間違いだらけの作戦会議・4
それからも、私とローレンによる『レオとローレンを引き合わせよう作戦』は頻繁に行われたが、なぜか思うような結果がついてこない。現在、私たちは顔をつき合わせて反省会である。
「どうしてこんなにレオ様とお話しできないの!」
「小説ではどうだったの」
「小説では、途中からは積極的に助けにきてくれるの!」
レオは、普段しつこく寄ってくるリンネに辟易していたこともあって、リンネがローレンをいじめているとローレンをかばい、リンネから嫌われようとわざとローレンに肩入れする姿を見せていたのだという。
「じゃあ、まず私が嫌われればいいのか。レオが嫌だと思うまで引っついていればいい?」
「いや待って。今の感じだと、それ、逆効果にしかならない気がする」
ローレンはすごく嫌な顔をして、渋々と口を開いた。
「信じたくはないけど、今のレオ様はリンネのことが気に入っているのよ、たぶん」
「まあ、友達だもんねぇ」
「友達って……婚約者にまでなっておいて」
「ん?」
「いいえ。なんでもないわ」
いろいろ含みのある言い方をされるけれど、通じないからはっきり言ってほしい。私は勘がいい方ではないのだ。
ローレンは吹っ切れたように笑顔になると、私の目の前に人さし指を突き立てる。
「ちょっと方法を変えてみよう。いじめられてても助けてもらえないんなら、逆に考えて、私とリンネが仲良しって方向から攻めたほうがいいんだよ、きっと」
「なるほど? 具体的には?」
私が促すと、ローレンはにやりと笑う。
「そうね……。たとえば、私の勉強を見てくれるよう頼んでくれる、とか」
「勉強?」
「そう、実は……ついていくの大変なんだよね。前の学校より進んでいるし」
どうやら本当に勉強がわからないらしい。その素直なところは嫌いじゃない。私は思わず笑ってしまった。
「なるほど。やってみようか」
*
ローレンとの作戦会議翌日、私はレオに、午後に勉強を見てくれないか頼んでみることにした。正直、了承してもらえるかは半々かな……というところだが、何事もやってみなければ一歩も進まない。
「ねぇレオ。友達も連れて勉強会しない?」
「友達? そんなのいたのか、リンネ」
失敬な。たしかに今のところ、ローレン以外の友達はいないけれども。
「最近ね。ほら、この間ローレン様が私のせいで転んじゃったじゃない。あの後お詫びをしたのをきっかけに仲よくなったの」
「またあの子爵令嬢か。最近ふたりでいるのはよく見るなと思っていたが」
「そう。それでね! ローレン様、転入生だから、勉強についていくのが大変なんだって。私、教えてあげようと思うんだけど、レオも一緒にいたら楽しいかなって思って」
理由はわからないけど、レオのそばに行って見上げるように頼めと言われたので、それも実行してみる。
レオは一瞬後ずさりしたものの、気を取りなおしたように咳ばらいをし、神妙な顔をした。
「そ、そうか」
「駄目かなぁ。身元はちゃんとしてると思うんだけど。レットラップ子爵も、王都で商会を開いているそうだし。珍しいお菓子とかもらえるかもしれないし」
私の言葉に、レオが破顔する。
「また食い気か。わかった。だが、俺が誰かの屋敷に行くとなると警備が大変だからな。ふたりとも城に来るか?」
「許可出る?」
「おそらく」
「本当? ありがとう」
満面の笑顔で応じれば、レオはちょっとたじろいだように身を引いた。
なんだかよくわからないけれど、ローレンの言う通りにしたら、ちゃんとうまくいった。すごいな、ローレン。さすがヒロイン。
やがて、馬車の乗り場につく。
当然、王家の馬車の方が先に準備されているので、私はレオを見送ることになる。
いつもなら、すぐにそっけなく行ってしまう彼が、今日はこっちがドキリとしてしまうような真摯なまなざしで見つめてくる。
「な、なに?」
思わずドギマギしてしまった。いやいや、落ちつけ私、相手はレオだよ。
レオも、問われるとは思ってなかったのか、「なんでもない!」とすぐに目をそらす。
少しばかり気まずい空気の中、侍従が頭を下げ、馬車の扉を閉めようとした。そのとき、ポソリとレオがつぶやいた。
「俺は、お前が笑っていればそれでいいんだ」
「え?」
問い返した声は、馬車の扉が閉まる音にかき消された。
レオはいつものように窓から手を振り、馬車は走りだす。すぐ後についていたうちの馬車が、空いたスペースへと入り込んでくる。
私は馬車に乗ってから、なんとなく先ほどの彼の手を思い出していた。
出会ったばかりのレオは、私よりも小さくて華奢だった。綺麗な顔立ちこそ変わらないものの、昔は、いかにも日の光を浴びない典型的なもやしっ子だったのだ。
外に引きずり出し、一緒に走り回るようになってから、もともと運動神経の悪くなかったレオは、早く走るための足の動きも重心の取り方も、私の見よう見まねですぐに習得していった。それはもう、こっちが悔しいと思うくらいにあっさりと、見る見るうちに成長してしまったのだ。
レオはやればなんでもできる。立派な王にだって、なれるはずだ。なのに、自分はこれでいいと、上限を決めて蓋をしてしまう。
それが、呪文のせいだというならば、消してあげたい。そしてそれができるのは、ローレンでしかないのだ。
「だから、私はレオを、そして彼とローレンの恋を応援しなきゃ。いずれは……婚約破棄もすればいいんだよね」
ポソリとつぶやくと、やはり寂しさが襲う。おかしいな。最初から、どうせいつかは解消すると思っていた関係なのに、なんで私は寂しがっているのか。
わからない感情をゆっくり考えるのは苦手だ。というか、考えたくなかった。
「あー走りたい」
空を見上げながら、私はつぶやいた。




