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Distorted Garden  作者: snowline96
第一章 邂逅
10/18

1-10

よく見たら前回も短かったので、本日も二本目でございまし。

 前日の雨が嘘の様に晴れ渡る空。吹き抜ける爽やかな風。絶望に満ちた表情。


「うぬぅぅぅ……疲れましたぁシオンさぁぁん……」


 ショコラはもう歩きたくないとばかりに、地面にへたりこんで主張していた。

 時刻としては、もうすぐ三時といったところだろうか。休憩するには丁度いい頃合いではあるが、それだけではショコラの体力は回復しそうにない。


 シオンは懐中時計を見ながら、どうしたものかと頭を悩ませる。


「今日はもう少し進んでおきたかったんだけど……もう動けそうにないわね、あなた」

「ペースが早いんですよぉシオンさぁん……錬金術師は、そんなに体力ないんですよぉ……」

「その錬金術師の師匠に向かって何を言ってるのよ」


 朝のうちに街を出て十分な休憩も取っていたのだが、いくら踏み固められた地面といえど、樹海の中心にある湖までの道のりを優に越える距離を既に移動している二人。

 シオンとしては早歩き程度のつもりでも、ショコラにとっては小走りでないと追い付けない速度での移動は、かなり辛いものがあった。


「本当はもう少し先まで行きたかったんだけど……仕方ない。獣避けの香も作ってしまいましょうか」

「獣避け……ですかぁ?」

「……とりあえず、休憩にしましょうか」


 どんどん溶けていくショコラに見るに堪えかねて、少し早いが休憩する事にした。

 地面はまだしっとり濡れている為シートを敷いて、アルコールストーブでお湯を沸かす。

 ショコラといえば、シートを敷いてすぐに伸びきってしまい、完全に動く気が無くなっている。


「……獣避けの香っていうのは、いくつかのハーブを抽出してオイルに混ぜたものよ。ランプの燃料として使うんだけど、あなたは作った事ないかしら?」

「う〜ん……虫除けの匂い袋とかランプの燃料なら沢山作ってきましたが、それは知らなかったです。……混ぜてもちゃんと燃えるんですか?」

「ええ、案外普通に燃えるものよ。少し色は変わるけど、灯りとしても十分使えるわ。初めて使うなら匂いが気になるかもしれないけど、すぐ慣れる程度のものよ」


 シオンは淹れたての紅茶をショコラに向けて差し出す。まったりと起き上がったショコラは紅茶を受け取ると、その香りに頬を緩ませる。


「ほわぁ……この紅茶、すごく爽やかな香りがしますね!」


 紅茶の他に柑橘系の甘酸っぱい香りと、スーッと鼻を通り抜ける感覚がとても心地良い。一口飲み込めば、体の疲れが和らぐ様に染み渡っていく。


「今回獣避けに使うハーブを混ぜたものが、その香りよ。その様子なら特に気にせず使えそうね」


 そう言うとシオンはどっさりと、それはもうどっさりと数種類のハーブを取り出す。


「……え、それ全部使うんですか……?」

「沢山ある様に見えるけど、ほんの僅かしか抽出出来ないの。それを精製して更に濃くするから……この量なら二百ミリリットルも取れたらいい方かしら」


 山の様に沢山あるハーブから、よく作っているポーションの瓶二つ分程度の量にしかならない。今まで作ってきた物とは比べ物にならない程の素材と完成後の量の差に、ショコラはただ唖然としていた。


「作っている過程で出る匂いもそのまま獣避けになるから、もう少し進んだ先で作り始めた方が都合が良かったんだけど……まあ仕方ないわね。一応風避けをして、始めましょうか」


 シオンは大きなタープと数本のポールを取り出し、あっという間に囲いが出来上がる。その中に台を置き、二台の蒸留器を設置したらもう準備完了だ。

 ショコラも何か手伝おうと申し出たが、あまりにフラフラした動きで「……今回は見ていなさい」と言う他なかった。


 作業自体は単純なもの。先に水を一度蒸留しておき、その中に細かく刻んだハーブを入れて蒸留。そうして出来た液を更に蒸留すること数回。気を付ける事といえば火加減くらいで、あとはただひたすらに待つのみ。


「はあぁ……いい香りですねぇ。本当にこれで効果があるんですか?」

「ええ、人にとっては何の害も無いけれど、敏感な獣は嫌がって近付いてこないわ。まあ中には苦手な人もいるけど……この辺りでは見かけない獣人も、かなり嫌な匂いだって言ってたわ」

