第6話
「13年ぶりに幼馴染に再会したというのに、ファストフードか?」
「だってモッシュシェイク好きなんだもん」
世界全国に数万店舗のチェーン店を持つというモッシュバーガーの一角でイリアたちはそれぞれ茶色のプラスチックトレイを手に着席する。
「まあ、込み入った話をするにはいいかも知れないが……本当に構わないのか?」
「うーん。こういうことはあまり言いたくないけど、わたしは昔の記憶がなくて今まで何人もの『幼馴染』だとか『知り合い』が訪れてきたのよね」
イリアが好物のシェイクを啜りながらベルハルトを真っ直ぐ見つめる。
彼は品定めをされるような視線に少しだけ困ったかのような表情を浮かべ「まあ、お前の記憶がないんじゃ確かめようがないからな」とハンバーガーにかぶりつく。
一口、二口、三口。凄まじい勢いで平らげていくベルハルトを二人は塩の効いたポテトを突きながら冷静に観察する。
多少粗暴のようだが、悪い人間には見えないというのが第一印象だった。
「信じてもらえないことには何を言っても始まらないのだが……そうであるならば、一つだけ言わせてくれ。三日後、魔獣の巣周辺の掃討作戦には出るな。基地で大人しくしておけ」
「そんな作戦は立案すらされていない。本当のことを言って?」
「信じてくれ。危険が迫っている。特にさっきの男、あいつには注意しておけ」
ベルハルトが険しい表情でイリアに訴えかける。
「約束は必ず果たす。それでは」
彼は手にしていたハンバーガーの包装紙をグシャっと握りつぶすと、素早く立ち上がって振り返ることなくその場を後にする。
「……エリートストーカー?」
「変な言葉を造らないで頂戴。先の写真と名前で照会急がせるわね」
残された二人は「時々食べたくなるいつもの味」がキャッチコピーのモッシュバーガーをのんびりと楽しむのだった。
それから二日後。
夕刻、イリアの居室に扉を軽く叩く音が響いた。
「イリア、入るわよ」
「はいはいはーい」
アンジェに気怠そうに返事をするイリア。
彼女はお気に入りの「人間は勿論、魔女も駄目にするクッション」に横になりながら端末を弄っていた。
「またそんな体勢で……落としても知らないからね」
「だいじょーぶ。IQ500オーバーのイリアさんは学習した! 新しいアイテムはコレだぁ! 象が引っ張っても大丈夫なバンカーリング!」
イリアは得意気に通販で手に入れた黒光りする金属製の保持リングを呆れ顔のアンジェに見せびらかした。
「なんと国防軍が制定したMIL規格を満たした逸品なんだー。これなら二度と落とさない!」
「そうだといいけどね。それよりも支給の端末にメール来てるから確認して」
「ええぇ、今いいところなんだけど。5分待って」
カチャカチャ。
ゲーム機のコントローラーが激しく動かされ、プラスチッキーなノイズを発する。
カチャカチャ。
カチャカチャカチャカチャッ。
「……5分経ったけど」
「うーん? この試合が終わるまで待っててー?」
ごろごろと姿勢を変えながらゲーム世界に興じる怠惰の魔女にアンジェは血管を膨らませた。
そして部屋の隅に向かい、何の迷いもなく無線ルーターの電源をオフにする。
「ああああああぁぁぁッ!?」
イリアがゲーム機の画面に表示された「回線が切断されました」というメッセージを見、魂の叫び声をあげる。
彼女の遠吠えに応えるように、兵舎の各所から声の叫びが上がった。
「魔女ちゃん! エロ動画をダウンロードしてる最中で止まったんだけど!?」
「延々と読み込みが終わらない!」
「何もしていないのにネットが死んだ!」
次々にイリアの部屋に駆け込んでくる兵士たち。
「あー……みんな、ごめんね。アンジェ少尉がコード引っ掛けたみたいで」
イリアは極めて殺意の強い魔力を目に込め、部屋の隅で佇んでいたアンジェを睨みつけた。
それに同調するかのように訓練後の趣味の時間を邪魔された隊員たちは青の炎を灯した。
「そんな目をしても駄目だからね。各自、今日は早めに休んで明日に備えること」
「了解ですう~」
「途中でお楽しみタイム邪魔されてやる気出ねえよお」
上官に言われ、文句を垂れながら渋々散っていく男性たち。
「明日って?」
イリアは睨みつけることを止め、きょとんとした表情でアンジェにたずねる。
すると彼女は「いいから、コレ」と机の上にあった支給品の携帯端末をイリアに投げて寄越す。
それを受け取った魔女は「ああ、不定期に魔獣討伐をしているアレね」と端末を何度か素早く操作して不意にピタリと動きを止める。
「……明日って」
「そう。彼の言ってた日」
イリアはまるで預言をピタリと言い当てられたかのようで冷や汗の垂れる思いだった。
普段はのんびりとしているが、決して愚鈍ではない彼女の頭脳が回転を始める。
不定期に行われる討伐作戦のことを何故事前に知っていた?
もし仮にそうとするならば、彼はその情報をどこで知り得た?
当日、何が起こるかは知らされていないが、得体のしれない気色悪さがイリアの背中にぞわりと這い上がる。
「明日、どうする?」
アンジェなりに気を遣っているのだろうか。声のトーンを落としてイリアへ問いかける。
「出る。何か言いなりになるなんて嫌だもん」
イリアは決意を示すように両手をぐっと握りしめ、紅玉に鋭い光を宿らせた。
そしてアンジェの元に歩み寄り、無線ルーターを復旧させるとクッションに放り投げていたゲーム機を再び持ち直してコントローラーを忙しなく叩きだす。
「こら、何してるの」
「ゲーム内のフレに回線落ちしたーって言い訳してる。オンラインは色々大変なんだよ」
イリアはアンジェに咎められるが、少しも悪びれた様子なくメッセージを打ち終わり電源を落としてデスクの片隅にある充電ステーションに戻す。
銀髪をふわりと躍らせながら椅子に座り、ラップトップパソコンを開いて慣れた様子で作業をし始めた。
「アンジェ少尉。明日は万が一ということもあるからB型装備で申請しておくね」
「いや、それは大袈裟でしょ。あの重たい装備、燃費が悪くなるのよ」
「まあまあ、これは隊長命令。何もなければそれで良いじゃない」
「あの男の言うことを真に受けているわけじゃないでしょうね」
「煙の無いところには何とやらっていうじゃない。ヨシっと」
イリアはアンジェとやり取りをしながら明日の出撃に関する電子書類を作成し、基地司令宛てに送信した。
「しかし何だねー。今の時代、ペーパーレス化が進んでるとはいえ画面にサインするのも味気ないねー」
「いいじゃない。資源も削減できるし、移動させる時間も短縮できるし」
「そうだけどさー。デスクにふんぞり返って大儀そうに判子を押すとか大物オーラが出てて憧れない?」
「ないわね。それより、明日は早いんだから消灯時間には寝るのよ」
「アイマムー」
部屋から出て行こうとするアンジェをイリアが気の抜けた敬礼をして見送る。
「まったく……」
薄暗い廊下に出たアンジェは大きく息を吸い込み、鍛えられた腹筋を使ってそれらを絞り出す。。
彼女にとってイリアは子どもっぽい上官だが、彼女がこの基地に着任してから早々タンク型の魔獣を生身で仕留めて誰もがその才を認めていた。
巨体を焼き尽くし、全てを灰へと帰する彼女のことを人はこう呼んだ。
「灰の魔女」と。