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大騒ぎのお披露目会・1

 レオとの学園生活が始まって間もなく、約束の狩りの日になった。

 クロードと出かけるのは久しぶりなので、とても楽しみである。


「ティン!」


 学園にいる間は姿を見せないソロも、今日は定位置である私の肩にくっついている。

 今年新調した上質の乗馬服に身を包み、愛馬にまたがって、前を行くレオとクロードを追う。


「リンネ、速くないかい?」

「平気。もっと飛ばしてもいいよ」


 普通の令嬢では出せないようなスピードでついていく私を、クロードが気遣ってくれる。


(そんなに心配しなくてもいいよ! 私、乗馬は大好きだもん)


「えーい!」


 だが狩猟の腕前はいまいちだ。弓を馬上でつがえることはできるが、命中率は低い。


「またはずした!」

「まあ、動く獲物をしとめるのは至難の業だよ」

「でもレオやクロードは上手なのに」


 ふたりは狩猟犬とタッグを組んで、すでに本日の夕食になりそうなウサギを三羽ゲットしている。

 だから私が獲物をしとめなくても問題はないのだけど、私は負けるの嫌いなのだ。


「リンネは馬上で安定していないんだ。(もも)に力を入れて、まず安定して乗っていられるようにならないと」


 偉そうにレオが言う。

 昔は私の方が、運動ができたのに、体も大きくなって筋肉がついたら、すべて追い抜かされてしまった。


「力、入れているつもりなんだけどなー」

「そもそも女性の体は男よりも筋肉はつきにくいしね。むしろぶれるのも考慮に入れて狙いを下に定めてみたらどうだい?」

「なるほど。さすがクロード」


 感心して修正を試みる。たしかに、素早く動く獲物にあてるにはまだまだの腕前だが、先ほどよりはいい位置に矢が刺さるようになってきた。


「やった!」

「リンネは筋がいいね」

「ティンティン!」


 クロードに褒められ、ソロに喜ばれて、私はご機嫌だ。新鮮な肉はなんでもおいしいけれど、自分でしとめたと思えばなおうれしい。


「クロードの教え方がいいんだよ。ありがとう」

「どういたしまして」


 仲よくクロードと話し込んでいると、レオが急に馬の向きを変えた。


「今日は、この辺にしようぜ。あっちの雲行きが怪しい」


 なぜかムッとした表情で、遠くを見ながらレオが言う。


「ああ、本当だね。久しぶりにリンネと遠出できるから楽しみにしていたのに」

「私も。クロードと会えるの楽しみにしてたよ。次はいつ会えるかなぁ」


 私とクロードはほのぼのとしているというのに、レオはますます膨れて「行くぞ」と先に行ってしまった。


(なんなの。今日は機嫌が悪いなぁ)


