鬼の最期
二体の鬼がいた。
一体は赤い肌をした鬼で背の丈九尺にも及んだ。肩幅も広く身の丈以上の威圧感があった。
もう一体の鬼は肌が青い。赤鬼ほど体格は良くないが背丈は一丈を超えた。
鬼たちは金銀財宝に酒を盗んでは女を犯した。
そんな鬼たちを退治すべく討伐部隊まで編成されたが逆に皆が殺されてしまった。
あるとき二体の鬼は盗んだ黄金が敷き詰められた小さな島で酒盛りをしていた。空っぽの大きな酒樽が既にいくつも転がっていた。
赤鬼が酒樽を一気に呷った。
「あ? もうなくなっちまった。まだ飲んでねぇのは……」
飲み足りない赤鬼に青鬼が言う。
「島にあるのはそれで最後だ」
「何? 最後?」
そういう青鬼の手には中身の入った酒樽があった。
「青鬼、今飲んでるの俺に寄越せ」
「やなこった」
青鬼は赤鬼に負けない速度で一気に酒を飲み干した。
それを見た赤鬼は途端に不機嫌になった。
「また盗りに行きゃ良いだろ。それまで昼寝でもしてようぜ」
「仕方ねぇ。起きたらすぐ行くぜ」
赤鬼はそう言って横になった。
「待て。何か来る」
「いつものやつらか? 返り討ちにしてやらぁ」
一艘の小舟が島に近づいていた。
乗っていたのは一人の少年。
少年は島に上陸した。
刀を腰に佩いており、侍然とした出で立ちだ。そして幼さと凛々しさを同居させる美しい顔立ちであった。
「我が名は桃太郎。個人的な恨みはないが、一族のためお前たちの命貰い受ける」
「赤鬼。油断するなよ」
「油断? あれを相手に? 冗談だろう」
鬼たちは戦闘経験が豊富であった。目の前の少年が只者ではないと直感的に理解した。
既に酔いは醒めていた。
二体の鬼と桃太郎は真正面から向き合う。
先に動いたのは鬼の方だった。
赤鬼が金棒を左肩の上に振り被りながら真っ直ぐ桃太郎に向かう。その動きは図体に似合わず俊敏だ。
桃太郎は刀を両手で握ったまま動かない。
赤鬼は桃太郎目がけて金棒を思い切り振り下ろした。
桃太郎は一歩後ろに下がってそれを避けた。
金棒は地面にめり込む。
桃太郎は意に介さない。すかさず刀を横に薙いだ。
赤鬼は金棒から手を離しその場で跳んでこれを躱す。
好機。落ちてくるところを狙う桃太郎だったが後ろから気配を感じ振り向くと青鬼が迫っていた。
青鬼が桃太郎を掴もうとしたが、桃太郎は左方に飛び退き、すんでのところでこれを免れた。
仕切り直しである。
今度は桃太郎が先に仕掛けた。
鬼と遜色なく、否、それより素早く駆けた。そして青鬼目がけて縦に斬りつけた。
青鬼は斜め前に跳び桃太郎の後ろから金棒を叩きつけた。
桃太郎はひらりと避け青鬼の金棒を伝い腕を登り肩を蹴り赤鬼に向かって跳んだ。狙いは首筋ただ一つ。
赤鬼は左腕を体に引き込み首筋を守った。すなわち腕の肉で刀を止めた。
「やるな小僧」
赤鬼は左腕の筋肉を強張らせ刀を固定しながら右腕に力を込め桃太郎を金棒で殴りつけた。
桃太郎もまた腕で攻撃を受け止めたが、耐え難く吹き飛ばされてしまった。腕の骨が折れたのは言うまでもない。赤鬼は文字通り肉を切らせて骨を断ったのだ。
赤鬼は吹き飛ぶ桃太郎を見ながら刀を無造作に放った。
桃太郎は地面に打ち付けられたが、即座に立ち上がった。そして痛みに顔を歪めるどころか笑みを浮かべた。
「噂に違わぬ強さだ。だから」
桃太郎は腰の巾着から丸薬を取り出したかと思うと口に含み言った。
「本気を出そう」
キビダンゴ。
それはシバカリ一族に伝わる丸薬で、その効用は一言で表すなら肉体強化である。ただし、動物の力を伴うのが特徴である。
