21.ジジ・パンディアン『壁から死体?』(2022)
異世界恋愛ミステリ普及委員会事務局の琥珀です。
先日、「コージー系でもなんか読みたいな〜」と適当に地元図書館で借りてきた本作が!結構!どうしてこうなってるの!?ってところがあったので、他山の石とすべく引っかかったポイントをまとめてみるのです。
他人様の作品をどうこう言えるようなものを書いておりませんのでなんなんですが、これはミステリでやっちゃいけんやろと途中からぷんすかしながら読んでしまったのでででで……
設定が意味不明に複雑なので、伝わるかどうかアレですが、お付き合いください><
1)死体が転がり出てからのヒロインの反応がおかしい
ヒロインのテンペスト・ラージ(26歳)は、若くしてラスヴェガスでイリュージョニストやってた人。
んが、パフォーマンス中に事故を起こしかけたことで、契約打ち切られ〜のなんかむしられ〜のでお金もキャリアも失ってサンフランシスコ近郊にある実家に帰ってきたところ。
実家は、大工であるパパが、家の中に隠し扉を作るとかユニークなリフォーム専門の工務店「秘密の階段建築社」を経営しているんだけど、業績低迷中。
パパは孤児なんだけど、ママは南インドのマジシャン・ラージ一族の出。
元イリュージョニストのママが、単に隠し扉つけるだけじゃなくて、仕掛けのデザインとかに巧く物語性をつけてより魅力的にしてくれてたんだけど、失踪してもうたんですね。
そんでママが失踪した時に、スコットランドにいた母方のおじいちゃんおばあちゃんが来て、そのまま敷地内別居的に暮らしてるという状況なのです。
実家は、結構敷地が広いので、実験的に造った建物が色々あったりもしますんで。
そんで、暇ならパパの仕事でもとりあえず手伝っとけってなって、オーナーが変わって改修を頼まれた屋敷の記録を見てたりしていると、本来部屋だったのに数十年前?に閉鎖された空間があるっぽい?となって、ちょと壁を壊してみたら、なんか袋に入れられた死体っぽいものがあるっぽいーーー!
数十年前とかに住んでた人が誰か殺して隠しとったんか!?と通報したら、警察が本格的に死体を出してみると、なんとテンペストの替え玉をやっていたキャシディ。
圧倒的に死にたてだったのです。
このへん、匂いでわからんかったのかとか思わんこともないですが、西海岸やし乾燥しててあんま腐敗すすんでなかったんですかね??
ま、遠目なら観客がテンペストだと思い込むくらいには似ているキャシディは、テンペストが一瞬付き合っていた元彼と付き合いだしたり、事故を仕組んでテンペストのショーを乗っ取ろうとしたり、異世界恋愛で言えばクソ妹的なムーヴをかましていた人、というのがおいおい説明されていきます。
というわけで、色々あったにせよ、一緒に仕事してた人じゃないですか。
その遺体がラスヴェガスからそこそこ離れたパパの仕事先の屋敷で見つかって、まずテンペストが思うのが、「彼女は自分の身代わりで死んだんじゃないか」。
いやまあ、ラージ一族は代々、一族の長子はパフォーマンス中に死んでしまう呪いがあるとか言われていて、実際テンペストの伯母さんも、大伯父さんもそれで亡くなってるんですわ。
伯母さんが亡くなったのでママは引退し、大伯父さんが亡くなったのでおじーちゃんは医学の道に進んで医者になってる(今は引退して料理に邁進)。
その前の代でも、死人が出ているらしい。
でもちょっと待て。
パフォーマンス中の死亡だったらわかります。
だけど、マジック全然関係ない場所で死体が出てきて、まずソレ??
そんで、イヤな相手だったとはいえ、キャシディの死を一応悼むとか、逆に悼めない自分にもやもやするとか、とにかくキャシディへの感情がほぼないのです。
ひたすら自分の一族の呪いと行方不明になった母親のことしか考えてない。
いや知ってる人が殺されて遺体見ちゃったら、もうちょいなんか相手に対して思ったりするんではないの??
コージー系って、ヒロインに感情移入しつつどたばたを楽しむものだと思うんですが、こんなヒロインに感情移入できんやろーーー!
あと、キャシディがなんでこんなところで死体になってるのか意味不明なんですけど、そのことも考えないんですよね……
このへんでのキャシディの関係者はテンペストだけなので、テンペスト本人あるいはその家族や親しい人がなんかしたんじゃないかと思われても全然おかしくないというか、まずそこが疑われると思うんですが、その可能性も考えない。
呪いのことばっかりで、推理をあんましないんですよね。
ま、徐々にいろんな証拠が出てきて何が起きたかわかってくるんですが、それにしても受け身。
「呪い」がテンペストのオブセッションになってる風ではあるんですが、後出しで小出し小出しに語られることもあって、なにがなにやら感凄い。
ついでに、テンペストの歪みを俯瞰してなんか説明する部分がなく、キャラクターではなく作品世界全体が変に歪んじゃってます……
2)警察……なにやってるんですか??
語り手が狂ってる(かも?)作品といえば、ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』とか大傑作色々あるので、単にテンペストが狂ってるんならそういう話でもいいんですが。
警察もねー……まともに捜査しないんですよ。
遺体を回収した時に、パパとかから軽く聞き取りをして、普通に現場検証くらいはしたのか?とにかく作中ではあっさり終わります。
なんでそんなところに遺体入ってたのかとかも、特に触らない。
これが「科捜研の女」とかだったら、川井憲次のBGMを流しながら、マリコさんが指紋とか血痕とか微物とか採取しまくったあげく、どっかから凄い機械借りてきて、壁も天井も床もめちゃくちゃスキャンしたりするやつやないですか。
んで、テンペストの元彼でキャシディの現彼氏の車からキャシディの血痕出たので、彼氏を勾留してなんか捜査終わった感じになってる……
彼氏は知らぬ存ぜぬで突っぱねてる模様ですが、いやもうちょっと犯行前後の足取りとかやりますやん?
