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Distorted Garden  作者: snowline96
第一章 邂逅
13/18

1−13

 夕方には少し早い時間。二人は樹海に少しだけ入ったところで夜営の準備を始めた。


 獣避けの香の影響もあるが、ショコラの魔法暴発の影響力は大きかったらしく、アイギスに周囲を捜索させても魔獣はおろか動物もあまり見付ける事が出来なかった。

 いるのはせいぜい小動物くらい。物陰に隠れて怯えているものばかりで、狩る理由も無く。ほとんど移動ばかりになってしまった。

 獣への対処も教える予定が大幅に狂ってしまい、これではどうにもならないと翌日には帰る事にした。


「さ、設営を始めるわよ」

「はっ! 隊長、何から始めウグッ」


 突然の鉄拳制裁。


「えっ、えっ……どうして……」

「いや、なんとなく? やらなきゃいけない気がしたから」

「ひどい!?」


 とはいえ、衝撃こそあれど痛みを感じる程の強さではない。じゃれあい程度のやりとりを挟んで、シオンはロープを手に取った。


「ひっ!? それで一体何を!?」

「あなたをミノムシみたいに吊るしてあげようかしら?? いいから、ロープを木の間に張るわよ」

「あ、はい。……あの高い所にですか?」

「そうよ。タープ用に掛けるの。手本を見せるから、自分の方は一人でやってみて」


 そう言ってシオンは良さげな木を選び、その近くで準備を始める。

 結構な太さの木で、目標とする枝は二人には手が届かない高さにある。今回はこの木に二人分のタープの片側を掛ける事にした。


「まずはロープを輪の状態で持って片方の端を長めにして、適当にまとめて二回か三回くらい巻き付ける。そうしたら八の字みたいになるから、巻き付けたところを輪っかになっている所に少し入れて……それで出来た輪っかと伸ばしておいた部分を持って、掛けたい枝を目掛けて放り投げる。……ああ、伸ばしておいたロープの端は離さない様に持っておいてね。これはスローイングノットって言って、軽いロープにわざわざ重りを付けなくても投げやすくするの」

「おお……これは中々簡単な……っ!?」


 手本として一発で目標の枝に掛けたシオンを真似る様に、ショコラが続く。

 スッと下から放り投げられたロープの塊は、長く伸ばされていた筈の部分が張った事でバラバラに解け、二人のすぐ頭の上あたりで舞った。


「シオンさん!?」

「わっ……わたひひっ……私は関係ないでしょっ……ふふふっ……長さが足りなかったのよっ……ククッ……」


 毎回何かしら笑わせにくるショコラに堪らず、例に漏れず吹き出すシオン。最早恒例にすらなりつつある。

 それでも二度目には問題なく枝に掛けるあたり、流石と言うべきか。


 そうして設営を進めていく二人。

 全て終わらせたところで、ふぅ、とシオンが息をつく。それは作業を終えた事による満足感か、笑い疲れたのが原因か。ショコラも満足げにふんすと胸を張っている。


「出来ましたね! シオンさん!」

「ふふっ、そうね。あと何回かすれば、私がいなくても一人で出来る様になりそうね」


 ショコラが設営したタープとハンモックは、慣れたシオンが設営した方と比べても見劣りしない仕上がりになっていた。

 一緒になってやったとはいえ、初めてでこれほど出来てしまえば完璧と言えるだろう。

 ショコラはすぐに自分の手帳に、今回教えられたロープワークをメモしていく。


「トラッカーズヒッチにトートラインヒッチ……えっと、あのいろんな所で使ったのって何でしたっけ……? こう、クルクルシュッって感じのぉ……」

「ん? ……ああ、エバンスノットね。端の方を軸に二回巻いて、その中に末端を通せば引き絞れる結び方よね?」

「それですっ! んむぅ……ほんと、いっぱい種類があるんですねぇ、結ぶだけじゃなく、強く張ったりとか……」

「そうねぇ、旧世界の頃から様々な用途に合わせて試行錯誤されてきたものだから、魔術や他の技術にも負けず劣らず使い道は広いわね。ほら、トラッカーズヒッチで使った輪っかとか、何かを干したい時に便利でしょう?」

