくるから」


 その優しい一言が。

 その柔らかな表情が。

 一つ一つがイリアの封じていた心を叩くようで、息苦しささえ感じる。

 時々夢で見る少年。

 失われた時に交わしたはずの約束。


「イリア?」

「大丈夫、ちょっと辛いだけだから」


 イリアは慌てて作り笑いを浮かべ、両手を振って誤魔化そうとする。

 しかしアンジェとて短い付き合いではない。心の内を察しながらも敢えて追及はせず「そう。じゃあ、行ってくるわ」と友人に片目を(つむ)ってみせる。


「……ごめん」


 それは誰への謝罪だったのか。

 閉まった扉の向こうにその弱々しい声は届かず、イリアは腹の痛みも忘れて俯いた。




「魔女殿、この先はCIC(戦闘指揮所)です。作戦行動中はご遠慮下さい」


 体調が回復したイリアは魔女の礼装に着替え、基地のCIC(戦闘指揮所)前に居た。

 そこは厚い防弾・防爆扉で隠され、その両脇を実弾が装填された自動小銃(アサルトライフル)を携えた完全武装の兵士たちが警護をしている。


「アイリ司令に呼ばれた。通してもらえないだろうか」

「虚偽の申告は懲罰の対象となります。お引き取りを」


 ヘルメットの奥から彼女に注がれる鋭い視線は練度の高さが(うかが)え、イリアの言葉は国と秩序に忠誠を誓った彼らを動かすには足りなかった。

 彼女は中へ入るための文言に色々と思考を巡らすが、幾ら頭を捻っても一つしか出て来ず自らの発想力の乏しさに辟易(へきえき)とした。


「……仲間が。いや、部下たちが命をかけて作戦を行っている。上官たる私がそれを見届けずに何とする」


 熱のこもった心からの言葉。


「貴君らにも共に戦場を駆けた友が居るのだろう? 彼らが行き先を見守りたいと思わないか?」

「……規則は規則ですので、どうか」


 イリアの説得虚しく、兵士たちは彼女に視線を合わそうとはせず、その場から一歩たりとも動こうとはしない。

 彼女は落胆の色を悟られまいと「分かった。これが貴君らの職務なのだからな」と言い、退(しりぞ)く振りを見せた次の瞬間だった。

 天井に取り付けられたスピーカーから「30点じゃ。まだまだよのぅ」と声が通路に響く。

 そして扉が重々しく左右に分かれ、薄暗い室内から背丈の低い少女が湧いて出る。

 腰まで流れる艶やかな明るい茶色のロングヘア。

 好奇心の強そうなくりっとした黄金色(こがねいろ)の瞳には童心が宿っており、どう見ても12歳前後にしか見えない。


「ほれ、さっさと入らんか」


 室内から不敵な笑みを浮かべ、手招きをする少女。


「アイリ司令」


 イリアはこの基地の司令官であるアイリ・ウルバネツ少将の名を呼ぶ。

 彼女は見た目こそ年端もいかぬ少女だが、小さな身体からは想像出来ないほどの胆力、判断力を持つ。

 しかし、人心掌握は苦手なようで要らぬ騒ぎや誤解を生むことも少なくない。


「遠慮は要らん。開いた椅子でも座って見ておれ」


 アイリはCIC(戦闘指揮所)の奥にある少し高くなった椅子に腰掛け、一旦ゆっくりと目を閉じて再び開ける。

 そこに先ほどまでの燦爛(さんらん)としたあどけない光はなく、かわりにあったのは病的に理性を宿す戦人(いくさびと)の目だった。


『こちら101。現在第二チェックポイントを通過。付近に生体反応なし』


 スピーカーからアンジェの声が響く。


「こちらCIC(戦闘指揮所)、了解。警戒を厳にし第三チェックポイントへ」

「第一小隊了解。各機方位315(北西方向)に」


 正面のメインスクリーンへ描写された電子地図上をグレーの三角形が四つ。P3と書かれたピンに導かれるように移動していく。


「イリアよ。我に何か話すことはないのか?」


 スクリーンをじっと見つめていた彼女の横顔にアイリが言葉を投げかけた。


「……今から3日前、ベルハルト・トロイヤードを名乗る男からコンタクトがありました。わたしの幼馴染だと言って、3日後は出歩くななど妄言かと思っていましたが」

「現実、出撃しているはずのお主はここにいる」


 頷くイリア。


「奴は預言者かの? それともただの不審者かのう?」


 にちゃりと湿り気を含んだ笑みを浮かべるアイリ。

 イリアがその視線の先を見ると、基地の監視カメラに映し出された赤髪の男性の姿があった。


「ベルハルト……? どうして……」


 イリアが口元を手で覆い、呟く。

 カメラに映し出されたのはつい3日前に再会した幼馴染、ベルハルト・トロイヤードだった。

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