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Distorted Garden  作者: snowline96
第一章 邂逅
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1-02

「これは、持ってる……と。あとこれかな」


 特別何事も無く街に着いた頃には、陽も暮れかけていた。

 その日はすぐ宿で休息を取り、翌日、手頃な仕事を探しに『ギルド』へと足を運んでいた。


 この世界各地に支部を構えるギルドは、あらゆる国にも宗教にも属さない独立した姿勢を貫き、なおかつ世界の安全を支える重要な柱としての役目を担う存在である。

 支部により多少の違いこそあるものの、利便性の面からも建物自体は殆どが同じ構造をしている。まず入口から入って正面に受付窓口があり、左側にはいくつかのテーブルと椅子が並べられていて、待ち時間や話し合いの場として気軽に利用出来る様になっている。反対の右側には大きな掲示板があり、街の周囲に自生している植物の採集から害獣の駆除等、様々な依頼が張り出されている。


 シオンはその大掲示板を前に、手頃な依頼書を二枚ほど手に取り、受付へと持っていく。


 一つは錬金術にて製作した物の納品。念の為に常備している治療薬を、そのまま渡せば依頼完了となる。

 もう一つの方は採集依頼。シオンが通って来た道とは違う場所にあり、ついでに自分で使う素材も採集しようと考えて、受ける事にした。


「ようこそ、依頼の受付ですか?」

「はい、ここは初めてなんですが、二つお願いします。一つは即納です」

「では証明手帳をお預かりしますね、少々お待ちください」


 依頼書と、自身の身分証明として使われる『証明手帳』を受付で提示する。


 ギルドにて発行されている、この証明手帳。全世界共通でギルド以外でも身元の証明などに使われるこの手帳は、各支部を最初に利用する時などは提示する必要がある。

 色々な場所を旅してきたシオンは慣れたもので、求められる前に提出し、手続きが終わるのを待つ。


「錬金術師っ……しかもこれは……すみません、手帳お返ししますね」


 手帳の確認をしていた受付の女性は少々驚きの声を上げつつ、確認手続きを済ませる。

 シオンとしては驚かれるのも毎度の事。特に盛り上がる話題でもないので、それっぽく受け流す。

 証明手帳と引き換える様にして依頼品の治療薬を渡し、確認してもらう。この治療薬は特徴的な物で、最低限の品質が保証されている。その為よほど怪しい物を出さない限りは、特別な鑑定を受けるまでもなく受付で納品を受け付けてくれる。


「治療薬三本の納品、確かに受け取りました。報酬は……こちらになります。もう一つの依頼は――」


 つつがなく交わされる取引。その時、ふと受付嬢の顔が曇る。


「何か、あったんですか?」

「それが……いつもならあまり危険ではない場所なんですが、別の依頼で向かった方がまだ帰られてないんですよ」


 未帰還者。それは、この世界では大して珍しい事ではない。

 ギルドでは依頼を受けた後、何の連絡も無いまま想定された日数や納品期日が過ぎて一日が経過した場合、行方不明者として捜索依頼が発行されると共に、依頼は失敗扱いとされる。

 依頼を受けた人が何らかの理由で死亡した場合、期日を過ぎても依頼が達成されずに保留されたままでは、依頼主も困るしギルド全体への信用問題にも繋がる。その為、依頼を受けた人が生きていた場合には違約金やペナルティが課され、今後依頼を受ける際の条件が厳しくされる。

 しかし行方不明者となったその多くは魔獣や盗賊に襲われたり、不慮の事故に遭ったなど大抵の場合は手遅れになっている。そういった人達の痕跡が見つかった場合、遺族へと報告するのもギルドの仕事だ。

 シオンは採集の為にそういった場所に行くことも多く、色々と持ち帰ってきた事も数知れず。


 ただし話を聞く限り、今回は少し都合が違うらしい。

 この街のすぐ近くには地方都市があり、危険性の高い魔獣や盗賊などは早い段階で討伐される為、そうそう行方不明者は発生しない。しかし今回帰って来ないという人が向かった先は、通称『神隠しの森』と呼ばれていた場所。


――霧幻(むげん)大樹海。


 突然、方向感覚を狂わせる程の濃い霧が発生し、更には幻覚作用まである厄介なもの。不用意に足を踏み入れてしまえば、見付かる頃には骨だけになっている。これが原因で昔は禁忌の地として恐れられていたらしいが、それは既に過去の事。

 現在では原因もハッキリしていて、地元民なら子供でも遊びに来られる程。

 行方不明者が出る事なども、少なからず数年間は無かったらしい。


 そんな場所での、今回の一件。


 単に道草を食っているだけなら問題なし。……否、問題が無い訳ではないが、ギルドから発行された依頼で期限はないらしく、途中キャンセルされても別に構わないらしい。

 だが、万が一にも異常――例えば危険な魔獣の発生が確認された場合、ギルドから即座に討伐依頼を発行しなければならない。

 被害が増える前に調査隊を組むべきかという話が上がっている所に、都合よくシオンがやって来たという訳だ。

 証明手帳を確認した受付嬢が、彼女なら依頼してもいい実力だろうという事で今回のお話。


 その人の特徴や受けた依頼内容、向かった先の状況など詳しく聞いていく。その話を聞く程に難しい顔になっていくのはシオン。


「都市の方から来た若い錬金術師、受けたのは簡単な採集依頼。……うん、大体分かったわ」

「何が起こっているか分からないので……くれぐれもお気を付け下さい。異常を発見された場合は直ちにご帰還を。どちらの依頼も失敗扱いには致しませんので」

「ええ。そうね……何も見付からなくても、明後日の夕方までには一度戻るわ」


 心配する受付嬢に見送られ、足早に買い出しを済ませる。あれとこれと……多分これも。

 聞いた話の通りなら、ある程度早めに向かった方がいいだろうという事で、すぐに街を出て目的の場所へと向かう。


 陽が高く昇る頃、目的地である霧幻大樹海へと着いたシオンは地図を取り出し、おおよそのルートを定める。

 ここは大樹海と言うだけあって、その広さは途方もない。更に高低差も少なく、奥地まで踏み込めば目印らしい物も無くなり、太陽が隠れてしまえば方向感覚が無くなってしまうほど。

