第4話
サウストリア中央部。
首都近郊ブリグノーグ市中央駅。
停車したばかりの路面電車は次々に乗客たちを吐き出し、その度に車体は苦しそうに上下に揺れる。
そこにはカッターシャツとスラックスをラフに着たイリアと、Vネックニットにワイドパンツでしっかりとコーディネートしたアンジェの姿があった。
「ねえ、イリア。もう少しまともな服なかったの?」
彼女のセンスのなさにアンジェは口の端を折り、呆れたかのように言い放つ。
「魔女の礼装と軍服とこれしかないよ?」
「ないよ、じゃない! もう少しお洒落しなさい、オシャレを!」
「ええー……だって変に可愛い格好して、男の人の目惹きたくないもん」
恥じらいの表現なのだろうか。イリアは俯いて手を組み、指をぐにぐにと動かす。
麗しい外見と子どもっぽい内面が相重なり、同性のアンジェでさえ一瞬だけ心を持っていかれた。
彼女にはそれがなんだか悔しくて、恥ずかしさ紛れに叩きやすような銀の頭を平手で打ちつける。
「理不尽な暴力!?」
「いいから行くよっ」
駅に隣接しているショッピングモールに入っていく二人。
「……見つけた」
その後を一つの影がふらりと及ばない足取りで追って行った。
「ええぇ! 売り切れ!?」
「申し訳ございません。そちらの商品はあまり人気がなく――ではなくて、型が古いためにメーカーのほうでも生産停止していまして」
「さらっと辛い現実が出たわね」
イリアたちに平謝りをするアクセサリショップの店員。
「お客様がお持ちの第4世代ではなく、最新の第7世代の物ならご用意できるのですが」「ええと……気合で入りません?」
「近年ではだいぶ大型化してきていますから、無理ですね……申し訳ありません」
「そんなぁ」
がっくりと項垂れるイリア。
「ですがっ、この最新型猫耳ケースは良いですよぉ!」
女性店員の目に突如炎が宿ったかと思えば、彼女は陳列棚から電光石火の如くパッケージを取り出してカウンターテーブルの上に音もなく置く。
「リング付き、耐衝撃、、国防軍規格取得、バンパー、スタンド機能、衝撃吸収、落下防止、カバー、リング回転可能、スライド式、レンズ保護、ワイヤレス充電対応というスペックながらにしてお値段なんと2000ハイト!」
「安い!」
「今ならなんとガラスフィルム付き!」
「買った!」
「待ちなさい」
新しい玩具を目の前にして興奮するイリアの頭を付添人がスパーンと叩き抜いた。
「いたっ」
「もう原形留めてないじゃない。それに、本体持ってないのにケースだけ買ってどうするの」
「んー……その日が来るまで飾っておく?」
「いつ来るのよ……まったく」
「でもそろそろ替えようと思ってたんだよね。バッテリーとか色々限界だったし」
「そのスマホ、思い出とかあるんじゃない?」
アンジェの何気ない一言がイリアに突き刺さる。
大学を卒業し、間もなく軍に配属されて。初任給で養父母にプレゼントした残りの金で契約したはじめての「自分だけのスマートフォン」
何かとそそっかしい彼女は耐久試験でもしてるかのように連日端末を落とし、何度もケースを替え、そのタフネスボディに助けられていた。
だが、彼女は知っている。
「ちっちっちっ、甘いなぁアンジェちゃんは」
イリアは人差し指を横に振り、幼い光を灯す紅玉でアンジェを見つめて言う。
「今の時代、思い出もクラウド保存なのだぁー! あ、端末自体は記念に取っておくけどね」
「お馬鹿っ、そんなに持ち上げたら……」
自分のスマートフォンを得意気に高く掲げるイリアを制止しようとするアンジェ。
「あ」
それはさも当然であるように彼女の手から滑り落ち、加速しながら直角に白タイルの床に落下する。
「いい音したわね」
「だっ、大丈夫っ。わたし、運だけはいいから!」
イリアは膝を折り、床に転がった愛機を持ち上げ動作確認をする。
かち。
かちかち。
「……あ、アンジェ助けて! 何もしてないのにスマホが壊れた!」
「思いっきり落としてたじゃない」
狼狽えるイリア。
呆れを通り越してしまって頭を抱えるアンジェ。
「あのー」
その隣で放置されていた女性店員が遠慮気味に声を上げる。
「修理が必要でしたら、知り合いのショップを紹介しましょうか? きっとお力になれるはずです」
店員はカウンターの中からメモ用紙を取り出し、店の名前をそこへ書き出した。
「1階の隅のほうです。人目に付きにくいところにあるのですが、腕は確かなので」
「ありがとうございますっ。早速行ってみます」
深々と頭を下げるイリア。
「いえいえ。直ると良いですね」
店員に見送られながら二人はその場を後にする。
通路に戻ると多くの人々が行き交い、モールは賑わっていた。
領土の一部を侵略され魔獣被害が続いてもなお人は虚構の平和にしがみついている。
だが、それは少しずつすこしずつ浸食されている事実を知る人間は少ない。
「アンジェ、あれかな?」
世間は彼らを陰謀論者として一括りにし、蔑んだ。
自分たちの足元が崩れかけようとしているというのに。
「この小奇麗なモールに入っているのが不思議に思えるくらい怪しい……」
人は過ちを繰り返す。
「イリア……」
これは一つの終焉を歩んだ者たちが紡ぐ御伽噺。