傷付シ宮司
ここはアシェロトの寝室である。
王の間を出て間もなくアシェロトは意識を失い、ここへ運ばれたのだ。
側にはイシュカが付き添い、手を握り締めていた。
どの位の時間がたっただろうか。
「…イシュカ…か…」
薄く目を開けたアシェロトがイシュカに声をかける。
「お兄様…」
イシュカは運ばれてからずっと手を握っていたのだろう。
目を開けた兄を見て涙を溜める。
それを見たアシェロトは柔らかに微笑み涙を拭ってやる。
「泣くな。私は生きている」
しかし落ち着かせるために言った言葉はイシュカにとって逆効果だったようで、大粒の涙を流し始めてしまう。
だがそんな妹がアシェロトには愛しかった。
「笑っているお前もキレイだが泣く姿も美しいな…」
そう言いながらイシュカの頭を優しく撫でる。
普段は厳しいアシェロトだが、こういう時はとても優しかった。
しかし、すぐに厳しい目になる。
「…イシュカ…」
「…何でしょう」
「お前、アシス殿下に好意を持たれているようだな」
イシュカはアシス皇子が生まれた頃より傍におり、小さな頃は遊び相手を、少し大きくなったあたりには世話係やら勉学やら作法など色々な事を教え、世話してきたのだ。イシュカにとっては年の離れた弟のようなものである。
優しく美しいイシュカを見て育ったアシスにイシュカを嫌う理由などなかった。
「そうですか、それは……とても光栄な事ですわ」
「殿下は、お前を側室に…と言っておられる」
「え…殿下が…私を…?」
アシスが好意を持っていた事は知っていたが、まさかそういう話まで出ているとは知らなかったイシュカは面を食らう。
「嫌なら私から断っておこう」
嫌です、と言いたい気持ちは山々だが、殿下が側室に迎えると言ったのならばそれはイエスかノーではなく決定事項なのである。誰が逆らえようか。
「…そういう訳には参りません…」
そう困惑しながら言うイシュカの眼をアシェロトは見つめてくる。
イシュカはまるで全てを見透かすような兄の眼が恐ろしくなり顔を逸らした。
こういう時のアシェロトは何を考えているかわからない…ひどく恐ろしい事を考えているのではないかと想像しぞっとする。
少しの沈黙の後、アシェロトが口を開いた。
「…時にイシュカよ」
「ユート殿とミハル殿はどうなっている」
「…はい…」
急に話を切りかえるアシェロトに違和感を覚えたイシュカではあったが、早く話を終えたかったイシュカにとっては好都合であった。
「ミハル様は元より腕の立つ御方。きっとあちらでも名のある剣士だったのでしょう。彼女の右に出る者はいないのではないでしょうか」
「ふむ。して、ユート殿は」
「ユート様は…どうした事でしょうね…ジーニが側にいる時は微かに風が唸るのですが…確かに力はあるはずなのに引き出せないようです」
「そうか…」
アシェロトは静に答えると口を噤んだ。
次回不定期です。
年末忙しいかもなので・・年明けかもしれません。
頑張ります!