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灰かぶりの御伽噺  作者: 雨月サト
第1章
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第5話

「ありがとうございましたぁ!」


 店員の朗らかな声がフロアに響く。

 それを背に受け、イリアとアンジェの二人が店から出てきた。


「結局、新しいスマホになっちゃったねえー」


 イリアは上機嫌顔で腕に紙袋をかけ、真新しいスマートフォンを大事そうに両手で持っていた。


「結局、あの修理屋は役に立たなかった訳だけど」


 長時間の事務手続きで待たされていたアンジェにはやや疲労の色が見える。


「でも『幾多の戦場を共に渡り歩いてきたんだろう? コイツもそろそろ限界さ、そろそろ休ませてやりな』って言ってたじゃない。ぴったり言い当てるなんて凄くない?」

「そういう意味じゃないと思うけど、それより」


 アンジェがゆっくりと何度か瞬きをする。

 イリアはほんの少しだけ(こうべ)を垂れ、(おもむろ)に手元の端末でインカメラを起動させると右手を伸ばして「撮るよー」と余った手と身体を傾けてポージングを決めた。

 次の瞬間、カシャッという小気味の良い電子音が耳に入り、イリアがその世界の瞬間を切り取る。


「……撮れた?」

「撮れたとれた。最近は自撮り用か知らないけど、インカメラの性能も良いねえ。拡大してもはっきりだべさぁー」


 イリアは悪戯(いたずら)っぽい笑みでアンジェに端末の画面を見せる。

 そこには顔を逸らそうとしていた赤髪の青年の姿があった。

 端正な顔立ちに真夏の抜けるような青が二つ浮かんでいる。


「おー、イケメン。照会しておく?」

「念のためお願い。ファイル送るね」


 イリアが目にも止まらぬ速度でタッチスクリーンをタップし、アンジェの端末に写真を送信する。


「でもこの人、どこかで見たような……」


 紅玉が画面の男性を見つめた。

 忘れていた記憶と何か関係があるのだろうか。イリアは思案する。

 であるならば、それ相当の警戒をしなければならない。彼女は気を引き締める思いで奥歯をぎゅっと噛み、端末を手提げ鞄に戻そうとした。


「あっ」


 悲劇は繰り返す。

 彼女が手からするりと端末が抜け落ち、床へ落下――はしなかった。


「相変わらずどん臭いんだな、魔女の嬢ちゃんは」


 いつの間にそこに立っていたのだろう。

 くたびれたスーツ姿の黒髪の男性が端末を掴み、口元を歪めてイリアとアンジェの間に割って入っていた。

 サングラスに光沢のあるオールバック。頬から顎にかけては剃り残しの髭がプツプツと浮いている。


「ザイスさん」

「ほらよ。折角新しいケータイ買ったんだ。落とすんじゃねーぞ」


 ザイスと呼ばれた男性は様相とは裏腹に、柔らかな手つきで彼女に端末を返す。


「誰だっけ、この人」


 見慣れない男性に(いぶか)しげに眉をひそめるアンジェはイリアに耳打ちをした。


「知らない? 基地の整備員さんだよ。WAWヴァンドリングヴァーゲンのメンテナンスをしてくれてるんだ」

「と言っても、無学な自分はもっぱら雑用係ですがね」

「ふぅん……」


 アンジェはこの男性の胡散臭い風貌に隠れた目をじぃっと凝視した。

 彼はそれを察したか、背筋を正して咳払いをし、両足を揃える。


「ザイス・ホーカム二等整備兵です。アンジェ・アーミテイジ少尉、お噂はかねがね」

「よろしく。噂?」

「何でも嬢ちゃん……大尉の世話役で連日ストレスを溜めて男漁りで発散してるとか何とか」

「えぇ~」

「してないから! 適当なこと言わないで!」


 思い当たる節があるのか、顔を真っ赤に染めて抗議するアンジェ。


「まあ、ほどほどにしてくださいね。規律が乱れるので」

「だーかーらぁ! そんなことしてない!」


 激昂(げっこう)ともとれる表情で体格差のあるザイスに掴みかかるアンジェ。

 刹那、彼女の「鼻」が様々な臭いを感じ取る。

 マシンオイル、火薬、硝煙……そして鉄と血、高濃度に圧縮された魔力の気配。

 この男、ただの整備兵ではない――アンジェは腕に込めていた力を緩め、アメシストの輝きでサングラスの奥底を貫かんとする。


「失礼しました。ですが『噂』はウワサですので、そこまでお気になさらず」


 ザイスはその視線を別の意味でとらえたのか、闇色の短髪をポリポリとかきながらアンジェへ言葉を返す。

 彼女はその締まらない姿から自分の思い違いだったか。と疑問混じりの重たい息を吐いた。


「では、自分はこれで」


 彼は深々と頭を下げ、口元だけは笑って去っていった。


「イリア、あの男のこと気が付いてる?」

「イジエル紛争で色々あったんだって。瀕死のところをエンハンスド手術で生き永らえたとか、複雑な過去がありそうだよね」

「エンハンスドって、あの強化人間を造り出すっていう?」

「そ、表向きは禁止されているけどね」


 声が大きくなるアンジェを咎めるようにイリアが目を細め、リップグロスを引いた唇に人差し指を当てた。


「でもそういう人たちって大体特殊部隊に所属しているじゃない。どうしてこんな魔獣討伐部隊の整備班に?」

「さあ、そのあたりは全く話してくれないんだよね」


 二人は先のアクセサリショップに向けて歩き出そうとした次の瞬間。


「イリア」


 イリアが振り返ると、そこには同い年くらいの青年が立っていた。

 男性としてはやや長めの赤髪を波打たせ、鋭い青の瞳を携えて口元を真一文字に結んでいる。


「……だれ?」


 イリアたちがただの不審者だと思っていた男性が白昼堂々話しかけてきた。

 彼女らは警戒の色を濃くし、アンジェはポーチのボタンを外し、いつでも対応できるように身構えた。


「俺だ、イリア。ベルハルト・トロイヤードだ 」


 ベルハルトと名乗った男性は両手を広げ、悪意がないことを全身で示した。


 彼らが別れたあの日から13年。

 この日、再び道は交わるのだった。

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