私だけじゃなかった・3
真っ青になり、助けを求めてあたりを見回すと、クロードと目が合った。アイコンタクトで助けを訴えると、クロードはにっこりとほほ笑んだ。
「レオ、そんな怖い顔をしたらリンネが怯えるよ」
レオの背中を、クロードが軽くたたく。レオは肩に力が入っている自分に気づいたのか、はあと息を吐き出し、私から目をそらした。
目力で拘束されているような気分だった私も、ホッと息を吐き出した。
が、安心したのは束の間のことだ。
クロードは、レオをなだめた後、やわらかく微笑みながら私に諭すように言う。
「リンネ。君はこの魔法陣のことをどこで知ったんだい?」
クロードは穏やかな調子を崩さないまま、私から情報を引き出そうとする。私は冷や汗が止まらない。クロードはレオより上手だ。
(なんとかしてごまかせ、私)
「それは、えっと、ほら、古代語? そう!古代語のこと調べていて」
「我が国の図書館に、魔術や古代語に関するものは残っていないよ。僕だって手に入れるのにどれだけ苦労したことか。そうやって入手したものも、王城の地下にある秘匿書庫に保管している。リンネがそこに入れたとは思えないな」
たしかに、ハルティーリアに魔術を扱う人間はいない。魔術は隣国でしか発展してないって言ってたはずだ。
(ああ、本当にうっかりだ。万事休す)
「えっと、だから、その……」
目をクルクルさせながら、必死でない知恵を絞りだそうとしていると、クロードからあきれたような深いため息が落とされた。
「リンネ、本当のことを言うんだ。君はいったいどこでそんな情報を手に入れたんだ?」
クロードの声は優しい調子ではあるけれど、まなざしは鋭い。
怒っているのかもしれない。でも、私のせいでローレンが罰せられては困るから言えない。
「誰かかばっているのかい? だが、レオのことは国家秘密だ。魔法陣のことを知っているだけで、十分不審人物なんだ。君に情報を与えた人物に悪意があったとしたら、君も一緒に罰せられるんだよ? わかっているのかい?」
そんなことを言われても困るのだ。
(言ったって信じてくれないでしょう? この世界が小説なんですよとか。私だっていまいち信じきれてないもの!)
困り果てた私をかばうように、目の前に手のひらが伸ばされる。レオが、私をかばうようにクロードとの間に入ったのだ。
「あまりリンネを追いつめるな、クロード」
「レオ」
さっきまでは、自分も詰問していたくせに、一転、かばう気になってくれたようだ。
「心配しなくても、リンネにそう難しい策略が練れるわけないだろ? 大方、誰かが言っているのをうのみにしているんだよ」
(かばってくれたのかと思えば、さらっとけなしてるんじゃないの)
むうと頬を膨らませた私の頭頂に、レオのため息が落ちた。
「俺はお前を疑ってはいない。だから、ゆっくり話してみろ」
そう言われて、私はレオを見上げた。どうやら私がテンパっているのを察知してくれたようだ。彼が掴んだ肩から、体温が伝わってきて、徐々に落ち着いてきた。
(言っても信じてもらえないけれど、信じてもらわなければ、レオを助け出す手段も考えられない。だから信じてもらえるような作り話を考えるのよ、リンネ!)
