1-08
前回が短めという事で、本日二本目でございまし。
「シオンさんッ!! そぬ、その手にお持ちの物はっ……どうかお納め頂けませんかッ!?」
ショコラは恐怖していた。
あまり大きくないとはいえ、シオンの手には細く鋭い一本のナイフ。その背についたノコギリの様な山は、見る者を威圧するかの如く光を反射している。
ゆっくりと近付いて来るシオンに、ショコラは氷漬けにされたみたいに動けずにいた。
「一体何をそんなに怯えてるのよ。ほら、あなたに使ってもらう装備の説明を始めるわよ」
「ひいぃぃぃぅえ?」
「あなたまさか、さっきので酔って……いえ、元からそんな感じだったわね」
「よかったぁぁ……って、え、わたしって、そんな風に見られて……?」
シオンを見れば、ナイフを持っている反対の手にはツールベルトが握られている。
彼女が普段使っている物より付いているポーチなどは少なく、付いている金具もくすんでいて所々サビが浮いている。
「これは私のお古で見た目は良くないけど、まだまだ丈夫よ。ひとまずコレを使うといいわ」
「わたしって普段から、酔ってるみたいに、見えてるって……あっ、いや、何でもないですっ」
「ここは、こうすると……こんな感じに外れるわ。後はポーチとか入れ替えて、使いやすい並べ方は自分で見付ける事ね」
ほら、付けてみて。と、ショコラにツールベルトを渡す。
言われるままに腰に回して、カチッとバックルを付ける。ショコラが手を離すとベルトはそのままゴトッと床に落ち、シオンが堪らず吹き出す。
「シオンさん……ッ! 図りましたね!?」
「図ってないし、測ってないからズリ落ちたのよっ……ふふっ、まさかそのまま手を離すなんて……っ」
シオンに笑われ恥ずかしそうに顔を赤くするショコラ。やはり少し、酔っているのかもしれない。
長さを合わせてから改めてベルトを付け直すも、ショコラはどこか不満げな表情を浮かべている。
「んー……すごく着け心地が悪いんですが……違和感というか何というか……」
「最初はそんなものよ。慣れないうちは擦れて痛くなったりしやすいから、こまめに調節して丁度いい長さを見付ける事ね。……目安としては、しゃがんでも苦しくならない長さを基準にするといいわ」
それから長さを変えては違うと調整を繰り返す事しばらく。不満こそ残るが、どうにか落ち着く長さを見付けたショコラは口を尖らせたまま、シオンに訊ねる。
「シオンさぁん……多少はマシになりましたけど、コレ以外には無いんですかぁ?」
「今あるのはそれだけよ。まあ……あなたの工房に着いてから、自分に合う物を作る事にして、それまではガマンして頂戴」
「今あるのは……という事は、以前は違う物も使った事あるんですか?」
「そうねぇ……ショルダータイプのカバンはダメだったわね。動くと揺れて邪魔になるし、重くなると肩が痛くなって長時間の探索には使えないわ。ボディバッグなら体に密着させやすくて、ベルトに色々付けても使いやすかったかしら。あとはやっぱり、リュックサックは良かったわね。体に密着しやすいから動きやすいし、バランスも良いから容量も大きくして重くなっても負担が少ないわ。何より拡張性が高くて、チェストリグタイプのポーチやツールベルトなんかとの相性も抜群だったわね。上とか横にも物を引っ掛けたり――」
「――えっと、随分リュックサック推しますね……?」
「それだけ使いやすかったって事よ。今はストックカードで事足りるけど、これが無かったら今でも使ってたと思うわ」
ショコラはそこで、疑問を覚える。
「……それじゃ前使っていたリュックサックって、どうしたんですか……?」
「壊れたのよ。どうしても肩の部分に負担が掛かるから切れやすくて、補強したところで変わらなかったし、違うところも破けたりしてね。消耗品としてはコストも高いし、カードから出しておく荷物を減らして、今のスタイルってワケ」
「そうなんですね……じゃあ、作るとしたらリュックサックがいいんでしょうか」
「あなた一人で探索に出掛けるならそうね。でも、私がいるうちは大荷物を抱えて移動する必要なんてないし、ストックカードを使える様になったら小さくまとめてしまった方がいいわ」
自分が使うならどんな物がいいか、デザインも含めて夢を膨らませるショコラ。
シオンは話題を変えようと、パンッと手を合わせる。
「さ、他にもする事はあるわよ。次はナイフの扱いについて教えるわ」
そう言ってシオンは手に持っていたナイフを見せる。
……そう、ショコラが怖がっていたナイフである。
「う゛っ……というか、ナイフってそんなに気をつける事あるんですか?」
