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大騒ぎのお披露目会・3

 婚約お披露目の日は、学園も休みの日だった。

 だからなのか、王都に住む貴族は、学園の学生も含め、ほぼ呼ばれていた。王妃様の張り切りぶりが目に浮かんで、もはや笑うしかない。

 王妃様が選んでくださったドレスは、春の若葉を思わせるような緑だ。かわいらしい色合いのドレスが主流の昨今、これを選ぶ王妃様は、センスがあるのだろう。もともとそういったセンスに自信のない私は、すっかりお任せ状態だ。

 着替えのために王城入りしたのが三時間前。まず風呂に入れられ、髪から爪の先までしっかり磨き上げられる。それからローションでお肌を整えられて、その後は補正下着が登場し、しっかり胸の谷間と腰のくびれをつくられた。

 さらに、ドレスを着せられ化粧をほどこされ、宝石で飾られる。仕上げとばかりに香水を振りかけられた。


「リンネ様のお体は無駄なお肉がありませんわね」

「本当に。引き締まった足は隠すのがもったいないくらいですわ」


 そうやって褒められるのはやぶさかでもない。鍛えた甲斐があるってもんです。

 そんなふうにきゃわきゃわと楽しそうな侍女さんたちを眺めていたら、時間はあっという間に過ぎた。そして、できあがった自分の姿を鏡に映し、私はため息を漏らす。


「すごい。お化粧って上手にやればこんなふうになるんだー」


 この国の女性は、学生であろうとも、十六歳くらいから社交界デビューし、十八歳くらいまでに結婚相手を見つけるものだ。

 学園を卒業するのと同時に結婚するのが、スタンダードな令嬢人生なので、学園で相手を見つけられなかった場合は、夜会に出席して婿探しをしなければならない。

 実際、夜会への招待状は、私のもとにも山のように届いていた。

 でも私は、昼間レオとランニングして疲れているし、着飾ること自体に興味がないので、招待状は無視し続けていた。お父様もお母様も、レオの存在があったから、そこは好きにさせてくれた。

 だから、まともにパーティ用のドレスを着るのは初めてで、予想以上の出来栄えに、自分でもうれしくなっていた。


「リンネ様。レオ様がお越しです」


 部屋付きの侍女にそう言われ、私はもう一度鏡の中の自分を見つめる。普段ならばなんとも思わないのに、今日はなんだか褒められたい気分だ。


「入ってもらって」

「はい」


 侍女が扉を開けると同時に、飛び込むようにレオが入ってくる。五人いた侍女が五人とも一瞬見とれて、慌てて頭を下げた。

 私も、一瞬だが見とれてしまった。

 今日のレオは格好いい。一目で上質な生地で仕立てられたとわかるジュストコールのカフスボタンには王家の紋章が彫られている。ベストもズボンも同素材のものでいわゆる三つ揃えというスタイルだ。

 ずっと一緒にいるからか、最初に出会ったときの〝弱くオドオドした少年〟のイメージが抜けないけれど、すっかり背も伸び、肩もがっちりして胸板も厚い。美形で逞しい肉体の持ち主とか、レオでなければときめく要素満載だ。

 私が観察している間、あっちも言葉なくこちらをじっと見ている。


「レオ?」

「あ……、ずいぶん化けたな。見違えた」

「そっちこそ」


 私たちの会話に、侍女さんたちが目をむいている。

 たしかに紳士が令嬢に言うセリフでもなければ、返答もおかしいかもしれない。


(私たちの間じゃ通常運転の会話だけどね。でも、私も今日はちょっとがっかりだわ)


