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歓喜と情熱について

 

 残業は続く。

 まだ帰れません。


 家の向きとは逆の方向へ、ナットは制服のままポテポテ歩いた。片手にランプ。

 街のはずれにある岬に灯台があり、そこにも調査の依頼が来ている。冒険者を派遣する前に、概ね建物の状態を視察しておくのもギルドの仕事だ。

 緩やかな傾斜を曇天の空に向かい登っていく。

「ここを確認して最後だ。頑張ろ…。」

 頑張れそうな感じが全く窺えない、覇気の無い声色。

 夜は雨が降りそうだ。

(数日前から夜になるとキャラクターの唸り声が聴こえるってことだけど…。)

 白い煉瓦を積んで造られた巨大な塔。中には螺旋階段があり、海を照らす大きな呼応石が塔の天辺で光を放っている。

 スカートのポケットから古びた鉄の鍵を取り出し、ナットは灯台の中へと踏み入った。


「これって残業手当ついてるのかな…」


 中は暗い。ついでに寒い。

 灯台下暗し。

 光を放つ呼応石がある部屋には扉が有るため、真下の部分であるこの階段は暗闇だ。

 革のロングブーツで、踏み外さないように気をつけながら階段をあがる。細い手摺のシルエット。ランプの火が息をするごとに、壁を照らす僅かな灯りも震える。

 床には何も置かれていないが、壁には火を置く為の燭台が等間隔に設置されていた。

「とりあえず人が入るぶんに問題は…」

 ないかな、と言いかけて。


 グオオーッ


 突然、低い獣の声が響き渡る。反響するので位置が判りにくいが、どうやら中腹辺りの床が広い場所からだ。

 そこに、巨大な影。

 人の身長の倍はあるかという、二足で立つ獣が見える。鼻先が長い。

「ひっ…。」

 肩が跳ねた。身がすくむ、いや、意図的に姿勢を低くして隠れる。階段に胸を押し付けるようにして、地面に一体化。

 万が一にもキャラクターに出会した時の対処方くらいは、ギルドの人間なら心得ている。

(キャラクター…! 本当に迷い込んでるのがいたんだ。フルーツフェスタね、狼男みたいなやつ…!)

 前世の記憶を取り戻すと、どうしてもそちらの世界で使っていた言葉で例えてしまう。

 フルーツフェスタというのは、キャラクターの種別名だ。毛深い体に鋭い爪。

 その腕力は煉瓦の壁くらい簡単に砕いてしまう。

 二足立ちの狼のような姿だ。

「こっちに来ないで! あっち行って!」

 思わずその巨体に注目してしまうが、その横に人の頭のような小さな影も見受けられる。

 ナットが咄嗟にランプをかざすと、そこにいたのは黒い髪に大きな瞳の男の子だった。

 前髪が特徴的に跳ねている。壁に背をつけ、まさにキャラクターに襲われている場面だった。

 セーラー襟のシャツに黒いハーフパンツ。スニーカーではなくローファーを履いている。


「ショタのナマ足だとおおおお!?」


 セーラー+ハーフパンツはショタに着せると最高の組み合わせです。

 キャラクターの唸り声より一段低い、腹の底から出したようなナットの叫びに、少年もといショタくんが気がつく。

「おねいさん!」

 まだ声変わりもしていないキーの高い声が可愛い。

「今の声、おねいさん…?」

 そうだよ。

 おじさんじゃないから安心してね。うへへっ。

「ショタくん、大丈夫!?」

 ナットの見開いた目力に、

「あ、あんまり大丈夫じゃない…。食べられちゃう…。」

 か細い声が正直に答える。

 あのうるうるの瞳に見つめられたら、相手がキャラクターだろうがクジラだろうがジェット機だろうが突っ込んで行くより他に無し。

(ショタだもの…! 可愛い可愛いショタだもの…!)

 体を起こして胸の名札を取り外す。それを野球のピッチャースタイルで、ナットはキャラクター目掛けて投げつけた。

「私が相手よ!こっち来なさいよ!」

 戦闘経験?

 ないです。

 無いけど、ショタだもの!

(見捨てられない、ショタだもの! あんな可愛い子が夜の暗闇の中、巨体に押し倒されて、鋭い爪で服をビリビリに破かれて、歯をたてられるなんて薄い展開、絶対に許せない!)

 まだそこまでされてないけど、結構具体的に想像しておいて、ナットは声を限りに叫んだ。

 自分に敵を引き付ける。

 それから仕事着の中から小さな呼応石を取り出した。連絡用とは別のものだ。

 これはねぇ、私物です。

「おねいさん! 逃げて、食べられちゃう!」

 上の方からショタが小さなお口で叫んでおる。猛烈に可愛い。

 その横で獣のキャラクターが、グルルと歯を剥き出して、階段の上からナットに目掛けて飛び降りて来る。

 ナットが投げた名札は見事に、敵の頭にヒットしたようだ。良かった。

 良かったのか?

