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Distorted Garden  作者: snowline96
第二章 師弟
14/18

2−01

二章はじまりました。

予告通り、不定期更新になります。

「わぁたしは帰ってきたあぁぁぁぁ!!!!」


 一件の家の前で、ショコラはやかまs……心の底から溢れ出る感情を、余す事なく全身全霊で表現している。

 つい先程まで疲れ果てていた人とは到底思えない程に元気な姿……しかし、ここまで昂るのも致し方ないというものか。

 自業自得とはいえ、軽い気持ちで樹海に入り遭難。死をも覚悟した数日間の後、慈悲深き女神(シオン様)に助けられる。更には行き詰まっていた錬金術の師匠を得られた訳で。

 ショコラにとっては生死を彷徨う大冒険の末に、得難い幸運を授かった様なもの。


 そんな姿(夜中に叫んでいる人)をシオンは半目で眺めているが、指摘まではしない。

 何せ周囲には何もない……というか、人の住む家屋は無い。街を囲む壁の近くで、周囲にあるのは工場らしき大きな建物や広い空き地。都市の外れで、大声程度ならば迷惑に思う人もいないだろう。


 二人は建物……ショコラの自宅兼工房の裏手に回り、勝手口の鍵を開ける。

 中に入って開口一番――


「たっ……だいまあぁぁぁ!」


 ショコラによる盛大な挨拶。

 建物のどこにいても届くであろう声量に、シオンは片耳を押さえながら一応の確認をする。


「……他に、誰か住んでるの?」

「いえ? わたしだけですよ?」

「そ、そう……」


 誰もいないらしい。


 暗い部屋の中を、ランタンの明かりを頼りに進んでいく。

 ショコラが照明を起動して、部屋の中を照らしだすとそこには……


「……なに、これ」


 箱、箱、箱。

 異様な存在感を放つ、ダイニングキッチンの一角に積まれた木箱の数々。

 部屋が狭く感じる程ではなくとも、妙な威圧感がそこにはあった。


「あっ、それですか? いやあ、冷蔵庫や冷凍庫だけじゃ全然足りなくてですねぇ」

「つまり、これって……」


 何となく、予感はあった。

 出会ってからというもの、他の人とは一線を画す彼女に、可能性を考えなかった訳ではない。

 しかし、実際に目にしてしまえば、現実逃避するのもままならない。

 この木箱は、全て……


「食料箱です!」


 予想を裏切らない、清々しいまでの回答。

 収納領域拡張術式が組まれているのは、シオンには一目で分かった。しかもそれだけではない。表面に刻まれた傷や年季の入った色合い。部屋の中に置いているだけではこうはならない筈のそれらが示す所はつまり……


「元々はキャラバンが使ってた物らしくて、古くなった物が売りに出されていたのを偶然見付けたんです! 馬車とかで運ぶには耐久性が不安らしいですが、家に置いて使う分には十分だっていう事で買っちゃいました! コレ実は内壁がしっかりしてて、少し補修したら保存機能も十分に発揮してくれたんですよ!」

「……うん、知ってた。でもね……六箱は流石に多いんじゃないかしら?」


 壁に寄せて置かれた木箱は六つ。キャラバンで使われていたという事は、その容量は外見の四倍は下らないだろう。その一つだけでシオンならば一か月分の食料は入るのではなかろうかというサイズ。

 つまりシオンならば半年は保つ事になるのだが……


「う〜ん……全部一杯にしても二か月か三か月で空っぽになりますし、こんなもんじゃないですか? あ、でも錬金術で使う素材を入れたりする事もあるんで、実際はもっと短いですけどね!」

