魔女と呼ばれた少女は、愛する人の魔術の触媒となり生きる
オレリア・アリソン侯爵令嬢。彼女は自分に土下座する両親や姉を前に、非常に優雅な所作で扇子を広げた。
彼女は魔女と呼ばれ蔑まれていた。理由は白い髪に赤い瞳…彼女はアルビノだったのだ。
彼女の双子の姉は、赤毛に緑の瞳の可愛らしい女性だ。顔立ちはそっくりだが、色が違うだけで随分と扱いが違った。大切に愛される姉。比較対象にすらならない妹。居場所など、オレリアにはどこにもなかった。
両親はオレリアを殺したり捨てたりこそしなかったものの、それはオレリア…魔女の呪いを恐れてのこと。オレリアに対しては冷たい態度を崩さなかった。
そんな両親を見て、屋敷の使用人達も同調した。オレリアを蔑み、世話すらしなかった。いつからか、食事すら出されなくなっていたのに両親と姉は気付いていただろうか。
お陰で、オレリアはなんでも自分でこなせるようになった。部屋の掃除や自分のドレスの洗濯はもちろん、裁縫や簡単な罠を使った狩りとその動物の解体、調理も出来るようになった。全て庭師の孫を名乗る少年に一から教えてもらった。名前はリュカ。優しい人だ。
ちなみに、唯一使用人達の中でオレリアに優しくしてくれた庭師は天涯孤独の身の上である。孫などいるはずがない。庭師の息子一家は流行病で亡くなった。庭師も元々はオレリアに冷たかったが、独り言の延長線としてその話をした時に聞いたオレリアがぼろぼろ泣いてからすごく優しくなった。
リュカはオレリアに、色々なことを教えてくれた。神話や昔話、それに文字の読み書き、数学も。マナーや作法も教えてくれた。リュカがスパルタで色々教えてくれたため、オレリアは十歳になる頃には貴族の通う学園の卒業生くらいの知識は得られた。
その代わりオレリアはリュカに、伸びたから切った髪の毛や生え変わるために抜けた歯、伸びたから切った爪に唾液や血まで差し出した。リュカ曰く、オレリアのようなアルビノの身体は良い触媒になるのだという。
オレリアはなにもわかっていないフリをして提供し続けた。せめてものお礼のつもりだった。リュカは、おそらく魔術師だ。この国において魔女と共に迫害を受ける存在、魔術師。でも、それならば魔女と呼ばれ迫害を受ける自分とお似合いじゃないか。オレリアはそう開き直った。
そうしてオレリアが十八歳になり、金持ちの商人の後妻として売り払われそうになった時、リュカはオレリアを迎えに来た。
リュカと共にそっと姿を隠して逃げた。リュカの魔術でなんとでもなった。その触媒となったのが自分の爪でも、どうでも良かった。
リュカが自分を便利な触媒を提供してくれる相手としか認識していないのはわかっていた。それでもオレリアは、リュカの側を選んだ。
その後、リュカの祖国に行った。遠い遠いその国は、オレリアが育った国よりもとても大きな国だった。魔術で栄えているというその国は、オレリアを受け入れてくれた。むしろ聖女のように扱ってくれる。アルビノは、この国では尊い存在だった。そして、衝撃の事実を知る。リュカは、この国の王子様らしい。
王子様というか、この国には王族というものはなく最も優れた魔術師が統治者になるのだそうで、次期統治者として発表されているらしい。
オレリアはリュカからプロポーズされる。オレリアは、リュカの役に立てるならと首を縦に振った。ただ、リュカの妻になれるなんて幸せ過ぎて死んでしまいそうだと思った。リュカは優しいから、ただ触媒として必要なだけのオレリアのことを本物の妻として大切にしてくれるだろう。やはり、オレリアにとっては幸せ過ぎた。
オレリアがリュカの祖国に住み始めて、リュカの婚約者として発表されて、なにもかもが上手くいっている時。オレリアの実家が没落したとリュカから聞かされた。その楽しそうな表情を見るに、リュカが何かしたことは間違いなかった。
そして、どこから聞いたのだかオレリアの両親と姉がオレリアを頼ってきた。オレリアに土下座する両親と姉。オレリアは広げた扇子で口元を隠す。そして言った。
「この国で一番粗末な山小屋に住まわせて差し上げます。衣類は持ってきたものだけでなんとかしてくださいませ。食事は山で自分で取って食べてください」
「そんな…!」
「育ててやった恩を忘れたのか!」
オレリアは冷たい目で両親と姉を見下ろす。
「育ててやった恩も何も、六歳を過ぎた頃から使用人達すら世話をしてくれませんでしたが?掃除も洗濯も裁縫も全部自分でしました。食事は自分で狩りをして解体して、調理までして飢えをしのぎました。それで育ててやった?笑わせないでください」
両親と姉はその言葉に真っ青になる。
「そ、そんな報告は受けていない…」
「それでも、どちらが真実かはわかるでしょう?」
「…ごめんなさい!私が全部悪かったの!だから助けて!」
わっと泣く姉を見下ろすオレリア。
「ですから、山小屋に住まわせて差し上げます。食事も自分達で取り放題ですよ。無理して獣を狩らなくても、山菜やキノコも有りかと思います。では、さようなら」
「誰か、山小屋に連れて行ってやれ」
「はい!」
オレリアとリュカの言葉に、両親と姉は泣き叫んだが衛兵に山小屋まで連れられてしまった。その後馬車は衛兵だけを連れて引き返してしまう。残された三人はあれだけオレリアを排して仲良しごっこをしていたのが嘘のように、お互いを罵り合いながらなんとか山菜を採ったりしてしぶとく生き残ることになる。
「少しはすっきりした?オレリア」
「うん。でも、どうしてもっと早くこの国に連れてきてくれなかったの?それに、両親を没落させるのだってもっと早く出来たでしょう?」
「…だって」
「ええ」
「オレリアには、俺だけに依存して欲しくて」
オレリアはリュカからの返答に呆れ果てた。
「もうとっくにしてたわよ…」
「それじゃあ足りなかったんだよ。今くらい執着してくれなくちゃ」
普通、魔術の触媒に使いたいからってそこまで求めるだろうか?
ふとオレリアはそう思ったが、まあリュカだしなと思い直す。
ここからリュカは、いつまでも自分を魔術のための触媒としてしか認識していないオレリアに気付き必死に口説き落としにかかるが、今はまだそんなことを知らないオレリアは穏やかに笑った。