「確かに! ハーブとか纏めて干す時とか、紐を掛けっぱなしでも使いやすそうですね!」

「ふふっ、そうね。名前までは頑張って覚える必要は無いけど、結び方を知っていれば便利な事は多いわ。……さて、そろそろご飯の準備をしましょうか」


 そうして二人は話をしながら、食事の準備に取り掛かる。

 シオンが一人の時は適当に済ませていたのだが、ショコラと一緒になってからは少し手間を掛ける様になった。

 その事に気付いたシオンは、ふふっと笑みを零す。


「……シオンさん、どうかしました?」

「いえ、何でもないわ。……ほら、そこに掛かってる枝なんか良いと思うわ」

「アレですね! んぐぐぅ……」


 誤魔化す様に、薪に使えそうな枝を指し示してショコラに取らせる。

 手を伸ばしただけでは届かない位置に引っ掛かっている枝を、必死に掴もうと背伸びをしているショコラ。

 彼女の足元には引っ掛けて落としやすそうな枝が落ちているのだが、シオンはあえて言わずに見守っている。


 ぴょこぴょこ飛び跳ねて叩き、枝をずらして落とそうとしているが、もう少しという所で引っ掛かったままの枝。

 ゆらゆら揺れているが、このままではダメだと腰に手を当てて考えをめぐらせる。

 そうだ! といった風にベルトのナイフに手を当てるが、大して変わらないと判断したのだろう。鞘から抜かずに手を戻そうとしたとき、シオンが気付いていた枝がショコラの目に入る。