 鋭く伸びた太い牙が、体を貫くその前に。

「大丈夫。お姉さん、こう見えて強いのよ。」

 ナットは呼応石を頭の上にかざした。


 呼応石は人の心の呼び掛けに応え、自然の中に存在する様々な属性の力を集めて放つ石のこと。

 一般向けにも販売されているが、安価ではない。冒険者の武具に加工されたり、大きな乗り物を動かしたり、多用に使われているが、人々の生活の中までは普及していないのが現状だ。


 呼び掛ける心の声が強い程、集まる力は多くなり、放つ力は強くなる。同じ石でも持ち主が変われば出力も変わる不思議な石だ。


 その石に込める、確かな呼び掛け。


「無課金でも推しを引く。我が物欲センサーの呼び掛けに応えよ!」

 ナットの強い呼び掛けに応じて、呼応石の周りに集まる光。

 それは電気の粒子を呼び、強力な電撃を相手に放った。


 バシーン!


 と大きな音をたてて、キャラクターの鼻先に電撃が落ちる。

 落雷のような轟音と共に、強い光が放出された。視界が真っ白になる。

 ギャンと声を上げてキャラクターが後ろ向きにひっくり返り、ナットの目の前に落下してくる。

 ボトンと肉が地面に叩きつけられる嫌な音。

「うわあぁっ!?」

 驚きのあまり、ヒュッとしゃがんで小さくなるショタくんの膝小僧きゃわわ。

 キャラクターは電撃を喰らった鼻を赤くして、力無く横たわり気絶した。

「…よし! 」

 ナットは気持ち良くガッツポーズ。爽快な手応え。視界はすぐに落ち着いてくる。

 呼応石で呼び出せる光や炎といった力。

 中でもナットが放った一撃は、かなり強力なものだった。


 社畜の底力は凄い。

 オタクの物欲センサーは強い。


「…っ。おねいさん…?」

 螺旋階段の上から、そうっと覗き込んでくる。

 ショタくんの不安気な表情。体が細いので、階段の転落防止の手摺の隙間からコロンと落っこちそうだ。

 呼応石をしまうと、ナットはすぐにキャラクターの様子を確認する。目がぐるぐる。こうして倒れていると、もふもふのぬいぐるみ同然だ。

 お腹のところだけ毛が白い。

「もう大丈夫だよ、ショタくん!」

 頭の上で呑気に大きな丸印を作るナット。その様子に安心したようで、ショタくんは階段を駆け下りて来た。


 ちょっと失礼します。

 はい、このシーン。結婚式のBGMで。


 風のように丘を下り、ギルド受付嬢の元へ駆けてくる短パンショタの細いおみ足。スローモーション。


「おねいさーん!」


 もちもち素肌に、ほっぺに輝くハイライト。おめめはね、キラキラです。存在がキラキラ。


「う…ぐあああっ! …あっ? …あー!」


 その尊い存在に浄化されて消し飛びかけて、我に返り、全ての疲れが消滅していることに気がつくショタコン社畜。


 こうして残業だけが取り柄だった女性に、一つの希望が与えられたのでした。


 天恵。神よ、よくやった。

 めでたしめでたし。


 で、終わる筈もなく。

 古びた塔の中で電撃なんて召喚したせいなのか、階段の一部が崩れて落ちてくる。ポロリ…。

 まぁ、なんて綺麗に一部だけ崩れるんでしょう。

「あ! おねいさん、あぶない!」

 声を上げ、ショタくんはナットの元へと階段を駆け下りてくる。

 階段の崩れた部分は丁度その先だ。途中で途切れてしまった階段を、そこそこ高さがあるにも関わらずピョコッと飛び降りてくる。

「あ…、」

 崩れた階段と手摺の一部が、折り重なるようにしてナットの頭に落ちてくる。塔の中では逃げ場が無く、それを回避することは不可能だ。

(これ、落ちてくる。)

 不思議と頭の中で理解するだけの時間があって。

(死ぬんだ、アタシ。)

 前世と同じ運命を辿る事になる。

 前世と同じように社畜として生きて、前世と同じように若くして命を落とす事になる。

 そんな予感はしていたけれど。思ったより早かったな。

 走馬灯のように頭を過る、コンビニの肉まん、スーパーのお惣菜、自販機のカフェオレ。ゲーセンで何枚お札を溶かしても取れなかったぬいぐるみ。

 ガラガラと降り注ぐ瓦礫が、ナットの頭をカチ割る寸前。


 彼の瞳は赤く色を変える。


「俺様に代われ!」

 地面に上手く着地したショタくんが、誰に向けたかわからない言葉を叫ぶ。

 それから手を上げると、パッと指を開いた。そこに現れる紫色の魔方陣。

 大小のハートマークがいっぱい描かれている。

「おねーちゃん…! 間に合え…」

 空中に描かれたその魔法陣の効果なのか、周囲の空気が急激に冷え込み、崩れた瓦礫も含めて凍りついていく。

 バキバキと氷が形成される音が激しく鳴り響き、一瞬にして氷柱が作りあげられた。

 壁と共に氷の中に封じられたことで、瓦礫の崩落は止まる。僅か数秒のうちの出来事だ。

「きゃっ…」

 と遅れて悲鳴を上げたナットの頭のほんの少し上。身を縮めた彼女の頭に手摺の一部が突き刺さる直前で、冷気の中に生まれた氷がそれを防いだ。

 冷酷な温度によって作られる、温かな守護の魔法だ。

「と、止まった…?」

 パラパラと美しい氷の粒が降り注ぐ中で、青い瞳の彼が、ナットの胸に飛び込んでくる。


「助けてくれてありがとう!おねいさん!」


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