「……やきもちかねぇ」

「なにが?」

「いや? それよりリンネ。今日は夕食も食べていくだろう? さっきのウサギを早速調理してもらおう。伯爵には、僕からリンネは遅くなりますと伝えておくよ」

「うん! わーい、楽しみ」

「ティン、ティーン!」


 ソロも賛同してくれる。私はソロを抱えなおし、クロードの後を追って馬を走らせた。



 クロードと共に城に入った私は、調理場へ向かう彼と別れ、指定された応接室に向かった。


「ティン!」


 途中でソロが空き部屋に入り込んでしまった。慌てて追いかけると、その部屋の入り口で、先に帰ったはずのレオがうずくまっているのを見つけた。


「レオ? どうしたの」

「……リンネか」


 はあ、と大きく息をついた彼は、「ちょっとな。大丈夫だ」と顔を隠す。

 どう見ても大丈夫という顔ではない。私は無理やり彼の腕を引っ張った。


「見せて。顔色が悪い。なにがあったの」

「なにもない。ただ、ちょっと母上のお茶会に招かれていた奥方たちと鉢合わせしただけだ」


 城では夫人の情報交換としてお茶会も頻繁に開催される。すでに遠慮のない年齢の夫人たちは、レオが戸惑っていようが嫌がっていようが関係なく集団で彼を囲んだのだろう。


「とにかく部屋に入って休もう? ほら、つかまって」

「いい。平気だ」

「遠慮しないの。真っ青だよ? ほら」


 肩を貸して彼を支えようとしたけれど、身長差がありすぎて、私ではまったく支えにならないことに気づいた。悔しくなった私はレオの頭を軽くたたく。


「なにをするんだ」

「うるさいな。支えられないんだから根性で立ってよ! ほら、行くよ」


 空き部屋を出て、応接室までレオを連れていくと、部屋の中でお茶の準備をしていたメイドたちが手を止め、慌てた様子で尋ねる。


「どうかなさいましたか?」

「レオは体調が悪いみたいなの。従僕を呼んでくれる? 寝かせてあげてほしいの」

「はい、リンネ様」


 普段から、レオの身の回りの世話は侍女ではなく従僕によっておこなわれている。メイドたちもそれを知っているので、すぐ請け負ってくれた。

 従僕が来たタイミングで、彼に任せて一度部屋を出た。レオも介抱されている姿を見られたくはないだろうと思ったのだ。

 手持ち無沙汰でふらふらと廊下を歩いていると、「レオ様? どちらへ行かれました?」という声が、何重にも重なって遠くから響いてくる。


(あれか、レオの体調が悪くなった原因は)


 はしゃぐ声を聞いていると、悪気がないのはわかるし、親として結婚適齢期の王太子に自分の娘を売り込みたいのもわかる。だが、レオを苦しめる彼女たちを、許す気にはなれなかった。


「ティン?」

「ソロ。夫人たちを追っ払ってくるから、ここで待っていてね」


 ソロを連れているとご婦人たちはうるさいだろうと判断し、待っているように念を押す。理解したのか、ソロはその場でお座りをして、尻尾を振った。

 私は、声をたどってホールに出た。そして見つけた五人ほどの女性の前に、立ちふさがる。


「ごきげんよう、ご夫人様方」

「あら、エバンズ伯爵家のリンネ様。ごきげんよう。今ね、レオ様を捜しているのですけど、居場所をご存じありません?」

「レオ様でしたら、調子が悪いとおっしゃって部屋に戻られました。誰かさんたちのお化粧の香りが強いからでは?」

「まあっ」


 夫人たちの顔にさっと赤みが差す。そして悔しそうに私を睨んだ。


「リンネ様はお噂通りの方なのですね。不躾で、いつもレオ様を独り占めしているのだと娘から聞きましたわ」

「ひとり占めしているつもりはありません。ただ……」


 レオが平気な女性が私しかいないんだから仕方ないでしょう、と言いたいけれど、そんな事実が知られたら、王太子としての今後がまずい。

 だから言えない。そして今、この集団を遠ざけようと思えば、私が嫉妬で彼女たちを蹴散らしたと思わせるしかない。


「ご令嬢たちは、自分たちが声をかけられないことを、ひがんでおられるのではなくて?」

「まあっ、ひがむなんて。レオ様はほかの女性を知らないから、リンネ様ばかりを大事にするのよ。……そう差し向けてらっしゃるんでしょう? 根回しがお上手ですこと」


 嫌みのカウンターアタックがきた。さすがご夫人方。娘たちとは違ってただやられているだけではないらしい。

 ああ、もう。レオのせいで、私の評判は最悪だよ。

 はあぁぁ、と深いため息をついた次の瞬間、「これは奥様方」と低い声が聞こえてくる。


「お帰りだったのでは? 馬車が門前でお待ちしておりますよ」

「あら、オールブライド公爵子息のクロード様。……失礼、こちらのお嬢様があまりに不敬なことを口にするものですから、少し注意していたのですわ」

「そうですわ。たかが伯爵令嬢が王太子様にまとわりついて」


 夫人たちは口もとを扇で隠しているから、鼻から上しか見えないけれど、目だけでも私をさげすんでいるのがわかる。ある意味わかりやすすぎて、いっそ好感が持てる勢いだ。


「おや、ご存じありませんか?」


 クロードは笑顔で彼女たちの批判を受け止めると、すごみさえ感じさせる低い声を出す。


「リンネ嬢は今度正式にレオ王太子の婚約者となります。不敬なのはどちらでしょう。次期王太子妃に、あなた方はなにをおっしゃったのですか?」

「え?」


 途端に夫人たちは顔を見合わせる。


「ま……まあ、そうなのですか。それはおめでとうございます」


 取り繕った笑顔を向けられて、ちょっと気味が悪い。それでも面倒くさいこの集団が消えてくれる方がありがたいので、私も笑顔を絶やさなかった。


「さあ、門前が詰まるので、お早くご移動をお願いします」


 うまくクロードが彼女たちを追い払ってくれ、私はホッとひと息ついた。




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