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Distorted Garden  作者: snowline96
第二章 師弟
17/18

2−04

「錬金術とは、素材となる物を理解した上で抽出、分解して必要な要素を取り出して、いろいろな物と組み合わせたりして新たな物を創り出す手段であり、学問となっている。

 錬金術とは曖昧な所があるが、卑金属を貴金属に変えたり、無価値な物から価値ある物を生み出す研究というのが根本にある。ですよね?」

「ええ、大体そんな感じね。それじゃあ次は、大雑把でいいから歴史的な所はどうかしら?」


 工房で大きな釜の中をかき混ぜているショコラと、その様子を観察するシオン。

 今使っている釜以外にも炉や蒸留器、風呂釜程もある冷却水槽などを使って、依頼を受けた商品を大量生産している所である。


 シオンはショコラの腕前を見ておくという目的もあって一緒にいるのだが、何度も繰り返して効率化された作業の合間にも単純で暇な時間があり、ついでにそのタイミングで知識の方も確かめておこうという算段だ。


 ショコラとしても同時に出来る作業も無く、精々本を読んだりしながらやり過ごしてきた時間をシオンと話しながら過ごせるとあって、内心喜んでいたりする。


「えーっと、始まりは台所とされていて、過程で様々な発明がされていった。次第に万能薬と言われるエリクサーや賢者の石探しがテーマになっていって、最盛期には錬金術を騙った犯罪が増えたり、化学分野の発達によって、錬金術(アルケミー)化学(ケミストリー)に形を変えていったというのが旧世界の話でしたよね」

「そうね。伝えられている話では後に化学が発展して、本当に卑金属から金を生み出す方法も見付けられたらしいけど、工程が成果と釣り合わないっていう皮肉な結果になったらしいわね」

「何とも夢のない話ですよねぇ。旧世界ってほんと、何なんでしょう」


 作業がひと段落したショコラは机を挟んでシオンの向かいに座り、ぬるくなったハーブティーで喉を潤す。

 独り言とも取れるショコラの呟きに、苦笑を浮かべたシオンが肩を竦めて答える。


「今では神話みたいなものだから、実際はどうなのか分からないものね。確かめる術もないワケで。まあその話の舞台はこの世界とは色々違うみたいだし、作り話程度に考えておくのが良いのかもしれないわね」


 ショコラを真似て、シオンもコップに口を付ける。


「それじゃあ、今の錬金術師はどんなものだと理解しているかしら?」


 シオンの問いかけに、ショコラは顎に手を添えて少し考える素振りを見せる。

 殆どの錬金術師は、自身の工房にこもって薬や道具を作り、それらを売る事で生活している。

 しかし作っている物は人によってバラバラで、中には薬を専門にして薬屋を営んでいる者や、生活雑貨を扱っている者。はたまた戦闘用の武器や道具を作る鍛治師や魔道具技師と区別が付かない者もいたりする。

 そんな曖昧な錬金術師とは一体何なのか。いざ言葉にしようとすると難しい問題であったりする。

 長考の末にショコラは、ぽつりぽつりと不安げに言葉を紡いでいく。


「んんー、生産者……でしょうか。何をするにしても、物を作る事には変わらないですし。でもそれだと、薬師や魔道具技師と違いが無い人もいるんですよねぇ」


 首があらぬ方向に曲がってしまいそうな程、どうにかこうにか捻り出して口に出しているショコラ。そんな姿を見て、少し意地悪な事をしてしまったかと罪悪感を覚えたシオンは、自身の考える錬金術師はどんなものかを語る。


「そうね。それも一つの答えだと思うわ。ちなみに私は、新たな物を生み出す開発者、発明者だと思ってるわ。

 結局のところ錬金術師って、自称でしかないじゃない? そもそも、錬金術って学問な訳だし、伝えられている物の中には他の学問、例えば魔術や魔法陣学とかを組み合わせた複合錬金術によって作る物もある訳だし。結局は技術の一つ、手段の一つに過ぎないって考えてるわ」


 話を聞いて、更に悩み込んでしまったショコラ。

 このまま首が一周して戻って来そう……なんて益体もない事を考えてしまうシオンだったが、確かめておかなければならない事を思い出し、真剣な表情で尋ねる。


「ねえショコラ、あなたが感じた限界って、具体的には何なのかしら」


 それは二人が初めて会った日、ショコラが弟子入りを願った時に口にした言葉の意味を問うもの。

 シオンが見ていた限り、ショコラの仕事振りは何の問題も無いどころか、量産という点に於いてはシオンを超えてすらいると思える程である。

 大きな道具を使い、繰り返し行ってきた事である為当然と言えなくもないが、先日会ったラムダシア商会のアルフレッドからも認められている程度には、()()()錬金術師に違いない。