なんでこんなところに遺体持ってきたんやとかやりますやん?
この作品、はっきりした年は書いてないんですが、みんなスマホを使っているので、少なくとも2010年代なんですよ。
防カメとかスマホのアレコレとか足取りを確認するもの色々あるんちゃう?
そんで被害者とクッソ揉めてたテンペストが発見現場にいたんだから、もうちょい事情聴取して詰めてみるくらいするんちゃう?
と、思うのですが、そのあたりなんにもなく、なのでテンペストはうだうだと一族の呪いガーとか、ママはどこに消えたノーとかやってるだけなのです。
3)「あらため」が不十分
とはいえ、「数十年前に閉鎖されたはずの謎空間から、最近殺された遺体が出てきた」という謎は興味深いんですよ。
そんで、テンペストの幼馴染のアイヴィが本格ミステリオタクで、カー『三つの棺』の密室講義の話とかも出てくるんですが。
なんですけど、パパ達が確認したら、現場の謎空間に別に怪しいところはなかった、で終わっちゃうんですよね。
犯行が行われてすぐとかならとにかく、この作品の場合は、殺害から遺体の発見までに間があるし、いろんな細工ができちゃう人も関係者にいるので、どういう風に確認したのか、しっかり描写してほしかったなあああと思うのです。
1)2)だけでなく全体に話の展開がぐだついてることもあって「ここまで読んできて、実は壁じゃなくて天井とか床に仕掛がありましたー!ってオチとかじゃあるまいな??」と不安に駆られながら読む羽目に……
てか、カードマジックなら客にカードをあらためさせるとかして、「このカードは普通のカードです〜」ていうのをちゃんと示してからやってくんないと、なんか不思議現象見せられても「あーはいはいカードに細工があるのねー」で終わりじゃないですか。
推理小説もそこをちゃんとやらないとフェアじゃないし、面白みが出ないと思うんですよ。
というか、「あらため」部分書くのって楽しいですよね!
むしろ、仕掛け作りが専門の大工さんがどういう風に確認するのか、がっつり具体的に書いてくれたら、めっちゃ面白かったのニー……
とまぁ、一言で言えば、概して説明不足というかなんというかで。
開幕、ヒロイン寄り三人称視点の独白的なところから始まるんですが、名前が性別不明な「テンペスト」だし、なんかトラブルがあって挫折してぐだってるぽいことはわかるけれど、どういうキャラなのかまったくわからんまま結構進むので、なんじゃこれ??ってなったりもしました。
トリック自体は悪くはないし、ちゃんとヒントも出てるのでフェアではあるんですが。
最近読んだ別の作品で、被害者出てきた時点で「あーこれこの人殺される〜そんで犯人はこの人〜」ってなった上に、ちょい場面が進んだところで「もしかしてコレに毒が入ってる??」となり、わりとその通りだったのがあるんですが、正直、そっちの方が全然面白かった。
だってそっちのヒロインは、普通に共感できるし応援できるもん。
本作は「一族の呪い」ネタに重点置きすぎたのがあかんかったんですかね……
新シリーズの一作目なので、主人公の設定説明頑張りすぎたのかもしれんですが。
推理小説オタク歴はそこそこあり、数百冊は読んでるはずなんですが、いやー自分が読んだ商業作品では一番ダメだったかも。これ。
特に、警察の動きが致命的だったなぁと思います。
そのへんガバガバにできる異世界恋愛ミステリにしておけばよかったのに……(違)
ちなみに作者のジジ・パンディアンは長編ミステリを十数作出していて、アガサ賞も獲っている人。
数百年生きてる錬金術師のシリーズとかも書いているそうです。
訳者あとがきには、日本の推理小説にも興味があり、特に新本格が好きらしくて、作中でも島田荘司『占星術殺人事件』が出てきてびっくりしました。
いやでも『占星術』は密室物ではないので、この作品で島荘引き合いに出すなら『斜め屋敷の犯罪』だろうし、マジック関連だったら泡坂妻夫やろそこはー!となりましたが。
泡坂妻夫のWikipediaみたら、中国語版とドイツ語版しかないので、英訳されてないのかも??
むしろ中国語版がやたら充実していて、なんじゃこれってなった。
というわけで、あんまオススメできない本作ですが、インド料理をベースにおじいちゃんが色々作るものがやたら美味しそうで、一部のレシピは巻末に掲載されているので、そこは良かったです。
あ、そうだ。ヒロインが飼ってるうさちゃん(5歳の垂れ耳ちゃんで6.8kg)、やたら存在感あるので、兎ラブな高取和生先生にはオススメです!
ちゅうか6.8kgって、猫でも結構大きい方だと思うけど、そんなデカくなるのかうさちゃん……
ちなみに、次作は「新本格をテーマにした読書室が完成したので、お披露目パーティで降霊会やったら有名ミステリ作家が殺されたー!」というものらしくて、お?十角形の部屋とか作るんか??ってなってます。
25年3月に『読書会は危険?』というタイトルで創元社から出版予定ですので、新本格好きの方はチェックされるのもよろしいかもです。




