1-09
翌日は、朝から雨が降っていた。
人の姿はまばらで、明かりの点いている店もあるが暗く締め切っている店も多い。
そんな中、ギルドに向かって歩く人の姿が二つ。
一人は暗い色の外套を羽織り、フードも目深に被っていて森の中ではすぐに姿を見失ってしまいそうである。
もう一人は足取りこそ重いが、明るい色のポンチョを羽織っており、こちらは街中に溶け込む雰囲気である。
「あら、シオンさんとショコラさんじゃないですか。こんな雨の日にどうされたんですか?」
そんな二人……シオンとショコラがギルドに入ってきたのを見て、フィアが声を掛ける。
……暇なのだろうか。
「今日は資料室を借りようと思ってね。いいかしら?」
「ええ、もちろんです! 羽織っているものも、お預かりしますよ!」
シオンがフィアに尋ねると、怪しさを感じる程に大歓迎といった様子でもてなされる。
普通なら外套など預かってもらう事はない筈なのだが、勢いに圧されるまま二人は預けると、フィアはそれをささっと掛けて戻って来る。おそらく、職員用のハンガーラックに。
そのまま促されるまま二階の資料室へと案内され、「ちょっと準備してきますね〜」と部屋を後にするフィア。
一体何を準備しに行ったのか。ショコラは気にしていない様子だが、何度か別のギルドで資料室を利用した事のあるシオンにとっては、疑問が底を尽きない。
少しの間本を探していると、扉がノックされた。それは紛う事なくフィアで間違いないのだが……。
「……えっ?どうしてティーセットを持ってきて……えっ?」
「それはもう、お仕事ですから!」
「いやいやいやいや」
彼女はあろう事か、ティーセットを乗せたカートを押して来ていた。しかもそこには大量のお菓子もあり、仕事の為に来たとは到底思えない様子である。
通常他のギルドでは、司書としての役割として誰かが付いている事はあったのだが、ティーセットまで持ってきたのはフィアが初めての事。
お菓子に釣られたショコラの首根っこを捕らえたシオンは尚も疑問を投げかける。
「えっと……他のギルドでは付き添いの人はいたけど、そんなに自由にしていても良いの……?」
「それはもう、監査官にも確認済みですからね! 仕事さえキチンとしていれば問題ないのです!」
その仕事をしに来ている様には見えない……と、シオンは言いかけるが、本人が確認まで取っていると言うのだから本当にいいのだろう。
しかし、だからといって気にならない訳ではなく……
「他の人は良いの……? ほら、上の立場の人とか……」
その質問に対してフィアは、それはそれは自慢げに胸を張って答える。
「ふふふ、私こそが受付担当責任者! 文句を言う人などいないのです!」
それはそれでどうなんだと、口には出さずとも表情で訴えるシオン。そもそも支部長などに文句を言われたらどうなるんだとも思わなくもないが、フィアは更に続ける。
「……ああ、気付かなかったとは思いますが、他の職員も似た様なものですよ? 雨の日は大抵どの部署も暇なので、仕事が入るまでは自由に過ごしているんです」
……暇なのだそうだ。
「さあ、お茶会を始めようじゃないですか!」
「いやお茶会じゃなく勉強会よ!?」
最早隠す気の無いフィアはそう言って、四人くらいが余裕を持って座れそうな丸テーブルに三人分の紅茶とお菓子を並べ始める。
だがお目当ての資料の所在を聞けば的確に案内してくれて、それに似た本も紹介してくれるので、一応の仕事はしっかりとしてくれている。
そうしてショコラに必要なものをいくつか見繕い、テーブルにつく。
元々が勉強熱心なショコラは時折シオンに質問しながら、昨日作ったばかりの手帳に色々と書き込んでいく。
シオンとフィアはそれぞれ違う資料や本を読みながら付き添っているのだが、ショコラの問いに対してフィアが補足や説明をしてくれる事もあり、単にサボりに来ているのではないのだなと、フィアに対する評価を見直すシオン。
そうして時間は過ぎていき、時折……否、割と頻繁に他の職員が資料室を訪れ、お目当ての資料を手に少し話をしては去っていく。
……皆、暇らしい。
お昼には、フィアが食事に誘ってきた。とは言ってもギルド内にある職員向けの売店で、時間になれば食事も提供してくれるというもの。
ギルドの利用者は二人の他にいないが、雨という事で外に食事に出る職員はいない為、この売店はむしろ稼ぎ時とばかりに賑わっている。
三人はそれぞれ選んだ食事を手にテーブルにつく。途中若い女性の職員が二人同席してきて、休憩にしては長めの時間を世間話などしながら食事をしていたのだが、咎める人は誰もいなかった。
食事を済ませて資料室へと向かう三人……と言うより、フィアに対して羨ましそうな視線を向ける二人の職員に、フィアは誇らしげにニヤニヤしているがシオンは気にせずに階段を登っていく。気にしてはいけない。ショコラはそもそも気付いていない。
資料室に戻った三人は、午前中と同じ様にテーブルに着き、同じ様にフィアが紅茶を淹れてくれる。
そうしてそれぞれで資料に目を通していると、そういえば……と、フィアが口を開く。
「お二人はまた樹海に向かわれると仰ってましたが、何か依頼は受けられる予定ですか?」
「いえ、今度行くのはショコラに探索の事を色々教えるのが目的だから、何も受けずに行くつもりよ。樹海の向こう側まで足を伸ばす予定だから」
「えっ、大丈夫なんですか!? ショコラさんも一緒なのに!?」
突然の被弾に、紅茶を飲んでいたショコラは盛大にむせる。幸い資料などに被害はなかったが、中々に精神的なダメージは大きそうだ。
「え゛う゛っ……そんなっ……足手まといみたいに……」
「ああっショコラさんごめんなさい! そんなつもりはなかったんですけど……危険な動物や魔獣も生息しているんですが、本当に大丈夫ですか?」
辛辣ではあるが、心配しているのには違いない。何せ数日前には実際に死にかけていたのだから。
「ま、それも含めて私が教えるから、心配しなくても大丈夫よ」
「でも、夜営はどうされるんですか? お二人では負担が大きいのでは……」
フィアの疑問に、ショコラも全く思い至らなかったのだろう。二人は不安混じりにシオンの言葉を待つが、そんなシオンは得意げな笑みを浮かべて椅子の背もたれに寄りかかる。
「私達、錬金術師よ? ショコラにはまだ教えてないけど、対策はちゃんとあるわ」
それだけ言うとシオンは手元の資料に視線を戻した。
それなら、まあ……と、フィアもそれ以上追求する事無く、資料に視線を戻す。ショコラは不安そうに二人を見比べるが、答えてくれそうな雰囲気は無く。一抹の不安を抱えたまま勉強を続けるのだった。
「あのぉ……わたし、今回セリフ一つだけだったんですがぁ……」
「気にしなくていいわよ。フィアはもう出番が無い予定らしいから」
「あらっ? そんな話聞いてないんですが!? ……え、ホントに無いんですか!? ちょっと、私、まだまだやれますよ! えっ、出番!! あの、待っ――」