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『力』の発現・3

 * * *


 今にもこぼれそうな涙を瞳にためたまま、リンネは必死に針を動かしていた。


『……私にはレオしかいないのに』


 彼女の弱気な声を聞いた瞬間、俺は、全身を揺さぶられたような気がして、心臓が大きく脈打った。


 ――そばにいてやらなければいけない。生きなければ。


 湧き上がったのは、今までとは違った感情だった。

 これまで俺は、リンネはひとりで生きていけると思っていた。

 王太子である俺を無理やりランニングに付き合わせる図々しさとか、普段から食べ物のことしか考えていなさそうな短絡的なところとか、友人が少なくても飄々としているところとか、彼女はどこをとっても逞しく、俺なんかよりもずっと精神的に強いのだろうと。

 だから、俺がいなくなっても、一瞬は悲しむだろうが、立ちなおって普通に生きていくに違いないと思っていた。

 こんなふうに泣くなんて、考えても見なかったのだ。


 だけど、言われてみれば、たしかに彼女と一緒に走る人間は俺しかいない。つらいとき、困ったとき、走って忘れようとするリンネは、この先俺がいなくなったら、ひとりで泣きながら走るのかもしれない。いや、走らせてさえもらえない可能性の方が高い。

 だとしたら、この先、リンネは今みたいな悲しい顔でずっと生き続けるのか? 走ることもできず?

 その可能性に思い至った途端、死んでもいいなんて思えなくなった。


『わかった。生きる――』


 本気が伝わったのか、リンネは目に力を取り戻し、再び俺の胸に時戻りの呪文を刺そうとした。そのときだ。

 リンネの手から、熱いくらいの熱が伝わってきた。まぶしくて周りが見えなくなるくらいの光があたりを包む。

 何度かされているから、これが『手当て』の力だと、本能的にわかった。怪我をするとリンネが使う癒しの力。それが最大限の威力で発揮されたのだ。

 発光が収まったとき、俺の胸の魔法陣と、腕の呪文は、跡形もなく消えていた。だが同時に、リンネも意識を失って倒れていた。


「リンネ!」


 俺は起き上がり、彼女を抱き上げる。青ざめてはいるが、呼吸はしていた。眠っているのかと頬を軽くたたく。


「リンネ、おい、リンネ」


 だが、たたいても揺らしても、リンネに反応はない。俺は無性に恐ろしくなって、何度も呼びかけた。


「起きろ。リンネ!」

「レオ、駄目だよ。動かさないで」


 クロードに止められ、俺は彼を見上げる。


「クロード、リンネはどうなったんだ」

「僕にだってわからないよ。わかるのは、彼女が君を救ってくれたことくらいだ」


 呪文の消えた腕と胸を見て、クロードがつぶやく。


「だが、リンネが目覚めないんじゃ意味がない。俺のことなんかどうでもいいんだ。リンネさえ生きていてくれれば、俺はそれでよかったのに」


 俺の悲鳴のような声に、みんながしんと静まる。

 沈黙を割るように、突然現れたのは二匹のコックスだ。


「ティンー!」


 一匹は俺の知るソロより、ひと回りくらい大きく、尻尾が二本ある。しかし、鳴き方や態度はソロそのものだ。


「ソロなのか?」


 問いかければうなずくので、きっと成長したのだろう。

 そしてもう一匹、ソロよりも小さなコックスは、まだ赤ん坊のようだった。だが、動きは機敏で、「ティティ」とソロよりも甲高い声で鳴いている。


「ティン! ティン!」


 ソロは、リンネが倒れているのを見ると、手に持っていた真っ赤に熟した果実を、リンネの口に押しつけた。


「ティン!」


 食べろと言っているようだ。しかし、意識のないリンネには無理な話だろう。


「食べさせればいいのかい?」


 クロードが受け取ろうとするが、ソロは首を振った。よくわからないが、ほかの人間の手を介してはならないようだ。


「ティティ」


 赤ん坊のコックスが、呆然と見ているローレンに呼びかける。


「……なに? 私を呼んでるの?」

「ティ」


 ローレンはふらふらと歩いてきたかと思うと、小さなコックスに手を伸ばす。


「ティ!」


 小さなコックスが彼女の手に飛びのった瞬間、彼女は大きく瞬きをした。


「ティンティン」


 ソロがなにかを言い、ローレンが驚いたようにうなずく。


「イリスって言うのね。よろしく。私はローレンよ」

「ティ!」

「ティンティン」

「え、私の力ってそんなのなの? 悪役になれるやつじゃん」


 ローレンとコックスたちはまるで話でもしているようだ。


「ローレン嬢、もしかして、コックスの話がわかるのか?」


 彼女はうなずき、そして俺に向きなおった。


「リンネは、自分の中の力を使いきって、深い眠りについているだけ、だそうです。そして、この小さなコックスが、覚醒させてくれた私の力で、目覚めさせれると思います」


 確証があるかのように断言され、俺は少しだけホッと息を出す。


「ローレン嬢にもリンネのような力があるってこと?」


 クロードが問いかけ、ローレンは少し目をそらしながらうなずいた。


「癒しの力か」


 俺が問いかけると、ローレンは顔を赤くしてぼそりと言う。


「私の力は『妄想力』――人の夢に関与し、自分の妄想を送り込める力、……だそうです」


 そう言うと、ローレン嬢は、意識のないリンネの額に手をあてた。


「……ずいぶん深いところにいるみたいです。ちょっと時間がかかるのかも。リンネが休む部屋を用意してもらえますか」


 クロードが部屋を用意するために動きだし、俺はリンネを抱いたまま、準備が整うのを待った。

 リンネを挟んでいるとはいえ、普段ならば体調を崩す距離にローレンがいることに、俺は気づいた。

 けれど、いつものような吐き気も、恐怖心も襲ってこない。


(リンネが、女性恐怖症まで治してくれたのか?)


「ローレン嬢。リンネは助かるよな」


 すがる思いで尋ねると、ローレンは力を込めてうなずく。


「絶対に助けます。……私、すごく昔にリンネに助けられたことがあるんです」

「昔?」


 俺は、彼女たちは最近仲よくなったと思っていたから、意外で聞き返した。


「はい。遠い昔。自分も危ないのに、私を守ってくれたことがあって。……だから今度は、私がリンネを助けます。絶対に」

「ティ」


 小さなコックスが同意するように鳴き、ローレンの肩の上にのった。彼女はそれを愛おしそうになでる。


「私の。……私だけのコックス。私はもしかしたらずっと、あなたを待っていたのかもしれないわ」




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