風ノ精霊
チュンチュン…チチチ…
朝…か…。
薄く目を開けるとそこはいつも見慣れている天井ではなかった。
ここ…どこだっけ?……あぁ、そっか…昨日の出来事は夢ではなかったのか…。
丁度ベッドから見える窓へ目を向けると、日本でもお馴染みな雀…ではなく、青い小鳥が雀の様な声で囀っている。
やはりここは知らない場所なのか、と肩を落としながら寝返りをうつ。
むぎゅっ。
え?むぎゅ?
「にゅ〜!!痛い〜〜!!にゅ〜〜!!」
!!!!
なんと、いつの間にかジーニが俺のベッドに潜り込んでいたのだ。
「うお、ジーニ!いつの間に!」
「ヒドイにゅ〜痛いにゅ〜」
思い切り潰してしまったらしく、ジーニは目に大粒の涙を溜めながら訴えかける。
だが、かわいい女の子の涙ならともかく、ジーニの涙というのはなんとも笑えるものである。
しかし、ジーニのお陰で鬱屈した気分が拭えた事には素直に感謝することにしておく。
「ジーニ、サンキュ」
「にゅ?」
ジーニは何に対してお礼を言われたのか分からないようだが、とりあえず役に立てたことに喜んでいるようで、何やら偉そうに踏ん反り返る。
「にゅ、ところでゆうとは今日エルナに会うんだにゅ?」
そう、そう言えば夕べそんな事を言っていたな。
風の力を感じ取れるお姫様だ、とかなんとか。
それはつまり、まだ俺の事を完全には信用していないと言う事。
風の力が見えれば味方、見えなければ…敵…?
でも魔の力も見えないとイシュカは言っていた。
「ジーニはそのお姫様に会った事が?」
「にゅ、ジーニはエルナとお友達にゅ♪」
「えっ、てことは、お姫様もジーニの声が?」
「残念ながらエルナにジーニの声は届かないにゅ…けど、なんとなく言いたい事を感じ取ってるみたいだにゅ」
ふむ、なるほど、やはりジーニの声は俺にしか聞こえないらしい。
「ところでジーニ」
「にゅ?」
「お前、なんで俺達の事助けてくれたんだ?」
「にゅぅ…それは、ジーニにとこに〜、シュガーがやってきて〜、ゆうととミハルを〜、助けて〜って言うからにゅ〜…」
ジーニは自分にしか分からないような説明をし始める。
「えっ、ちょ、ちょっと待て。シュガーって言うのは誰だ」
「そんな事も知らないのかにゅ!本当の風の精だにゅ!」
って、知らんわ!
てか風の精ってのは確かジーニの事じゃなかったか?
「だから〜、ジーニは違うにゅ!」
そうか、そうだったな。
しかし人々はジーニの事を風の精だと呼んでいるわけで、でも風の精は他にいて??
つまり、本当の風の精って言うのは人々には知られていない?
「その通りだにゅ!ゆうとはバカだけど意外といいとこ突いてるにゅ~」
バカって言うな!
なんとなく癪なのでジーニの頭をゴキンと殴る。
「イタイにゅ…ジーニは、風の精もみえるし、お話も出来るけどただの風使いには見えないにゅ~。たまに声が聞こえちゃう風使いもいるみたいだけどにゅ」
ふむふむ、つまり、イシュカの事だな。
「シュガーはいつも一人ぼっちにゅ~、あ、シュガーっていうのはジーニが考えてあげた名前にゅ!誰にも見えないから誰にも名前を付けてもらえない風の精にジーニが付けてあげたんだにゅ♪シュガーは~ジーニの大好物にゅ~」
そう言って何を思い描いているのか…口元から涎が垂れている。
名前からして、砂糖…でいいのだろうか…甘党なのか、動物のくせに。
「で、それがジーニとどういう関係が?」
「にゅ、そいでにゅ、風使いが聞く風の声というのはとても弱いものらしいにゅ。つまり、なんていうかにゅ?多分こんな感じだろう程度?ハッキリした声ではないにゅ。それ故に曖昧だったり、何かの影響を受けると途端に聞こえなくなったりするらしく、相当な集中力が必要みたいだにゅ。ところがジーニはバッチリ聞こえちゃうし、バッチリ見えちゃうんだにゅ!シュガーは年寄りなくせにロリロリなんだにゅ~」
どうでもいい情報も混じっているような気もするが、とりあえず今はジーニの言葉に耳を傾けることにする。
「そいでにゅ、声の聞こえる風使いというのは数百年に一度しか現れない逸材で、その風使いを除くと風の精の声を聞き、風の精の手足となれるのがジーニだけなんだにゅ。人々は”ジーニの行くとこに風の精在り”と噂するようになり、それがいつしか”ジーニが風の精だ”に変わってしまったにゅ~」
それって、要は勘違いなのか?
「ていうか、お前何歳だよ…そんなに昔から存在しているんか?」
「ジーニはまだ子どもだから人間でいう8歳くらいだにゅ~。でもジーニ族は長生きだから400年は生きるにゅ~。ジーニのお祖父ちゃん世代くらいにはジーニが精霊ってことになったんじゃないかにゅ?」
そりゃまた随分長生きだな…。そして随分な勘違いだな。
ジーニとお喋りをしている内に随分な時間を費やしてしまったようだ。
コンコンというノックと共にドア越しに声をかけられる。
「悠斗!いつまで寝てるの!早く起きなさいよ!」
美春の声だ。
「起きてるよ、今行く」
そう声をかけるとベッドから降り、ドアへと向かう。
その後ろをヒョコヒョコとジーニがついて来る。
そういえばさっき”ジーニ族”と言っていたな。
”ジーニ”というのは名前ではなく種族名だったんだな…。
「おい、ジーニ、お前の名前なんていうんだ?」
「にゅ?ジーニは”ジーニ”としか呼ばれたことが無いから名前なんてないにゅ?」
なるほど、名前がない風の精にジーニはきっと自分に重ね合わせ、風の精に名前を付けてあげたのだ。
「……早く行くぞ、マシュマロ」
「にゅ…それ、ミハルがジーニの事を…」
「だから、マシュマロだろ?」
マシュマロはまたまた目に涙を溜める。
意外と涙もろいやつだ。
「にゅ~♪」
俺とマシュマロは元気よく扉を開ける。
扉の前では美春が待ってくれていた。
「さぁ、行こうか」
美春は頷くとマシュマロを抱き上げる。
「マシュマロちゃん、おはよ」
「にゅ~♪」
マシュマロの嬉しそうな鳴き声が廊下に木霊する。