大騒ぎのお披露目会・2
「リンネ、お待たせ」
夫人たちを衛兵に任せたクロードが戻ってくる。
「クロード。助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。べつに俺が入らなくても、リンネひとりで蹴散らせそうだったけどね」
その言いっぷりに笑ってしまう。毒のある発言をするのだけど、笑顔のせいなのか物腰がやわらかいせいなのか、人に悪意を与えないところはすごいなと思ってしまう。
「でも、いつまでもこんなふうに追い払ってたらいけないよね。レオだって、いつかはお嫁さんもらわなきゃいけないんでしょう? ほかに兄弟はいないんだし」
レオは王太子なのだ。後継ぎが絶対に必要な立場なのだから、いつまでも女性恐怖症ではまずい。
「だからリンネと婚約したんじゃないの? 王妃様がすごくうれしそうに話していたけど」
「でも、あれは学園での女よけのためでしょう? レオがしかるべき女性に会えたら、解消されるんだよ?」
真実を言ったのに、クロードは変な顔をする。なんか、話の通じない馬鹿な子を見るような痛々しい視線だ。
「リンネはそう思うんだ?」
「うん。でも女よけといっても、学園に行けば嫌でも今よりは女生徒と触れ合うことになるし。リハビリにいいと思うんだよ」
「……リンネはそれでいいんだ?」
問われた意味がわからず、私は小首をかしげる。すると、クロードは一瞬困ったような笑顔を浮かべたが、切り替えたように明るい声を出した。
「いや、なんでもないよ。それより、応接室へ行こうか」
「あ、そうだ。レオが倒れちゃったんだよ。さっきの夫人たちに囲まれたらしくて」
「そうだったのか。……もっときつく言えばよかったかな。じゃあ様子を見に行こう」
私は途中でお利口に待っていたソロを抱き上げ、クロードと共に応接室へと向かった。レオは自室には戻らなかったようで、応接室のソファで横になっていた。様子を見ていた従僕が、私たちが来たことに気づいて、すっと場所を空ける。
「どこに行っていたんだ、リンネ」
レオはさっきよりずっとスッキリした様子だった。体を起こし、私に隣に座るように言う。
「レオ、夕飯食べられそう?」
余計なことを教える必要もないだろうから、私は話を変えた。
「ああ。ココテインを飲んだら、よくなった。あれは本当にすごい飲み物だな。ところで、夕食はリンネも一緒に取るんだろう?」
「もちろん。でも無理はしないでね。食べきれなかったら私が食べてあげる!」
「……お前、それ自分が食べたいだけじゃないのか?」
ツッコミには笑顔で返す。半分くらいは本気だったけど、レオの心配もちゃんとしているのだ。信じてほしい。
私が王妃様に呼び出されたのはそれから数日後だ。
「一度ゆっくりお会いしたかったの。リンネさん、レオとの婚約、よく心を決めてくれたわね」
目を潤ませて言われると、さすがに罪悪感が湧く。
王妃様は、政変のときにレオの身に起きたことをとても気にしていて、それ以来、自分にさえ心を開いてくれなくなった息子をどう扱っていいのかわからなかったらしい。
レオが私に触れることができるという事実があったおかげで、将来への希望を持てたのだと涙ながらに語られた。
(うん。これはなかなかにキツイな)
「もっと早くから婚約者として優遇したかったのに、レオったらあなたの気持ちも考えてほしいって。でもようやく了承してもらえてうれしいわ。あなたにとっても、引きこもりの王太子の婚約者は気乗りしなかったでしょうに」
婚約の話は、てっきりレオが思いつきで言いだしたのかと思っていたけれど、この話を聞くに、王妃様や陛下の間では前から相談されていた話のようだ。
「あの子の腕の文字、リンネさんはご覧になったことある?」
「はい。昔、殿下から見せていただきました」
「そう。それでも婚約を了承してくれたのね。本当にうれしいこと。あれを消したくて、いろいろな施術師を呼びつけたのだけれど、全然消せないの。ダンカン様やジェナ様の恨みが残っているようで、今も怖くてたまらないわ」
「そうですね」
王妃様は顔をゆがめ、軽く体を震わせる。なんてたおやかで繊細そうなんだろう。私は彼女を元気づけたくて、笑ってみせた。
「きっと大丈夫ですよ。レオ様はずいぶんお強くなりましたもの。誰かの恨みに、負けたりしません」
「そうよね。ありがとう、リンネさん。あなたがレオのお妃になってくれれば私も安心だわ。本当にうれしい」
王妃様が近寄ってきて、私の手を握ってくれた。一介の貴族令嬢が受けるには過大な歓迎に、私の心臓はバクバクしてくる。
(王妃様を、騙していると思ったら胸が痛い。でもレオとも約束しちゃったしなぁ)
婚約を受けた本当の理由を言いたい衝動にかられたけど、慌てて口をつぐんだ。お詫びの気持ちを込めて、王妃様の心が晴れやかになりますようにと願う。
すると、私の手に『手当て』をするときのように、熱が集まってきた。そして、王妃様の手にすうと吸い込まれていく。
「今……なにか光らなかった?」
「あ、いや、気のせいですよ! それより王妃様、考え方を変えてみればいいと思いませんか?」
力のことを知られたくなくて、私は慌てて話を切り替えた。
「レオ様の腕の文字だって、見ようによっては格好いいですし。なんなら、上からさらに加工して、新しい文様にしてしまうのはどうです? そうしたら不幸な事件の象徴ではなく、克服の証としてとらえられるかもしれません」
王妃様は目を丸くして、私の話を聞いていたが、やがてうふふ、とかわいらしく笑った。
「まあ。リンネさんはおもしろいことを思いつくのね。あなたとお話していると楽しいわ。憂いが晴れて、元気が湧いてくるもの」
そして、次の瞬間、ふっと真顔になる。
「リンネさん。クロードから、婚約のことを知らない貴族たちが、あなたに嫌がらせをしていると聞きました。だから早めに発表してしまおうと思います。一週間後、お披露目の夜会を開きます。時間がないからドレスは既成のものを手直しするだけになるけれど、予定を空けておいてね」
「え? いや、お披露目までは……」
「大丈夫よ。衣装のことなら心配ないわ。お嫁さんになる人のドレスですもの。こちらで用意するわ。明日、私と一緒に選びましょうね」
──そんなこんなで。本格的な夜会が行われてしまいそうなことに、私はビビっている。
王妃様から直接相談されたらしいお父様はノリノリだ。
「王妃様は、それはお喜びだぞ」
ご機嫌で言われたけれど、祝福されればされるほど、いつか解消するときが怖い。
お父様だって、婚約解消の暁には、どれほど落ち込むだろう。権力に弱くて調子いいところもあるけれど、なんだかんだいって、私はこのお父様が好きなのだ。ああ、安請け合いなんてしなければよかった。