 長さも十分。これなら使えそうだとしゃがんで手を伸ばした。


「あっ、ショコ――」

「――あぼっ!」


 一人で気付いた事に笑みを浮かべたシオンだったが、少し離れていた事で見てしまった。

 ショコラがしゃがんだのと時を同じくして、取ろうとしていた枝が突然ずり落ちたのを。


 シオンが声を掛けるが間に合わず。落ちてきた枝は見事ショコラの頭に命中。堪らずシオンは吹き出してしまった。


「しぃ……ッ! シオンさんッ!! 図りましたね!?」

「んククッ……はかってないはかってない……こんなっ……ふふふっ……」


 若干涙目になって頭を押さえるショコラは、見ていた筈だとシオンに追及する。

 だが、誰が予想出来ただろうか。これほどハプニングに愛される彼女を少し不憫にも思うが、あまりの見事さに笑いを堪えきれずにいる。


「……さ、もう少し、薪を……探しましょうか」

「……震えてますよ?」


 ショコラのねっとりした抗議に堪らず、またしても吹き出してしまうシオン。

 それからショコラはずっと、むっすーと口を尖らせてむくれたままになってしまった。


 とはいっても、そこまで機嫌を損ねた訳でもなく、食事を終える頃にはすっかりいつものショコラに戻っていた。


 食後はゆっくり、今後どうするかの予定を話し合っていた――


「やっぱり良い毛並みの子がいいです。それだけは譲れません」

「余程好きなのねぇ……分からなくもないけど。でも私、鳥もいいんじゃないかと思うの」

「あはぁ! あのコロンってした体つきもいいですねぇ、両手にすっぽり収まる感じも……」

「いやいや、どっしりした大きさの子がいいじゃない。猛禽類の嘴も中々いいものよ――」


――筈だった。

 どうした訳か、いつの間にか内容は動物談義へと変わっていた。

 ショコラがホムンクルスを錬成するならという話題と取れなくもないが、完全に趣味嗜好へと流れていってしまい、軌道修正は最早不可能となってしまっていた。


「……あの、シオンさん」

「ん? どうしたの」


 そろそろ寝ようかという所で、ショコラが問い掛ける様に口を開いた。


「街に着いたら、すぐに都市へと向かうんでしたよね……」

「そうね、特に予定も無いし。……どうかしたの?」


 ショコラの可愛らしい声が妙にしんみりしていて、なんだからしくない気がした。

 眠いからなのかもしれないが、ただそれだけではなさそうな様子を不思議に思い、尋ねてみる。


「その……街を出発するの、お昼を過ぎてからでも良いですか……?」

「まあ、構わないけど……何かあるの?」


 街から都市までは、ゆっくり歩けば八時間程度で着く距離にある。

 昼過ぎに発つとなれば途中急ぐ必要が出てくるが、体力を付ける為に走りたいなんて様子でもない。


「えっと……ひみつですっ!」


 そわそわと、少し照れたショコラはそれだけ言うと毛布を頭まで被ってしまった。

 何とも要領を得ないが、悪巧みしている感じではないので楽しみにしておこうと、シオンも毛布を被った。


 明けて二日後。二人は無事に街へと帰り着いていた。


 道中一匹だけイノシシを見付けたが、シオンが反射的にナイフを投擲して、寸分違わず首に命中。見事に頸椎にダメージを与え、抵抗される事も無く沈めてしまった。

 あまりにも完璧な流れにショコラは羨望の眼差しをシオンに向けるが、無意識に行った当の本人は、まさか一撃で仕留めてしまうとは思ってもおらず、引き攣った笑みを浮かべていた。

 そのイノシシは折角だからとその場で解体し、持ち帰る事にした。ショコラが魔法で水を出し、血などを洗い流すのに使ったのは言うまでもない。


 出発まで時間が空いた二人は、以前食べて美味しかった串焼きをまた買って味付けの秘訣を聞き出したり、ギルドへ寄って受付嬢(フィア)に別れの挨拶をして時間を潰した。


 地方都市・ミンティアラへと向かう道中、ショコラはしきりに太陽の位置を確認していたが、シオンがその事に触れても誤魔化され、そろそろ急いだ方が良いのではと尋ねても徹底して首を横に振るばかり。


(この先は、確か……)


 シオンは過去の記憶を頼りに、この先の地形を思い浮かべる。

 少し進めば高い崖になっていて、そこを削って広い坂道が作られていたはずだ。

 もしかして……と思い、ショコラを見ればそわそわとしている。

 以前は何とも思わず通り過ぎた場所だが、大して記憶に残っていない程度には普通だった気がする。まあ、行けば分かるだろう。そんな事を思いながら木々に囲まれた道を進んでいく。


 ふと、視界が開ける。


 見通しの良い崖の上。

 夕暮れには早いが、斜めに差す陽の光が眼下に広がる景色に陰影を与え、大地の緑を鮮やかに彩っている。

 地方都市ミンティアラを囲う、高く積まれたレンガの壁は輝く様に白く、その美しさに不覚にもため息が漏れてしまった。


 隣に立つショコラは、満足そうにイタズラっぽい笑みを浮かべてシオンの言葉を待っている。


「あなたは、この景色を私に見せたかったのね」

「はいっ! ……どうですか?」


 嬉しそうに笑うショコラ。

 シオンも釣られて微笑み、もったいぶる様に間を置いてから、これから住む事になるミンティアラに思いを馳せる様に前を向いて、溢れる様に言葉を紡ぐ。


「……ええ、いい景色だわ。とても。……こんなに綺麗な光景だなんて、思ってもいなかったわ」

「えへへぇ、それはよかったですっ」


 冷たく吹く風も、今だけはミンティアラに来るシオンを歓迎している様な、そんな気分にさせてくれる。


「……シオンさん、これから、よろしくおねがいします!」

「ええ、あなたを立派な錬金術師になれる様に、しっかり鍛えてあげるわ。ショコラ」

「はい、お世話になりますっ! ……さっ、行きましょうか!」

「あっ、ショコラ! そんな走ったらコケるわよっ」


 ミンティアラへ向かう下り坂を駆けていく二人。

 その足取りは軽く、これからの生活が楽しみで仕方ないと全身で表現する様に、全力で前へと進んでいく。


……ミンティアラに着いた時には、ショコラは完全にバテていた事は言うまでもないだろう。




 一章完結です。


 錬金術要素 is どこぞやって感じでしたが、次回からしばらく引きこもり系錬金術師になる予定なので、


……はぁい。


 二章からは不定期更新にする予定ですが、最後までお付き合い頂ければ嬉しいです。

 活動報告は乱用しがちになりそうなので、まぁ、その……


……はぁい。


 今回までに描写したロープワークなどは主に、Bush Craft Inc.様のYouTube動画やその代表である相馬拓也さんの著書『ブッシュクラフト入門』を中心に参考にしております。

 アウトドアが好きな方や気になった方は是非! ぜひ! ぜ ひ に ! !




……まだまだ足りない所の多い作品ではありますが、それでも見ていただき本当にありがとうございます……ブックマークも、めっちゃうれしいです……(コソッ)

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