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思いあまって婚約破棄・1

 前回の勉強会以来、レオは私と距離を置くようになった。

 女性が苦手だと知っているのに、無理やりローレンと仲よくさせようとしたことを怒っているのかもしれない。


「今日はお城に行かないの」

「レオの都合が合わないんだって」


 最初にお願いしてから一週間、毎日行われていた午後の勉強会も、ここ数日はレオの方から断られている。仕方なく、作戦会議がてら、今日はうちでお茶会だ。


「どうする? 私、まだ全然、レオ様と仲よくなれてないよ」

「うーん」


 事情を説明しない状態では、これ以上ローレンを差し向けても、レオは嫌がるだけだろう。

 彼は合理的なところがある。ローレンと親しくなる必要があるとわかれば、ちゃんと協力してくれるんじゃないだろうか。自分の生死がかかっているわけだし。


「ローレンがレオを救う存在だって説明できればいいんだけど」

「うーん。じゃあ、リンネが夢でお告げされたって言ってみればどう?」

「適当だなぁ。そんなの信じるわけないじゃない」

「だって正直困るんだよね、こっちだって」


 ローレンの声が尖った。私は驚いて彼女を見つめる。予想よりも真剣に、彼女は怒っていた。


「本当なら、私がレオ様の隣にいるはずだったんだよ。小説通りなら、もっと早くレオ様とも出会っていたし、リンネは嫌われていて、私がレオ様に求められていたんだよ」

「ローレン?」


 ローレンの顔が真っ赤だ。そして目が、潤んでいる。泣いているのかと思ったら胸がざわついて、私はどうしたらいいのかわからなくなった。


「みんな、リンネのせいだよ! レオ様が助からなかったら、私、一生リンネを恨むから!」


 投げつけられた言葉に、私はショックを受けた。


(……私のせい?)

「ティン!」


 そこに、割って入ってきたのはソロだ。

 ここのところずっと姿を見せなかったのに、ローレンから私を守るように間に立ち、毛を逆立てて威嚇している。


「ティン、ティン!」

「……ソロ?」


 ローレンは食い入るようにソロを見て、眉を寄せた。


「ローレン? どうしたの」

「聖獣でしょ? これ。 なんでソロまでリンネのところにいるの? 本当は私に仕える聖獣だったんだよ?」


 ローレンが憎悪をあらわにする。私は圧倒されてなにも言えず、ただ、ソロをギュッと抱きしめた。ソロは尻尾を揺らしながら、ローレンの方をちらりと見る。


「フー!」


 そして、彼女にあからさまな敵意を向けた。

 彼女はそれがショックだったようで、テーブルにのっていたティーカップを、思いきり手で払い落した。がちゃんと硬質な音を立ててカップが割れる。


「もうやだ! 全部リンネのせいだ!」


 泣きながら言い捨て、出ていってしまう。

 騒ぎを聞きつけたエリーが、「お嬢様、大丈夫ですか」と聞きにきたけれど、反応を返すのさえおっくうで、私はソロを抱いたまま自分の部屋に向かった。


「う、うううう」


 自室に入った途端、涙があふれてくる。


「ティン、ティン」


 ソロは私を慰めるように頬をなめてくれるけれど、簡単には止められそうにない。


「ソロ。本当のお前のご主人はローレンなんだよ」


 私が言うと、ソロは首をぶんぶんと横に振る。


「行きなよ、ローレンなら、ソロの力も十分に引き出してくれると思う」


 以前母コックスが、『コックスは巫女の使い』だと言っていたはずだ。ペットのようにただ飼っているだけの私なんかより、ローレンの方が上手にソロを育てられるはずだ。この子がいつまでたっても人間の言葉を話せないのも、私のせいかもしれない。


「ね、お願いソロ。ローレンのところに行って、レオを助けて」


 すがってくるソロの前足を、突き放すように軽く押すと、ソロは体を小刻みに震わせた。


『嫌だ!』

「え……?」


 頭の中に、声が聞こえた。ソロの声によく似た、人間の言葉。


(空耳?)


『僕はリンネがいいのに。なんでそんなこと言うんだよ!』


 ソロはめそめそと泣きながら、前足で涙をぬぐう。間違いなく、ソロが話しているみたいだ。


「ソロ、人間の言葉を話せたの?」


 ソロはハッとしたように顔を上げ、自分の口もとを前足で押さえて動転していた。

 そして観念したように、大きく息を吸い込む。見つめている私が瞬きしている間に、ふっと姿を変えた。

 前の体より、ふた回りは大きく、白い毛は前よりもふさふさとして、尻尾が二本になっている。子供のソロじゃない。大人の姿だ。


「……ソロなの?」

『もうだいぶ前から、大きくなってたんだ。でもリンネの前では子供でいたかったから、変化してた』


 衝撃の事実に、私は驚いた。


「私はずっと、ソロが大きくなるのを楽しみにしていたのに、どうして隠したりしたの」


 ソロはバツが悪そうに、もじもじとしていた。


『だって……。大きくなったら、リンネが一緒に寝てくれないと思って』


(甘えたかよ!)


 思わず突っ込みそうになってしまったけれどこらえる。怒っても、なにもいいことはなさそうだ。

 しゅんとしてしまったソロに手を伸ばし、フサフサの毛並みをなでる。ソロは気持ちよさそうに目を細め、子供のときより長くなった顔を、私の頬に擦りつけた。


『怒らないで。僕を捨てないで』


 そんなかわいいことを言われたら、怒れなくなってしまうじゃないか。


「でも、レオを救える巫女はローレンなの。だから、私はソロに、ローレンの力になってあげてほしい」

『リンネだって救えるよ! もう少し力が足りないだけだ』


(力が足りないから救えないんでしょ?)


 会話のつながらなさに苦笑する。だけど、ソロは真剣に話しているようなので、笑っては失礼だ。ソロの前足を握って、真摯にお願いする。


「ソロ、お願い」

『……あの子も変わった魂は持っているけど、僕、色が好きじゃないんだ』

「色?」


 ソロはそう言い、とろけるような瞳で私を見る。


『リンネの魂はね、真珠みたいな乳白色。とても綺麗なんだ。僕は初めて見たときから、リンネの魂が好きなんだよ。リンネがいい。ほかの子のところになんか行かない!』


 どうやら、外見は大きくなったものの、ソロの精神は子供のときと変わりないようだ。


「でも……」

『レオを助けられればいいんでしょ? 僕はあいつ嫌いだけど、リンネに捨てられる方が嫌だから、助ける方法を考えてくる!』


 そう言うと、ソロはふっと姿を消してしまった。


「ソロ? ちょっと、どこに行ったの、ソロ!」


 呼びかけてももう返事はない。どこかへ行ってしまったようだ。


「大事な時にいなくならないでよー!」


 私は困ってしまった。

 ローレンに泣かれ、ソロにも逃げられた現状は、小説の筋書きとはずいぶんずれてしまった気がする。

 いつだってレオを救うためにそばにいて、がんばってきたつもりだった。でも、そのせいでレオが助からないというのなら、私は考え方を変えなきゃならない。少しでも小説の内容に近づけるには、きっとレオから離れなければならないのだ。



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