「ああ……そう……そうよね……」


 ショコラの食欲に気が遠くなるシオン。

 それでも生活に不安は無いと言っていたあたり、思っていたより稼ぎは良さそうな気がする。

 小柄で細身のショコラは、これだけ食べて栄養は一体どこに行っているのか。

 胸か。胸なのか。


「ちなみに、床下には長期保存用に二箱あります!」


 自慢げに床下収納の扉を開けて見せるショコラに、めまいを覚えるシオン。

 あまりの途方もなさに、これまで築いてきた常識が脆く崩れ去る音が聞こえてくる様であった。


「おわっ!? シオンさん、大丈夫ですか!?」

「ええ、もう、ダメだわ。何も考えたくない……今日はもう休ませてもらえるかしら……」

「えー、これから何か作ろうと思ってたんですけど……いらないんですか?」

「それよ……それが原因よ……」


 要領を得ないとばかりに疑問符を浮かべるショコラ。そんな彼女を急かして部屋に案内してもらう。


「本当に大丈夫ですか? せめてパスタとか……」

「それはそれで微妙に重いわよ。私も食料は持ってるし、夜中におなかが空いても問題ないわ」

「そうですか……それじゃ、おやすみなさい。朝はたくさん作っておきますからねっ!」

「か・る・め・に、お願いするわ。おやすみなさい」


 扉を閉めるまで物寂しそうな目で見つめてきたショコラ。余程手料理を振る舞いたかったらしい。

 シオンはツールベルトを外し、上着を脱いで部屋を見渡す。


 来客用に用意していたらしいこの部屋は、シンプルにベッドと机に椅子、ワードローブやちょっとした棚が置かれていて、十数日は帰っていなかったにも関わらず綺麗にされていた。


 ボフッとベッドに腰掛けると、深く沈む程に柔らかい心地良さが包み込んでくる。

 用意してから今まで誰も使った事がないとショコラは言っていたので、新品に違いないだろう。

 宿なら大して気にしなくて良かったが、流石に気が引けたシオンはせめて着替えをしようと荷物を漁る。


「う゛……」


 シオンが手に取ったのは、ショコラと一緒に買った……買わされた、部屋着。


 着ぐるみである。


 猫耳フード付きのモコモコした白い部屋着で、その時はショコラの勢いに圧されて買ってしまったが……やはり自分が着るとなると少し恥ずかしさが込み上げてくる。

 しかし他に良さげな服は持ち合わせておらず、タオルで体を拭いてから渋々、渋々着ぐるみに身を包む。


 その着心地の良さは想定外に高く、思わず笑みが溢れてしまう程。

 お風呂もあるらしいので、本当なら体を流してさっぱりしたい気持ちもあったが……目を背けていた現実(ショコラの食欲)を突きつけられ、これからの生活、もとい交代でする予定の料理当番という一抹の不安(過酷な労働)が今から重くのしかかって来る様で。

 ともかく今は寝て、覚悟を決める時間が欲しかった。


 そのまま横たわったシオンは、自分が感じている以上に疲労が溜まっていたのかも

しれない。

 全身を包む幸福感に抗う間も無く、眠りへと落ちていった。



***



 どこからか自分を呼ぶ声がする。


 浮上していく意識。目を覚ましたシオンは、ぼんやりとした思考の中で目に映る景色を言葉にする。


「……知らない壁」

「シオンさーん、おはようございまーす」


 背後から聞こえる声に、寝返りを打って振り向く。


「……おはよう、ショコラ。くぅ……っん……んん?」


 眩しい陽の光に目が慣れてくると、ショコラの姿が見えた。


……随分離れた、反対の壁際でニヤニヤしているショコラが。


「どうして、そんなに……離れているの……?」

「これは……アレですね、護身です」


 初めて一緒に宿に泊まった時もそうだったが、朝はちょっと不思議な事をしている……いや、ショコラは割といつもそんな感じかと、シオンは一人で納得して深く息をする。

 もちろん今ショコラが距離を取っている理由はトラウマが原因ではあるのだが、その事をシオンは知る由もない。


 それにしても心地が良い。出来る事ならこのまま寝かせておいて欲しいと思う程に、シオンは幸福感に包まれていた。


「んふふぅ……気に入ってもらえたようで何よりですぅ」


 ショコラは何を言っているのか。邪魔をしないで欲しいと思ってしまうシオンは首を伸ばすと――


「ッ!!」


 気付いてしまった。

 ベッドの心地良さにばかり気を取られていたが、今着ているのは部屋着と言えど着ぐるみなのだ。


 そう、ショコラが選んだ着ぐるみなのだ。


「やっぱり似合ってますよぉ〜ふふふ……わたしの目に間違いはな……か……ヤバいヤバいヤバいッ!!」


 油断していた。

 早く寝たのだから、朝も早く起きてショコラに見られる前に着替えてしまえば良いと考えていたのに……

 寝ぼけた思考も相まって、恥ずかしさからの動揺で取り乱したシオンは正に山猫の如く。

 逃げ出すショコラの判断は決して遅くなかった。しかし、相手が悪かったのだ……


「ひぎゃあああああああああ!!!!」


 抵抗虚しく……彼女の断末魔が響くと共に、『寝起きのシオン』というトラウマが更新された瞬間であった。








 おかしいなぁ……

 ショコラがどんどん大食いになっていってる気がする……


 ド……ウ……シテ……?


 シオンはシオンでなんか……いや、シオンはいっか。

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