思いあまって婚約破棄・6
* * *
リンネからは、レオ様と婚約破棄したという手紙をもらった。
私は、その手紙を見てから、胸がじくじく痛んで仕方ない。
琉菜時代に、『情念のサクリファイス』を読んで、私はレオ様というキャラクターに夢中になった。
寂しがりで、意地っ張りで、愛情深い。ローレンを好きになった彼は、国王夫妻の反対も物ともせず、リンネからローレンを守ろうとしてくれる。彼の言動ひとつひとつに、自分がローレンになったようにときめいて、彼への思いに胸を焦がした。アニメ化するなら、声優は誰がいいとか、レオ様の好きな食べ物はなんだろうとか、妄想も果てがないくらいに盛り上がっていた。
だから、自分がローレンとして転生してると知ったときは歓喜した。なんとかして、早くレオ様に会いたくて、渋る父親に王城にも連れていってもらった。
(本当ならあのときに、ソロにも会えるはずだったのに)
なにがいけなかったのかはわからない。ただ、物語は私の知っている筋書きの通りには進まなかった。まったく違うわけではないけれど、肝心なところがうまくいかない。
(リンネは、軌道修正しようとしているのかな)
婚約破棄。本来はレオ様の方からされることだけれど、リンネの方からしたとしても、結果は一緒ではある。
(だったら今なら、レオ様は私を受け入れてくれる?)
ひと筋の希望にすがるように、私はレオ様を捜した。
レオ様は、ビオトープ前のベンチに座っていた。ここで私は、リンネがあの凛音の生まれ変わりだと知ったのだ。
「レオ様」
「君か。悪いがひとりにしてくれないか」
彼は不快そうに眉を寄せ、伸ばした私の手を振り払う。苦しいような悔しいような気持ちで、それでも隣に座ろうとしたら、彼は迷惑そうに立ち上がった。
いつもならそのまま行ってしまうはずだった。なのに今日、彼は、急に胸を押さえ、体のバランスを崩して膝をついた。
「レオ様?」
「……っ」
「どうしたんですか? 胸が痛いんですか」
「触るな!」
差し伸べた手は、弾かれた。そのすぐ後に、彼は口もとを押さえて、苦しそうに顔をしかめる。顔色は青く、呼吸もだんだん荒くなってくる。
「レオ様、あの」
「君では……駄目だ。誰か、誰でもいいから……男子生徒を呼んできてくれ」
「男性じゃなきゃ駄目なんですか?」
苦しそうに呼吸しながら、レオ様は小さくうなずいた。
(どうしてまだ治っていないの……?)
レオ様の女性恐怖症は、幼少の頃の一過性の病気だったはずだ。
なのに、今も触れただけで気持ちが悪そうにしている。
(でも、私には巫女姫の力があるはずだ。発現方法はよくわからないけれど、レオ様のピンチになら力を使えるようになるかもしれない)
そう思って、彼の胸の前に手をあてる。
「……っ、やめろっつ」
だけど彼の顔色はどんどん悪くなっていくばかりだ。
「なんで? ……どうしよう」
私が知っている展開と全然違う。どうやったらレオ様を助けられるかわからない。
とにかく誰かに助けを求めなきゃ、と立ち上がったとき、校舎の方からリンネが走ってくるのが見えた。
「ローレン、窓から見えたんだけど、そこでレオ、倒れてない?」
「リンネ! 助けて。レオ様が」
「やっぱりいるのね?」
リンネはものすごい速さで私たちの近くまでやって来た。そして、倒れているレオ様のシャツを容赦なく脱がすと、胸の魔法陣を確認する。私も確認して、愕然とした。
「なにこれ、もう完成間近じゃない。おかしいよ、小説では、ここまでなるのはレオ様の卒業式なのに」
卒業まではまだ半年以上ある。いくらなんでも早すぎる。
レオ様との親密度も上げられてないし、私自身の力の発動もまだ。お母様がリトルウィック出身だとわかるエピソードだって、本当ならばこれからだ。
「助けなきゃ」
オロオロしている私を横目に、リンネは顔を上げる。
「ローレン、近くの男子生徒にタンカを持ってくるように言って。それと、王家の馬車を呼んで? ――レオを城に帰す。魔術のことはお医者様じゃ駄目よ。クロードに見てもらわないと」
リンネは青い顔をしながらも、しっかりとなすべきことを指示した。それでも動けない私を見て、落ち着かせるように手をギュッと握ってくれる。
「やっぱり私が行ってくる。ローレンはレオを見てあげてて。でも触らないでね」
そう言うとリンネはすぐに走りだし、大声で人を呼び始めた。
その背中を見ながら、私は漠然と思ったのだ。
ここは『情念のサクリファイス』の世界かもしれないけれど、もはや私の知っている物語とは違う。
どう考えても、この物語の主人公は私じゃない。――ヒロインはリンネだ。




