私だけじゃなかった・4
「レオ様、陛下がお呼びです」
しばらくすると、侍従がレオを呼びにやって来た。
「後で行くと陛下に伝え……」
「いいよ、レオ。行きなよ。私はもう帰るから」
レオが、陛下との約束を遅らせようとするので、私は慌てて立ち上がる。約束もなくやって来た私のせいで、陛下をお待たせするなんてとんでもない。
「だが……」
「リンネは僕が馬車まで送っていくから、レオは行きなよ」
レオは渋ったが、クロードにそう言われて、あきらめたように立ち上がった。
「わかった。クロード頼むな。……気をつけて帰れよ」
そう言い、名残惜しそうに部屋を出ていく。
「やれやれ、過保護なもんだ」
クロードはくすくす笑っていたが、いつもよりも表情は冴えない。彼は彼で、私のもたらした話がショックだったのだろう。
並んで廊下を歩きながら、クロードが思い出したように言う。
「そういえば、リンネの侍女には控えの間に行くように言っておいたよ」
「え? ああ! そうだ、エリーを馬車に置いてきちゃったんだ」
「忘れてたの? かわいそうに、ひどく狼狽してたよ」
どうやらクロードは、私を捜してオロオロしているエリーに気がつき、控えの間に行くように指示を出してから、私を捜しにきてくれたらしい。相変わらずの気遣い屋さんに頼りっぱなしだ。
「ありがとう、クロード」
改めて感謝の意を伝えると、クロードもふっと表情を緩めた。
「さっきは悪かったね、リンネ。脅すようなこと言って」
「ううん。私だってほかの人が言っていたらきっと疑うと思う。うさんくさいし、騙されてるんじゃないかって思う。……でも、本当なの。誰とは言えないけど、絶対に信頼できる人なの」
「うん。わかったよ」
おそらく、クロードは納得していないのだろうけれど、私の気持ちを慮ってそう言ってくれた。
クロードにはそういうところがある。いい感情も悪い感情も、自分の中で消化しようとするところ。もしかしたらそれは、まだ少年だった頃からレオを守るために自分の気持ちを押し殺してきた彼の処世術だったのかもしれない。だとしたら、自分で抱えきれないくらいの感情を受けたら、彼はどうするんだろう。
「クロードは平気?」
「なにが?」
「レオの魔法陣が悪魔を呼び出すものだったってこと。もちろん当人であるレオだってショックだろうけど、支え続けているクロードの方がもっとショックじゃない?」
クロードがはっとしたように目を見開く。内心を探られたことに対する怯えがそこには見えた。
「僕はなんの傷も負っていない。つらいのはレオだ」
「痛みがないからつらくないなんてことないでしょう? むしろ自分のことじゃないからつらいときだってあると思う。私だって……」
代わってあげられるなら、レオの魔法陣全部引き受けてあげたいくらいだ。
どうしてレオにばかり、困難が降りかからなければならないのだろう。幼い頃に殺されかけただけでも十分つらいのに、今また目前に迫りくる死への恐怖にさらされなきゃならないなんて。
私は自分の手を見つめる。『手当て』で治せるのは怪我だけだ。一番助けてあげたいレオに、なにもできないことがもどかしい。
クロードだって、魔法陣の解明やいろいろな手助けはできているだろうけれど、決定的な解決策を見いだせないことに苦しんでいるに決まっている。
そしてなによりつらいのは、レオの、半ばその運命を受け入れているような態度だ。すべてをあきらめて受け入れているような顔は、見ていて苦しくなる。
「私だって、レオにあきらめてほしくなんてないよ」
じわりと涙がにじむ。
(おかしいな、最近涙腺が弱い。これもレオのせいだ)
クロードが見たら心配するに決まっている。私は、バレないようにそっぽを向いた。クロードはお兄ちゃんらしい優しい仕草で、私の頭を軽くたたく。
「いい子だね。リンネ」
「クロード」
「君は優しい子だ。……そうだね。僕もちょっとだけ弱音を吐かせてもらってもいいかな」
涙をこらえているような、そんな声。
クロードがレオを支え続けていたのを、私はずっと見てきた。兄のような立場の彼は、きっとレオに対して弱音を吐くことなどできなかっただろう。
私は立ち止まって、彼を廊下の端へと引っ張った。城には使用人がたくさんいて、まったく誰にも見られないというのは不可能だ。せめて目立たないようにと思い、私の方が廊下側に立つ。まあ、身長のせいで、クロードを隠しきることはできないんだけど。
それに気づいたのか、クロードはこらえきれなくなったように笑いだした。
「ぶっ、や、リンネは本当におもしろいね」
「なっ、なによ、もうっ。弱音言いたいんでしょ? ほら、早く言って! いくらでも聞くから」
(もー、恥ずかしい。どうして私はこうスマートじゃないんだろう)
クロードは私の頭をなでながら、笑っている。
「本当に、君がいるから僕らは救われてる。……ありがとう」
最後の方は涙声に聞こえた。
クロードだって私たちよりは年上だったとはいえ、レオの面倒を見続けるには子供だったはずだ。大きな傷を抱えるレオを支えるのは、大変だったに違いない。
「助けたいのにその方法がわからない。手探りで調べるしかなくて、成果は微々たるものだ。……もどかしいし、情けないんだよ」
(そんなことない。クロードはがんばってる)
そう思うけど、きっと今は、そう言われたいわけじゃないんだろうな。
「私も情けない。なんにもできないもん」
「リンネはいるだけでレオを救ってるよ」
「……クロードもでしょ」
私たちは、たぶん、力の足りない自分たちを持てあましているのだ。
だから、それを言葉にして、つらい思いを共有することで、少しだけ救われたような気持ちになっている。
「それでも、あきらめたくないからね。がんばらないと」
クロードはしばらく涙をこらえるようにじっとしていたけれど、やがて吹っ切れたように顔を上げ、前向きなひと言をくれた。