 シオンの問いかけに、ショコラの表情が曇る。

 一瞬、あの時の言葉は方便だったのではないかという考えが過るが、次いで出た言葉はそれを否定するものだった。


「その……まだ、出来ると思うんです」


 何とも曖昧な答えではあるが、思い詰めているのが言葉からも伝わってくる。


「というのは?」

「今作っている治療薬も、燃料も。もっと高品質で、効率良く作れそうな気がするんです」

「それはもう十分なんじゃないかしら? だって、先代より高品質で、量も比にならないくらい作っているんでしょう? だったら――」


 シオンの言葉を遮る様に、大きな音を立てて立ち上がったショコラ。

 彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいて、今にも泣き出してしまいそうである。


「違うんです! ……ごめんなさい、でも、なんていうか……手応えがないんです」


 焦っている。

 シオンには、そんな風に見えた。


 椅子に座り直したショコラは、零す様に言葉を続ける。


「仕事だけじゃなくて、趣味……でしょうか。前のお師匠さんが残してくれた本とか、図書館とか、本屋さんで見付けた錬金術に関わる物は、手当たり次第に読み漁ってるんです。時間がある時には、見付けたレシピを試してみたりして……。

 大抵の物は、ちゃんと出来るんです。本にある通りに仕上がるんです。でも、それだけというか……こうじゃないっていうのが、自分の中にあるみたいで、気持ち悪くて……」


「みつけた」


 ショコラは一体何を思っているのか。否、何を感じているのか。

 随分と凄い素質を持っているとは思っていたが、それも少し考えものかもしれないと、気付いてしまった。


「えっ?」

「ショコラ、あなた――」


 ショコラが感じた限界の()()()。誰にでも出来る事ではない。単純ではあるけれど、簡単な事ではない。


「――レシピを()()してるでしょ」


「そう……ですね。レシピ通りに作って……たまに失敗する時もあったりしますけど」


 愚直な程真面目な性格が、こんなところで邪魔をするとは。

 そんな思いを抱きながら、一纏めにされた紙束をショコラに差し出す。


「今あなたも作ってる、治療薬のレシピよ。軽く目を通してみて」

「えっ、これ……全部、ですか?」


 治療薬のレシピといえば、通常一枚の紙に収まる程度に纏められているもの。それが目の前に、数え切れない枚数あるのだ。

 一体何の冗談かと一枚一枚めくっていくと、その全てが異なったレシピだという事に気付いた。

 全て治療薬のものに違いないが、材料や工程、ものによっては分量が違うだけというレシピもある。


「治療薬って、こんなに種類があるものだったんですね」


 何気なく零した言葉。しかし、それに続いたシオンの言葉に、ショコラは更なる衝撃を受ける事になる。


「そうね、風味や口当たりは全部違うものね。でも、全てがほとんど同じ効果なのよ」


 信じられないとばかりに目を見開き、しかし口をパクパクさせるだけで、何と言っていいか分からなくなるショコラ。


「言いたい事は分かるわ。これだけ違えば、効果だって変わるはずだ。でしょう?」


 首を縦に振って肯定の意を表すショコラ。

 それを確認して、更に話を進める。


「これは、ちょっとした遊びみたいなつもりで実験した結果よ。どれだけ薄くしてもいいか、別の素材でも同じ物を作れないか、とかね。

 あなたは作業手順でそれが出来ているけど、正確に作る事にこだわり過ぎている。基本に忠実なのは悪い事ではないけど、応用……いえ、たまには遊んでみることね。失敗は結末ではなく、過程でしかない。それも経験の一つになるのよ。肩の力を抜いて、狭くなりがちな視野を無理矢理にでも広く意識するのよ」


 そう言ってくぅっと伸びをしたシオンは席を立った。


「ちょっと寝てくるわぁ。考え過ぎて、怪我とかしない様に気を付けてね」


 ひらひらと手を振りながら工房を出て行くシオンを、ショコラは何も言えずに、ただ見送るしかなかった。










「……ハッ! これよ!!」

 何がだよ。



 今回の旧世界に於ける錬金術に関わる描写は、現実のものに基づいて書きはしましたが……あくまで私の解釈と、年月の経過による改変がされているものとして見ていただければ……その……はぁい。

 作品内での錬金術の扱いは、ファンタジーではありますが魔法や魔法陣とは切り離しており、色々な物を釜に入れてグルグルドーンな感じにはならないです。地味な感じです。……地味になりそうだなぁ。


 そんな感じで、地獄の様な呪縛(ショコラの大食い)から解放されてテンションが上がってる作者でした。

 毎日伸びるpvが本当に救いです……いつも見て頂き本当にありがとうございます……

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