「獣人! シオンさんは会った事あるんですか!?」


 獣人という単語に興味を持っていかれるショコラ。彼女の住むミンティアラでは見た事が無く、話でしか聞いた事が無い存在に好奇心が(うず)いて仕方がないと言った様子。


「ここより北の方に行けばたまに見かけるわよ。見た目は人とそんなに変わりは無いけど、身体能力や感覚の鋭さは中々のものね」

「はえぇ……一度は見てみたいものです……」


 未だ見ぬ獣人に想いを馳せるショコラ。そこでふと気になった事を口にする。


「そういえば、どうしてこの辺りには獣人がいないんでしょう? シオンさんは何か知ってますか?」


 ショコラの問いに、シオンは少し言い難そうに頬を引き攣らせて答える。


「あぁ……それはね、この辺ってハーブが多く生えてるじゃない? 昔はもっと多くて匂いも凄かったらしいんだけど……それで『我々には足を踏み入れる事が出来ない、この地は我々を拒絶しておられるのだ』なーんて言ってたわねぇ……他にも、言い回しが独特な人だったわぁ……」


 懐かしむ様に遠い目をするシオン。それは良い思い出というより、苦い記憶を思い起こしている様だった。

 その人の話は面白そうだなと思いつつ、踏み込んで良い話題か少し悩む。だが、先に口を開いたのはシオンだった。


「……あと、この辺りまで来ると暑すぎて生きていけないとも言ってたわね。その点に関してはここよりもっと南の方に住んでる獣人もいるらしいから、個人差があるとは思うんだけど……そうそう、話を戻すけど、たまに獣避けの香が効かない個体が居たりするから、過信はしないでおいて」

「え゛!? それじゃ意味ないんじゃ!?」


 突然の不安を煽る発言に、ショコラは酷く動揺する。

 ナイフでの戦い方は、少しではあるがシオンから習った。だが、その程度でしかない。肉食動物はおろか、魔力を持つ魔獣に襲われては、ショコラには為す術がない。


 おろおろとシオンに(すが)りつくショコラ。そんな彼女を引き剝がして、(なだ)める様に言葉を続ける。


「ほら、効果が無い獣は滅多にいるものじゃないから、安心しなさい。……まあ、そういった例外には対処しなきゃならないから、消耗品の獣除けの香を使うより見張りを立てる事で済ませる人が多いんだけど……私には『この子』がいるから。さあ、出ておいで」


 そう言ってシオンは、自身の首の後ろ辺りで手を動かす。

 一体どこに隠れていたのか、シオンの肩に小さな『何か』が出て来た。『それ』はみるみるうちに大きくなり、器用にもシオンの両肩に乗って(くつろ)ぎ始めた。


「それは……ッ! ホムンクルスですか!」

「そうよ、この子はアイギス。索敵・探索に特化しているの」


 猫の姿をしたホムンクルス。

 短くさらりとした美しい銀色の毛並みは、光が当たると僅かに青みを感じる。アイギスと呼ばれたそのホムンクルスは、大きなあくびをして眠そうに青い瞳を半分だけ覗かせている。


「ほわぁ……綺麗な毛並みで――」

「――ダメよ」


 見惚れてじわりじわりと近寄って来るショコラに、全力で拒絶するシオン。

 それでも負けじと手を伸ばすが、シオンは更に距離を取る。


「ちょっとだけ、ちょーっとだけでも……」

「絶対にイヤ。……この子は私と感覚を共有して、いてっ……触られたり、何か感じたら私にも……伝わるっ、のよ! やめなさいっ!!」


 ショコラは話を聞いているのか、いないのか。最早毛皮(アイギス)に意識を持っていかれている彼女はねっとりシオンへと寄っていき、そのシオンは決して触れられまいと後退(あとずさ)る。(はた)から見れば、宛ら変質者に襲われる女性の図である。


 そのやりとりは暫く続き、もう少しで触れられそうという所で、シオンによる変質者(ショコラ)への鉄拳制裁(腹パン)で幕を閉じた。


 痛みに喘ぐ人(ショコラ)を尻目に、シオンは鼻息荒く最後の説明をする。


「はあっ……ふんっ。だから、夜中はこの子(アイギス)が、見張ってくれるから、安心して、寝ていればいいわ。感謝なさい」

「グあぃ……誠にありがとうゴザイマス……」


 自業自得ではあるが……こうして第三の苦痛をその身に受け、満身創痍となったショコラはその日、もうまともに動く事は出来なかったそうな。












……ショコラ、なんか不憫枠になってきてないか……? ほとんど自業自得とはいえ。

「ええ、ちょっと不憫な感じはあるかもしれないわね。ほとんど自業自得とはいえ」

「や゛た゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」

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