間違いだらけの作戦会議・3
翌日、ローレンに渡された台本を見て、私はげんなりした。あまりにも、古典的な嫌がらせの応酬にあきれる。これを演技でやる虚しさといったら半端ない。
「なにこれ、『図々しいのよ、赤毛のくせに』ってあるけど、赤毛がよくないなんて迷信、聞いたことないけど」
「うるさいなぁ。いいのよ。このまま言って」
ローレンは不服そうに頬を膨らませた。ここでケンカをしていても仕方がないので、私も引き下がることにする。
「ええと。ローレンに足を引っかけて転ばせればいいんだよね? でもレオが見ているときに? タイミングが難しいなぁ」
「大丈夫。レオ様の講義内容はばっちり頭に入っているの。次の休憩時間は体育館に移動するから」
「へぇ」
(すごいな。まるでストーカーみたい)
正直引いてしまうけれど、そのくらいローレンはレオが好きなのかと思えば感心はする。……するんだけど、なーんか、ちょっとおもしろくないんだよなぁ。
そして休憩時間になるとすぐに、私たちは体育館へ向かう渡り廊下へと移動した。
「いい? リンネはそこに背中を預けて本を読んでいてね。私が、レオ様が通るタイミングでそこを横切るから、リンネがすっと足を引っかけて、転んだ私に向かってさっきのセリフを言う。おっけ?」
「はいはい、オッケー」
面倒くさいけれど、これがレオを救うことになるのならば仕方がない。
やがて、本当に上級生校舎の方からレオがやって来る。
(復学してそれなりに時間が経過したというのに、なぜまだひとりで歩いているのよ。友人をつくれって、あんなに口を酸っぱくして言っているのに、レオの馬鹿)
私は、今やらなきゃならないことよりも、レオの友人関係に意識がいってしまう。
タイミングを見計らって、体育館の方からローレンがやって来る。
「ふんふーん、ふん」
(大声で鼻唄を歌っているから、めちゃくちゃ目立つな。まあいいのか。レオに見つけてもらわなきゃいけないもんね)
言われた通り、足をかける。「ああっ」と大きな悲鳴を上げてローレンがよろけた。
レオの視線がこちらを向く。彼はすぐにこちらに気がつき、駆け寄ってくる。
床に転がるローレン。私は彼女を見下したように言わなければならない。
「図々しいのよ、この……」
「リンネ、転んだのか?」
やって来たレオは、なぜか転がっているローレンではなく、私の手を取った。
「え……レオ。違う」
床にうずくまっているから見えないと思ったのか。ローレンは「ああん、痛ぁい」と甘えるような声を出す。
私は視線でレオに訴えた。
(ほら、レオ。女の子が倒れているんだよ? 大丈夫かって助けてあげてよ)
「お前、そこすりむいてるぞ?」
「え? どこ?」
「ほら、引っかけてる」
たしかに腕に枝を引っかけたような傷ができているけど、大したことはない。少なくとも、膝をすりむいたと騒いでいるローレンに比べれば。
レオがローレンを完全に無視しているので、仕方なく私が話しかける。
「レオ、私より重症な人がいるじゃん。……ローレン様、大丈夫ですか?」
「リンネ様。こちらこそ、ぶつかってしまって申し訳ありません」
「こちらこそ、足を引っかけてしまって」
(なんの茶番だ。言ってて虚しくなってきた)
だけど、私が介入しないと、レオはローレンと話をする気さえないのだから仕方ない。なんとかして、ふたりを歩み寄らせなければいけない。
「まあ、ローレン様大変。膝にお怪我を。レオ、申し訳ないけれど、彼女を医務室まで連れていってあげてくれない?」
「俺が?」
「まあ! レオ様のお手をわずらわせるなんてそんな……」
右手を頬にあて遠慮したそぶりを見せつつも、私の足をバシバシたたいている左手が、『よくやった、リンネ』と告げている。
レオは眉を寄せたままあたりを見回し、「そこの!」と大きな声を出す。
通りすがりの男子生徒は、王太子のお呼びと見て、すごい勢いで駆け寄ってきた。
「どうされました」
「この女生徒が怪我をしたらしいのだ。悪いが医務室まで運んでやってはもらえないだろうか」
「はい。それはもちろん」
顔を引きつらせたローレンが、男子生徒に抱きかかえられる。
レオは、満足そうな顔をして、「これで心配はないな、行くぞ、リンネ」と私の腕を引っ張っていくじゃないか。
「ちょ、リンネ様ぁ?」
『裏切り者~』という声が聞こえてくるようだ。
(いや、でも、私が裏切ったわけじゃないじゃん?)
女性に触れられないレオには、向かない作戦だっただけだよ。
「レオ、ローレンが嫌いなの?」
ぐいぐい腕を引っ張られて、痛いくらいだ。レオは不満そうにずっと前を向いているので声をかけるのさえ気まずかったが、中庭の中心を超えたところで聞いてみた。
「なにがだ?」
「さっき倒れていたの、ローレンだよ。覚えているでしょう?」
「あの子爵令嬢か? 興味はない。お前こそなにを考えている。俺があの令嬢を運べるわけがないだろう?」
怒ったように言われて、私は怯みつつも言い返した。
「運ばなくても、先導して連れていくくらいはできるでしょう? せめて、大丈夫かって、声をかけてあげればよかったのに」
「無理だ。俺が令嬢に近づいただけで調子が悪くなるの、お前が一番よく知ってるだろう」
「そうだけど」
それでも、ローレンがレオの運命の人なら、いつかは触れるようになるはずだ。……とは思うけど、彼女が例の預言者だとバレないためには、そんな説明をしてはならない。
仕方なく、あたり障りのない感じで促してみる。
「ローレンはほかの令嬢とは違っていい子だから、触れられるかもよ?」
「……妙にローレン嬢を推薦してくるな」
疑いのまなざしを向けられて、私は言葉が出なくなってしまった。
ああ、やっぱりこういうの向いてないな。私には〝走る〟以外の才能などないのだ。
「王太子なんだから、みんなに親切にした方がいいんじゃないの」
レオは、絞り出すようにそう言った私を見て、深いため息をつくと、私の頭を優しくなでた。
「似合わない顔するな。そもそもな、この呪文がある限り、俺が王位を継ぐことはないと思う。そうなれば選ばれるのはクロードだ。あいつなら、社交的だし、みんなに親切だろう? ならば俺はこのままでもいいじゃないか」
「駄目に決まってんでしょ? 呪文は消すの。絶対に。だからレオはちゃんと国を継ぐ覚悟を持たなきゃ駄目なんだから!」
「そう言われてもなぁ」
やる気のない声に、苛立ちが止まらない。
死ぬ運命をあっさり受け入れられては困る。私は、レオを死なせたくないからこんなに躍起になっているというのに、なんで当のレオが落ち着いているのだ。
「レオだって死にたくないでしょう? こんな呪文なんかに負けるの嫌でしょう?」
「まあ、悔しくないと言えば嘘になるが、……これでも今の状況にはそれなりに満足しているんだ。もし死んだとしても後悔しないくらいにはな」
遠い目をして、達観した老人みたいなことを言う。
(おのれ、無欲! 女性恐怖症のままで人生に満足しないで欲しい。世の中には、もっといいことがあるんだからね。おいしいものもいっぱいあるし、恋だって人生を豊かにするよ)
なにより、好きな人ができれば、もっと生きることに執着してくれるかもしれない。私との友情では満たされなかったなにかを、きっとローレンが満たしてくれる。
(やっぱり私、がんばってふたりを恋に落とさなきゃ!)