キビダンゴを摂取した桃太郎の体の変化は早かった。折れた腕は瞬く間に完治した。忽ち歯が伸び犬の牙となり細腕は狒狒の剛腕と化し、また雉の翼が背中に生えた。キビダンゴは通常一種類の動物の能力を付与するのだが、シバカリ一族当代は三種類同時に扱えるように改良したのだった。
桃太郎は飛んだ。雉の翼を羽搏かせ暴風を巻き起こす。
その風は強力であった。鬼の巨体を持ってしてもその場に止まるのがやっとであった。
桃太郎は急降下し青鬼に乱打を加えた。風は止んでいたが初動が出遅れた青鬼は防戦一方である。
赤鬼が加勢に入ると桃太郎は空高く舞い上がった。再び荒れ狂う風を作り出した。
桃太郎はまたぞろ青鬼に向かって突っ込んだ。
青鬼は迎撃態勢に入る。このままではじり貧なのは青鬼とて分かっている。金棒は地面に置いた。桃太郎の速度に合わせるのに金棒は不利と踏んだためだ。
ここで決める。先程のやり取りで機は捉えている。青鬼は正にこの瞬間しかないというときに拳を合わせた。
しかし桃太郎の方が一枚上手であった。翼を僅かに動かし軌道を変え青鬼の拳の飛んでくる方向から自身をずらした。狒狒の剛腕による殴打が青鬼の顎に炸裂した。
青鬼は気絶してもおかしくない一撃をもらったにも拘わらず意識を手放さなかった。更に驚くべきことに笑っていた。
「赤鬼よ、俺はこんなときが来ると思っていた。俺たちは殺されるんだ。先に俺。それから赤鬼。何故か分からんが時々頭に降りて来るんだ。そして今がその時という訳だ」
青鬼!
赤鬼は青鬼に死んで欲しくなかった。
そんなことに今更気が付いた。
殺される側に回るなどという考えが過ぎったことがなかったからだ。
赤鬼は今になって後悔した。
悪逆の限りを尽くした。
到底許されることではない。
今までの行いをしなければこんな目に合わなかったのでは?
違う道があったのか?
何故今更こんなことを思う。
何故体が動かない。
桃太郎は旋回し刀を拾い青鬼を斬り捨てた。
青鬼は絶命した。
コロス。
幾度となく殺人をやってきた赤鬼であったが、この瞬間が最も殺意のこもった瞬間であった。
赤鬼は猛攻を仕掛ける。
しかし感情とはうらはらに攻めあぐねた。
怒りで攻撃が単調になったのだ。
桃太郎に掠る気配すらない。
逆に桃太郎は余裕すら感じさせる。
「この腕ならば刀より金棒の方が使いやすそうだ」
桃太郎はそう言うと青鬼の側にある金棒を手に取った。
「その金棒は青鬼のだぞ!」
「幾度も窃盗を繰り返したお前が言うのか?」
「うるせえ!」
赤鬼の殺意は頂点ではなかった。桃太郎との問答で更に上昇したのだ。
赤鬼は咆哮した。最早会話は成り立たない。
赤鬼は力に任せて金棒を振り回すばかりだ。
勝負は決まったも同然であった。
赤鬼はその場で蹲った。赤鬼は苦しそうに肩で息をする。外傷も酷いが、いくつか内臓も機能していないだろう。
桃太郎は赤鬼に問いかけた。
「言い残すことは?」
赤鬼は目を見張り言った。
「何故青鬼のやつには聞いてやらなかったんだ」
「それは……悪かった。余裕がなかった。君たちは強かった」
「そうかよ」
赤鬼は納得しようとしたが納得しきれなかった。
赤鬼は少し間をおいて再び口を開いた。
「青鬼の野郎が言い残せなかったんだ……だから俺も……言い残すことはねぇ」
桃太郎は目を閉じ、ゆっくりと開いた。そして早く終わらせてやろうと思った。
「分かった」
桃太郎は赤鬼にとどめを刺した。
見事な太刀筋であった。
桃太郎は島に鬼の墓を二つ立てた。
そして二本の金棒をそれぞれの墓に立てかけた。
「お休み」
桃太郎はこの島にあったものはすべて持ち帰るなり処分するなりした。
金棒二本を除いては。