 幸いにも中心に小さな湖があり、そこに向かう細い川が二本と流れ出る川が一本ある。シオンはその中で最も近くにある川を辿って探索する事に決め、樹海の外周に沿って歩き始める。


 樹海の周辺には、これまた広い草原。

 小型から中型程度の草食動物がちらほらと草を食んでいる姿があり、その風景は穏やかそのもの。樹海を超えた先には獰猛な肉食生物がいるらしいが、街に近いこちら側は安全を確保する為に昔から討伐が徹底され、今では滅多に襲ってくる様な生物は現れなくなっているらしい。

 樹海の外周は採集に訪れる人も多く、動物達も人馴れしているようで近付いても特に警戒する事もなく過ごしている。


 川に着いたシオンは昼食がてら休憩を始める。


 暑い時期は終わり、日陰に入れば少し肌寒さを感じ始めるこの頃。柔らかな陽射しは心地よく、時折感じる風も包み込まれる様に穏やかなもの。

 お腹も満たされた今、身体の内からも温かくなり、ふわふわとした気持ちよさに抗う事など出来るはずもなく――


「――んのわあッ!?」


……倒れた。


 特に怪我をした訳でもない。そのまま一眠りしてしまうのも(やぶさ)かではなかった。優しく肌を撫でる風も慰めてくれているようだが……やかましく響いてくる鼓動に、眉間に刻まれたシワは容易く治まりそうにない。

 シオンはのっそりと立ち上がり、少しだるくなった身体を眉間の代わりに解す。


「…………はぁぁ」


 大きく深呼吸を一つ。気を取り直して探索を始める。


 決して溜め息ではない。


……決して。


 何事も無く進む事が出来れば、明日の昼過ぎには樹海の中心近くにある湖にまで着き、陽が暮れるまでには街に帰っている予定。

 ギルドでは一日余分に伝えていたが、万が一の事があって遅れる事があればギルドは大騒ぎになるだろうし、余計な不安を煽る事になってしまう。余裕を持っての日程という訳だ。

 ちなみにその予定には捜索の件は含まれていない訳だが、この広大な樹海の中から生きているかも分からない見ず知らずの人ひとりを見付ける事こそ、万が一の事態とも言えるだろう。

 今回の最優先事項は樹海の調査、そう割り切る事にしている。


 樹海に入ると、少しだけしっとりした空気がシオンに触れてきた。

 川のすぐ側というのもあるが、草木が鬱蒼と茂る地面も多分に湿っていて油断すれば転んでしまう事請け合いである。

 しかもこういった場所には大抵小さな……いや、これ以上は言うまい。


 決して足元の注意を怠らないようにしながら、ズンズンと進む、進む、進む。


 時折川から離れ、めぼしい物がないか周囲を探す。

 街で購入した地図にも多少は採集地の情報が記載されているが、それはおおよその群生地が分かる程度。空白地点も多いし、一般的ではない需要の少ない素材の情報は載っていない。

 シオンが受けた依頼は本当に簡単なものだった事もあり、既に必要量の半数は超えている。品質にこだわらなければ十分な量は見付けていたのだが、折角ならと高品質な物に絞って回収し、追加報酬を狙っている。


 そして、人の痕跡。


 捜索を頼まれてしまっている為に(ないがし)ろにする訳にもいかず、一応はそれらしい何かがないか探してはいるのだが……こちらは何一つ進展なし。


 探索と移動を繰り返し、二時間、三時間……


 陽が少し傾いてきただろうか? そう感じる頃には、周囲は色を変え始めた。

 完全に陽が落ちて暗くなる前に、シオンは夜営の準備と火熾しを始める。

 他より少し木々の間隔が広い場所でロープを木の高い場所に括りタープを掛け、その下に寝床としてハンモックを掛ける。近くの地面を少し掘り起こし、薪を並べて着火。僅かな火種から小さな火、灯りとして使えるくらいの手頃な火まで順調に育てる。


 気付いた頃にはとっぷりと陽が暮れていて、深い暗闇と静寂が辺りを包み込んでいた。

 食事は街で買っていたもので簡単に済ませ、そのままハンモックに腰掛ける。


 ()べた薪が湿っていたのか、焚き火はパチパチと音を立てて燃え盛る。

 風に揺れる葉のざわめきと川のせせらぎ、虫の声が絶え間なく響き渡る。


 自分以外には誰もいない。浮世離れした夜の闇に溶け込んでいく感覚が、シオンの身体を満たしていく。


 何も考えず、ただただ流れる刻に身を任せ、揺らぐ炎に瞳が吸い込まれていく。


 シオンが最も大切にするひととき。

 宿屋などの安全な寝床とは違う。誰に(はばか)る事も無く、何者にも邪魔されない。


 どのくらいそうしていただろう。

 既に焚き火の炎は落ち着き、潜むように熱を籠らせている。


 シオンは灰をまとめておき、ハンモックで柔らかな毛布に包まる。


 夜の風はもう、寒く感じるようになってきた。

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