魔ノ住マウ森
ずーん、ぐらぐらぐら…
最近やたらと地震が多い。
この風の国ミトラルでは地震なんて年に一度もあるかないかだ。
それがここのところ毎日地震が続いている。
風の神殿では巫女であるイシュカが怪訝そうに窓の外を眺めていた。
(風が…騒いでいる…)
ミトラルは風の国と言うだけあり、年中風が吹いている。その風はいつもそよ風で気持ちのいいものだった。
それが今日はやたら騒がしく感じる。
他の神官達は気がつかないだろう。
それは風の巫女であるイシュカだけが感じ取れる風の『声』である。
(風よ…何を騒いでいるの?)
イシュカは精神を集中させ風に問い掛ける。
だが、それへの返答はない。
イシュカにとっては語り掛けても返答がないことが不思議でならなかった。
(いつもと感じが違う…)
その時、いきなりずんっという音と共にとてつもない重力が体にのしかかる。
「な、何?」
神官達は右往左往しながら大声を上げ、急に神殿の中がバタバタし始める。
「な、何事だ!?」
「観測班、何をしている!?」
「西の森より異常な歪みが観測されました!!」
…周りの神官達がうるさ過ぎて風の声が全く聞こえない…いや、違う。
周りのせいではない…。
「風が…止んだ…」
あり得ない…このミトラルにおいては風が止むなんてあり得ないのだ。懸命に風の声に耳を傾けるが何度耳を澄ましても何も聞こえない。
「イシュカ様!」
神官の一人が声を荒立てて走ってくる。
「何事ですか?」
「それが…西の森に歪みが発生したようで…その…突如おかしな空間が生まれたと…」
「おかしな…空間…?」
急いで窓の外へ顔を出し西の森への方を見る。
なるほど、確かにそれはおかしな空間としかいい様がなかった。
森の中央部の空気が歪み、ユラユラと蜃気楼のように揺らいでいる。
そして森の中がくりぬいたかの様に中心部だけ木々がなくなっているのだ。
風が止んだのはアレのせい…?
「あれはどういう事ですか?」
「わかりません、何せこのような事は初めてでして…現在調査に向かわせております」
西の森は魔が住まう森と言われている。
ゆえに立ち入りを許可されていない区域になっている。
(まさか…ね…)
イシュカは神殿に収められている文献をだいぶ読んだはずだ。
だがここ数百年での歴史で西の森に関するおかしな話はなかったのだ。
魔が住まうという話も半信半疑な者が殆どではないだろうか。
イシュカも勿論、魔の者など見たことがないので、神聖な何かがあるか、国の重大な何かが隠されているかで立ち入り禁止なのだろうと思っていたのだ。
そう言えば興味本位で近づいた者もいるらしいが、野獣が放たれているらしく入り口付近で大怪我をして逃げ帰って来たらしい。
「魔の住まう森…か…」
イシュカは独り言のように呟く。
「は…?イシュカ様何と…?」
神官が尋ねてくる。
「西の森は魔の住まう森…と」
ミトラルに住む者なら誰でも知っている事だ。
「はぁ…では魔物が何かし始めたのでしょうか…」
「…そう…ね…」
イシュカは不安げに西の森を見つめ続けていた。