「ええ、あるわよ。大切に扱えば一生モノ。今朝……は、持ってる種類くらいしか言ってなかったわよね」
「はい。なんか、もう……いっぱいあったとしか……」
シオンが見せてくれた大量の刃物を思い出し、遠い目をするショコラ。
色々な形があったのは記憶している。
「詳しい事は使っていくうちに自然と覚えていくものだから、気にしなくていいわよ。……このナイフはフルタングのコンバットナイフだったんだけど、かなり手を加えているから原型は留めてないわね」
そう言ってショコラにナイフを手渡す。
「私の前のお気に入りよ。元々はホローグラインドで結構幅があったんだけど、研いでいるうちに細くなって一度コンベックスにした事もあったわね。でもブレードの真ん中辺りが幅広くなった時にスカンジにしてセカンダリーベベルを付ける様にしたわ。そうしているうちにブレード幅とハンドルのバランスが悪くなったから、タングの上下も削ってハンドルの中に隠れる様にしたのよね。そうしたらシースも合わなくなって……あら?」
それはもう嬉しそうに語り始めたシオン。ところがふと視線をショコラに向けると、「べべる……すかんじ……?」と、自身の知らない用語に目を回している事に気付いた。
「あぁー……とりあえずそのナイフをあげるわ。扱いについてだけど、第一に火には近付けない事」
「あひぃ……あっ、はいっ! ……金属なのに、火はダメなんですか?」
「絶対という程ではないけど、気を付けないといけない事よ。そうね……ナイフは高温で加熱したり冷却したりして、最適な硬さにしているの。折れにくい柔らかさ、鋭く研げる硬さ。良い職人が作ったナイフ程、そのバランスは素晴らしいものよ。そのバランスを大切にする為にも、あまりに温度が高くなる火には近付けない事。メンテナンスの為に熱湯を使うくらいなら良いんだけどね」
「はぇぇ……そうなんですね。 ……確かに鍛治では火を使ってますし、焼き何々っていうのは本で見た事があります」
「そう、大体そういう事ね」
ショコラも錬金術の一環で少し調べた事があったのだろう。今回は目を回す事無く話についていく。
「それと、硬いものには刃を当てない事。大抵の木材みたいに柔らかい物ならいいけど、特に硬い木や節にも気を付けるに越した事はないわね。石や地面に落としたり、金属や骨にも気を付ける事ね。刃こぼれでもしようものなら、後で研ぐのが大変になるから」
「あー、それは何となく分かる気がします。強い剣士が戦いの後に愛剣を鍛冶屋に持って行って、そこのオヤジさんに怒られるみたいな!」
「ぶふっ……例えはアレだけど、間違ってはいないわね」
ショコラの妙な例えに、不覚にも吹き出してしまうシオン。素直に肯定したくはないが、一体どこでそんな話を知ったのか。
「次に使った後やメンテナンスについて。これは材質次第で変わってくるけど、出来る限り綺麗にはしておきたいものね。汚れたまま仕舞えばシースも掃除したり洗わなくちゃならなくなるし、錆びやすい物は劣化しやすくなるわ」
「えっと、それは使う度に拭いたりしなきゃならないって事ですか?」
「んー、程度にも依るけど、ベットリと何か付いた時は出来るだけ取った方がいいわね。植物でも油として使われるものなら、むしろ保護してくれるものもあったりするし。採集に行く時にはギルドで調べるなりして行きましょう」
「はいっ! 早速これの出番ですね!」
そう言ってショコラは作ったばかりの手帳を撫でる。余程手触りが気に入ったのか、表面を覆うサラサラの毛皮を撫でる手が止まらない。
「ふふっ、そうね。……ただ、周りが危険な時には汚れなんて気にしない事ね。自分の命を優先すべき事には変わりないから。それと……研ぎに関しては随時って感じかしら。研ぎ方はその時教えるわ。あとは……そうねぇ……」
少し考える素振りを見せるシオン。基本的な事は教えられたと思うが、後で気付いた事があればその時教えればいいかと、未来の自分に任せる事にする。
「……取り急ぎ教えておくのはこのくらいかしら? それじゃあ最後に、身を守る為の振り方を練習してみましょうか」
「えっ!? わたし、これでたかっ……戦うんですか!?」
「あくまで万が一近付かれた時に、対処する手段の一つよ。このシースも抜き差ししやすく作ったもので、こう押しながら――」
それからシオンは一つずつ丁寧に、時に手本を見せ、時にショコラの腕を取りながらやさしく教えていく。
その後寝る時間まで続いたナイフの訓練は、普段使った事がない筋肉を酷使した事で、ショコラに苦痛を与える事になるのだった。