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引きこもりの王太子様・2

 庭園の出口は、なかなか見つからなかった。子供の足だからということもあるが、単純に庭園が広すぎる。困り果てて、足を止めたとき、再び声がした。


「ティン!」

「今の……!」


 先ほどの獣の声だ。自分の身に起きたことに頭がいっぱいで忘れていたが、今の声で思い出した。


「モフモフ……! 触りたい。今の私には癒しが必要だよ」


 途端に、目的はモフモフを捜すことにすり替わった。私は近くの花壇をじっくり覗きながら、獣を捜す。

 やがて、タチアオイに似た背の高い花が植えられている花壇へと入り込んだ。そしてそこに、ふわふわのアッシュブラウンの毛が揺れているのを見つける。


(さっきのとはちょっと色が違うみたいだけど、かまうもんか)


「捕まえた!」

「うわっ」


 飛びかかったら、いきなり突き飛ばされ、私は地面に尻もちをついた。だが、それよりも声が獣のものではないことに驚いた。


「人間?」


 そこにいたのは、しゃがんでいる子供だ。花壇の中で、曲げた自らの膝を抱えていた。眉間に深い皺を寄せ、私を睨んでいる。


(綺麗な子!)


 そんな場合でもないはずなのに、私はその子に見とれていた。丸みのある輪郭に、宝石のような紫の瞳と、小さな唇、すっと通った鼻筋がバランスよく配置されている。肌の色は陶器のように白い。男の子に見えるが、女の子と言われても納得がいくくらい、体の線が細く、小柄そうだ。

 私はなんと声をかけようか悩みながら、恐る恐る近づいた。


「あの私……怪しい者では……」

「近寄るな!」


 少年は、かわいらしい見た目とは真逆の鋭い声で怒鳴った。


「来るな! 見るな! どこかに行け!」


 突然の拒絶の連呼に、私も言葉が出なくなる。


(な、生意気……! そりゃいきなり飛びかかったのは悪かったけど)


 少年の目には警戒心があらわになっている。最初はムッとしたものの、怖がらせたのかもしれないと思えば、自分の方が悪い気がしてきた。


「ごめんね。探していた動物と間違えただけなの」


 そう言って、立ち去るつもりだったのだ。だけど、遠くから「レオ様―!」という数人の男たちの声が聞こえてきた。

 少年は反射的に立ち上がり、花壇から飛び出した。体を屈めたまま、声とは逆方向に走っていく。

 だが、少年の足は遅かった。身長から考えても、もっと前に足が出せるはずなのに、歩幅が小さく、腕が全然振れていない。こんな走りでは、すぐ捕まるとしか思えなかった。

 男たちの声はどんどん近づいてくる。なのに、少年はたいして移動していない。私はだんだんヤキモキしてきた。


(このままじゃ捕まっちゃうじゃない)


 子供が大人から逃げるときは、たいてい子供の方が悪いものだ。皿を割ってしまったとか、いたずらを仕掛けたとか。怒られても自業自得なことが多い。だから放っておけばいい。そう思うのに、必死に逃げている姿を見るとやはり放っておけない。

 私は少年の後を追った。案の定、リンネの小さい歩幅でも、すぐに追いついてしまう。


「逃げてるの?」

「なっ、なんだよ。まだいたのか」


 少年はぎょっとしたように私を見て、虫でも払うように手を振り回した。けれど、動きが遅いので、私は簡単によけることができた。


(こう言ったら悪いけど、この子、ちょっとどんくさいよね)


 私は走りながら考えた。ここで会ったのもなにかの縁だし、少年が逃げるのに協力してあげてもいい。

 少年はひざ下までの長さのTシャツの上にマントを羽織っていた。


「ね。私がおとりになってあげる。だから、脱いでその服」

「は? なに……」

「いいから、早く」


 言うが早いか、私は自分のドレスを脱ぎ捨てた。脱ぎ方がよくわからなかったので、首のあたりのボタンを開け、あとは首をくぐらせて下から抜け出す。

 もちろん下着はちゃんと着ている。少年は見た感じ私よりも幼そうだったので、下着を見られる程度のことは、気にはならなかった。が、少年の方はそうではなかったらしい。下着姿になった私を見て、顔を真っ赤にし、両手で自分の目を隠した。


「なっ、お前っ、なにしてんだよ!」

「服を交換するのよ。ほら早く。男のくせに恥ずかしがってるんじゃないの」


 襟を掴み、彼のマントを脱がす。そのとき、左の二の腕に十センチくらいの落書きを見つけたけれど、急いでいたので追及はしなかった。子供が体に落書きすることはよくある。


「そのシャツも貸しなさいよ。レディの下着が見えちゃうでしょ」

「はぁ? レディ?」


 呆気にとられる少年を無視し、私は無理やり奪い取った服を着た。そして少年には自分のドレスを頭からかぶせる。


「これでオッケー! しばらく引きつけておくから、その間に逃げるといいわ」


 髪色でバレないように頭にマントをかぶり、私はわざと声のするほうへ姿を見せる。


「あ、いたぞ。レオ様だ!」


 うまく勘違いしてくれたのか、声は私の方を追ってきた。

 相手は大人だから、リーチの長さで負けるだろうが、小回りが利くぶん、入り組んだつくりの庭園にいる間は有利だ。私は遊歩道を小刻みに曲がりながら駆けていく。


(こちとら、県大会優勝の実力の持ち主だからね。大人とはいえ簡単にまけるはず)


 だが、思うように足は動かず、次第に動きが鈍り、もつれてきた。いつもなら、もっと早く足を動かせるのに、ひと呼吸分くらい遅い。


「はあっ、はっ、はっ……」


 息が切れてきて、私は焦った。


(おかしいって。こんなにすぐバテるはずないのに)


 額を伝ってきた汗を拭こうと、手を持ち上げたとき、目に入った小さな手に、気がついた。


(そうか。今はリンネ(わたし)であって凛音(わたし)じゃない)


 気づいたときには遅すぎた。心臓は爆発しそうなほど激しく鼓動し、呼吸は荒く、目の前は真っ暗になる。完全に呼吸困難の症状だ。

 そのまま意識が遠ざかり、私の体は地面へと転がった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 確かにレディは人前で脱がない( ̄▽ ̄;)
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