間違いだらけの作戦会議・5
ローレンを同行して城に入城する許可はすぐに下りた。国王陛下と王妃殿下のレオへの溺愛は半端なく、レオの望みならば大概のことは通ってしまう。
「よかった。これでレオ様とちゃんと話せる」
「ローレン、呪いを解くんだからね。頼むよ」
「わかってるって」
今日はうちの馬車にローレンを乗せて一緒に来た。いつもの応接室に向かうと、レオのほかになぜかクロードもいる。
「あれ、クロード。どうしたの?」
「レットラップ子爵令嬢が同席すると聞いたから、ご挨拶をと思ってね」
「初めまして、クロード様。ローレン・レットラップと申します。お見知りおきを」
「こちらこそ。実は君のお父様にはいろいろとお世話になっていまして……」
クロードとローレンがにこやかに話しているのを、ぼーっと見ていたら、レオからの視線を感じた。
「なに?」
「いいや、なんでも」
最近のレオはこのセリフが多い。なにか言いたいことがありそうなのに、いつもはぐらかす。
「言いたいことがあるならはっきり言ってよ」
「なんでもないと言っているだろう」
やがて口ゲンカに発展した私たちを、今度はクロードとローレンがじっと見ている。
「あ、ごめんなさい」
「相変わらずだね、ふたりは」
「そう言わないでよ、クロード」
成長してないって言われているみたいで、情けなくなるじゃない。
「レオ様。今日からよろしくお願いいたします」
私とクロードが話しだしたのを機に、ローレンはレオとの距離を詰めていった。
レオは「ああ」と答えながらも一歩引いている。顔色はあまりよくないが、ローレンと仲よくならなければ、未来がないのだからがんばってほしい。
私の願いが通じたのか、それともやっぱりふたりは運命の相手だったのかわからないけれど、その日、レオはローレンがそばにいることを嫌がらなかった。積極的に話しかけることはないけれど、ローレンから話しかけられれば、きちんと応じている。
私はホッとした半面、なぜだか少し苛立っていた。
理由はわからない。きっと、レオに無理をさせてしまったことへの自分への怒りなんだ。うん、きっとそうに違いない。
そんな日が一週間ほど続いたある日。レオとローレンとの勉強会を終えた私は帰り間際、門のところでクロードに呼び止められた。
「どうしたの? クロード」
「リンネ。もしかしたらあの子が、君の言っていた預言者かい?」
考えてみれば、頭もよく察しもいいクロードがそれに気づくのは当然のことだ。けれど、浅はかな私は、それを予想してなかったのだ。
「えっと、いや、その、違う違う。彼女は学園の同級生なだけ……」
必死にごまかそうとしたけれど、自然に目が泳いでしまう。
(くう、嘘のつけない自分が恨めしい)
「リンネが、レオの嫌がることを率先してするはずがないことくらい、僕でもわかるよ。それでもレオの苦手な女の子を連れてきたということは、彼女をレオに近づける必要があったってことだろう? それに、彼女はレットラップ子爵の娘だ。僕が持っている魔術書を入手してくれたのは、彼女の父親なんだよ」
「え?」
(なんて偶然。……いや、偶然じゃないのかも。これこそ、運命なんじゃないかな)
胸のモヤモヤが大きくなる。こんなふうに感じていることをクロードに知られたくなくて、わざと明るい声を出した。
「ローレンは絶対にレオを救ってくれると思うの。だから……その」
「リンネが彼女を疑っていないのはわかるよ。僕だって、もしかしたら、レオの呪いを解いてくれるのかもとも思っている。……でも」
クロードは怪訝そうな顔をして、ちらりとふたりを見る。レオは私を見送ろうと馬車の乗降場で待っていて、一緒に帰るローレンもまた、そこで待っている。
ローレンは一生懸命レオに話しかけていて、対するレオは口もとを手で押さえていた。
「僕はね、彼女が君とレオの仲を引き裂いてしまうのではないかと心配なんだ」
クロードがあまりに真面目な顔をしているから、私は思わず笑ってしまった。
「やだな。私とレオはそんなんじゃ……」
「婚約もしてるのに?」
「それは、ほかの女性に嫌悪反応が出るからでしょう? 治れば、もっとふさわしい令嬢と婚約しなおすに決まってるじゃない」
私はずっと、それが正しい姿だと思っていた。だから疑問にも思っていなかったし、そうあるべきだとさえ、思っていたのだ。
「リンネはそれでいいの?」
だから、クロードにそう問われて、すごく不思議な気分になった。
「だって、そう決まってるんじゃないの?」
「リンネ……」
クロードはハッと息をのんだ後、ちらりとレオを見て、それから私に優しい笑顔で笑いかけた。
「……だったら、僕にもまだチャンスがあるということだね」
「チャンスって?」
クロードはにっこりとほほ笑むと、私の右手をすっと持ち上げる。
「レオともし婚約破棄することになっても、心配しないで。僕はずっと、君を待ってる」
「へ……?」
そのまま、クロードは私の指のつけ根にキスをした。
(は? あれ? なんだこれ)
訳がわからずぼうっとそれを見ていたら、いつの間にかそばに来ていたレオが、私の手をぐいと引っ張った。
「なにをしているんだ。クロード!」
「なにって、久しぶりにリンネと話せたからね。挨拶だよ」
「俺の婚約者だぞ」
レオが怒っているのを見て、ようやく私は、婚約者のいる女が気軽にされてもいいことではないのかと気づいた。
「レオ、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
「こっちだって驚いた。お前もぼーっとしてるなよ」
「だって、クロードだもん」
なにも心配することはないでしょう?と続ければ、レオは深いため息をついた。
「レオ?」
「なんでもない。そうだな。クロードなら仕方ないのか」
つぶやきの意味がわからなくて、彼をじっと見つめる。ふと、レオの顔色が悪いのに気づいた。
「レオ。疲れてる?」
「……悪いが、やはりリンネ以外の女性は苦手だ」
深いため息と共にそう言うと、「気をつけて帰れ」と私の頭をなで、レオは背中を向けてしまった。
クロードも苦笑したまま、「リンネはもうお帰り」という。
なんだか追い立てられているようで落ち着かなかったけれど、かといってなにを問いかけていいかもわからなくて、ただその言葉に従うことにした。
「リンネ、お話終わった? 帰ろう」
ローレンだけがいつものように明るくて、私は失礼にも、ローレンが場違いのように思えてしまったのだ。