私は人生で一番じゃないかと思うほど、頭をフル回転させた。
「実は、先のことが見通せる人……預言? そう預言者に会ったの」
なるべく事実から離れないように、慎重に言葉を選んだ。ローレンは、小説を読んでこの世界に起こるほぼすべてのことを知っているのだから、間違いにはならないだろう。
「うさんくさいな。誰だ」
「内緒にする約束で教えてもらったから言えない。未来が見通せるなんて知られたら、その人がどんな目にあうかわからないでしょう?」
「でもその情報が本当かどうか、どうやって判断するんだい? 少なくとも僕は信用できないよ?」
神妙な顔で語るクロードは間違っていない。誰の発言かもわからないのに、信用などできるわけがない。
「それは……そうだけど」
私が困っていると、レオがずずいと顔を近づけてくる。
「男か?」
「……え?」
「お前がかばっているのは男かと聞いている」
「ううん。女性よ」
「そうか、ならいい」
レオはそう言うと、二の腕のあたりを軽くたたく。
「そいつは、この文字のことをなんと言っていたんだ?」
「レオ」
クロードがとがめるような声を出したが、レオは私に続けるように促した。
「いいんだ。俺はリンネを信用している。リンネが大丈夫だというなら、信用する」
「……そう。僕がなにを言っても、聞く気はなさそうだね」
あきれたようにクロードがつぶやく。なんだか険悪なムードにしてしまったようで、申し訳なくなってしまう。ふたりをケンカさせたいわけではないのに。
機嫌をうかがうような私の視線に気づいたのか、クロードはいつもの優しい顔に戻って、諭すように言った。
「じゃあ、リンネ。君が話せる範囲でレオの腕の文字のこと、教えてくれるかな。裏づけは僕がとろう。ただ……君が信用できる人だというなら、その人にも助力をお願いしてほしい」
「うん。話してみる」
そうして私は、レオの二の腕に刻まれたものが時間をかけて魔法陣を形成していく術式なのだと伝えた。
「……お前が立てた仮説、だいたい合ってるじゃないか」
レオがクロードに促し、「あたってほしくなかったけどね」とクロードが請け負う。
「魔法陣を描くことはだいぶ前からわかっていたから、魔法陣については調べてある。召喚魔法とか、転移魔法に使うものらしいんだよね。だから最悪、レオの魂を転移させるのかと思っていたんだけど。悪魔を呼び出すとは、もっと最悪があったな」
悪魔と言われても、魔術が広まっていないハルティーリアではいまいちピンとこない。
ただ、おとぎ話には天使と悪魔の話があって、悪魔は人間を常闇の世界へ連れていく存在だと言われている。
「リンネ、回避方法を、その人は知っているの?」
そう言われてはっとする。ローレンは、呪文は消せると言っていたけれど、具体的な方法は聞いてなかった。
(そもそも悪魔は呼び出されないのか、それとも呼び出してから倒すのか。それもわからないな。もっと詳しく聞けばよかった)
レオが死ぬかもと思って、動転しすぎてしまった。
「もしかしたら知っているのかも。……詳しくはわからない。もっとちゃんと聞いてから話せばよかった。ごめんなさい」
中途半端な情報で、レオもクロードも振り回してしまった。自分の死が決まっているなんて言われたら、レオだってつらいに決まっているのに。
「いや、いい」
気にするなとばかりに、レオは私の頭にポンと手を置いた。
「先のことがわかれば多少なり対策は取れる。まったく無駄ではないんだ、リンネ」
「……本当?」
「ああ。だからその情けない顔するのはやめろ」
「情けないってなによ」
なぜ私が慰められているのだろう。
(おかしくない? だいたい、レオはなんでそんなすました顔をしているのよ。ここはもっと嘆いたりしてもいいところなのに!)
苛立ちのあまり、私は思いきりレオの頬をつまむ。
「いててて、なにするんだ!」
いつもの怒り顔に、私はようやくホッとできた。
「レオが泣かないからよ」
ムッとして見上げたら、目尻を指でぬぐわれた。目の周りが熱いとは思っていたけど涙まで出ていたとは思わなかった。
レオはふっと微かに笑うと、私に額を押しつける。レオの方が、体温が高いのか、じんわりと彼の熱が伝わってくる。この体がいつか冷たくなるかもと思うと、どうしようもなく嫌だ。
「お前が代わりに泣くから、俺はいいんだ」
「それじゃあ、私はよくない」
声を出すたびに、ぶわっと涙が湧き上がる。
(嫌だ。涙なんて見せたくないよ)
私はそっぽを向いて、服の袖で涙をぬぐってごまかした。