 もうちょっと褒められるかなぁなんて期待していた。そんなふうに思う自分にもびっくりするけれど。


「今日は、ソロはどうした?」

「屋敷で留守番させてる。来たがっていたけど、人も多いしパニックになるから駄目って言ったら拗ねちゃった」


 耳が下向きにたれた背中には、かなりうしろ髪を引かれたけれど、仕方ない。


「まあ仕方がないな。それより、……ん」


 レオは、腕を差し出してきた。


「なに? もう時間?」

「その前に、俺の部屋に行こう。軽食を用意させた。しばらくは挨拶だなんだと食事を取る暇がないからな」

「え! それは駄目。おなかが鳴っちゃう」


 私はおなかを押さえる。すでにちょっとすいてきているのだ。


「そう言うと思ったからだよ。クロードも待ってる。行くぞ」

「うん。あ、侍女さんたち、ありがとう!」


 ひらひらと手を振って、部屋を出る。そんな私を、レオは怪訝そうに見ていた。


「侍女に礼などいらないだろう? 仕事だ」

「でも私にはこんなお化粧できないし。やってもらってうれしいからお礼を言っただけだよ。変?」

「変じゃないが。……ていうか、うれしいのか、着飾るの」

「綺麗になったらうれしくない?」


 私はあたり前のことを言ったつもりだったが、レオは意外だったようだ。


「運動する方が好きなのかと思っていた」

「そりゃ、運動も好きだけど、着飾ってお化粧してもらって、綺麗になるのだってうれしいよ?」

「……そうか」


 ポリポリと頭をかきながら、レオが微妙な視線を私に向ける。


(なんなの。その程度の顔で喜ぶなってこと? そりゃ、レオみたいな美形ならいつでも綺麗って言われるんだろうけどさ。私みたいな平凡な顔は、ちょっと綺麗にしてもらっただけでもテンション上がるんだから!)


 話をしていたら、あっという間にレオの部屋に着いた。中には、クロードがいて、私を見ると笑顔で迎えてくれる。


「やあ、リンネ。今日は素晴らしく綺麗だね。いつもは野に咲く花のようだけど、今日は大輪の薔薇のようだ」

「大げさだよ、クロード」


 女性の褒め方としては最高点をあげたい。レオより先にクロードに会いたかった。


「あ、おいしそう」


 用意されていたのはサンドイッチだ。ハムやレタス、サラダを挟んだものもある。


「いただきます!」


 時間も限られているので、遠慮せず次々といただくことにする。


「あ、果物が入っているのもある! やった。これ大好き」


 勢いよく食べていたら、正面にいたクロードがくすくす笑う。


「相変わらずリンネは度胸があるね」

「どひょう?」


 口の中が食べ物だらけで、活舌が悪い。だがクロードは気にした様子もなく続けた。


「これからお披露目だというのに、そんなに食べられるのはたいしたものだよ」

「なにも考えていないだけだろ」


 褒めてくれたクロードに対して、冷たいことを言うのがレオだ。


「むー。せっかくレオのためにがんばっているのに、ひどいと思わない? クロード」

「本当にねぇ」


 クロードが合いの手を入れてくれるので、私は調子に乗った。


「そうだよ。この婚約、私にはあんまりメリットないんだからね? レオに好きな人ができたら解消されてさ。私はもらい手がなくなるわけ」

「大丈夫、リンネ。そのときは僕がもらってあげるよ」


 その場のノリでうなずきそうになったけれど、クロードだって公爵家の後継ぎだ。年齢的にも、もう結婚していてもおかしくない。王太子の下げ渡しの私じゃなくて、さっさと良家のご令嬢をもらえばいいよ。


「クロードの年なら、早く結婚しなさいってせっつかれているでしょう? 私のことなんて心配していないで、さっさと結婚するといいよ。私はひとりになったら旅にでも出るから平気」


 前世の記憶を取り戻してから八年。なんとかこの世界で無事に生きてきた。すでにふたつの人生を歩んだことで、私は満足している。ちょっと気が早いけど、あとは余生としてのんびり暮らしてもいい。


「女性がひとり旅なんて危ないよ」

「平気よ。鍛えているもん」

「くだらないこと言っていないで行くぞ」


 レオがムッとした表情で腕を差し出してくる。慌てて口に残っていたサンドイッチを飲み込み、レオの腕を握ると、クロードがナプキンで口もとを拭いてくれた。


「はい。口紅は塗りなおしてもらった方がいいね。……悪いが、リンネの侍女を呼んできてくれる?」

 クロードの指示に、その場にいたメイドが動きだす。


(さすが、クロードは気遣い屋さんだよね)


 私が感心して見ていると、クロードはなぜだかレオに挑戦的な視線を向け、笑っていた。対するレオはムッとしたように口をへの字にしている。


(なんで剣呑とした雰囲気になってるの?)


 やがてエリーがやって来て、口紅を塗りなおそうと私の前に立つ。

 レオと組んでいた手を離そうとしたら、なぜだかレオに、上から手で押さえられた。


「離してよ、レオ」

「組んだままでもいいだろう。どうせ直すのはお前の侍女だ」


 レオが、女性が近づくと気持ち悪くなるから離れようとしたのに、とんちんかんな回答をされる。

 口紅を塗りなおしてもらいながら横を見ると、案の定、口もとを押さえているではないか。


(もう、馬鹿なんじゃないの)


「その調子で、お披露目会の間、我慢できるの?」

「お前がそばにいれば女は寄ってこないだろ」

「そうかなぁ」


 お祝いの席なんだから、まったく来ないなんてことはないと思う。

 これ以上、レオの体調が悪化しないために、お披露目会でも女性陣が近づかないように、精いっぱい悪女を演じなければならないらしい。



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