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婚約するって本当ですか・3

 レオの学園への編入は、とんとん拍子で決まった。

 私の一学年上になるから、そこまで接点はないけれど、学園生活は私の方が長いし、精いっぱいお世話してあげようと思う。

 ただ、これまで学園に通う代わりにと行われていた午後の勉強時間はなくなるので、私が城に行くことはほとんどなくなった。定期的な運動時間がなくなったことと、クロードに会う機会が減ったのはかなり残念だ。


「ちょっとお聞きになりました? 私たちの学年には転入生がいらっしゃるのですって」


 ポーリーナ嬢がほかの女生徒に話しかけているのが、私の耳にも届いた。

 今日はレオの編入の日だ。王太子が復学するとあって、数日前から学園は盛り上がっていた。そこに突如として新情報が舞い込んだのだ。やれ、転入者は男か、女かと男子生徒による予想立てが始まった。言葉遣いがお上品だから、下世話な感じは受けないけれど、どの世界でも男子学生は似たようなものなのだなと思う。

 転入生の紹介は、学園の生徒全員が集められた講堂で行われる。

 壇上に上がったのはレオと赤毛の令嬢で、賭けでもしていたのか、男子生徒の数人が目配せしてひとりは喜び、ひとりは嘆いている。

 その令嬢はとても綺麗な子だった。見事な腰までのストレートの赤髪に、健康そうに赤く染まった頬。ぱっちりとした琥珀色の瞳がクルクルとあたりを見回している。


「ローレン・レットラップです。どうぞよろしくお願いいたします」


 同級生たちの噂話に耳を傾けると、レットラップ子爵は貿易事業を行っていて、珍しい交易品を入手してくることで有名なのだという。彼はこの度王都で商館を開き、家族も王都に呼び寄せたので、ローレンは子爵の自領から王都住まいになったのだそう。


「王太子殿下と同じタイミングでの転入なんて、なんて素晴らしい偶然でしょう。これも神の思し召しですわね」


 壇上でも、王太子という権力者がそばにいても、物おじすることなくローレンは言った。なかなか肝の据わった令嬢のようだ。

 ローレンがにっこり微笑み、レオに向かって手を差し伸べる。握手を求めているのはわかるが、身分の低い人間が先にその動作をするのは少し意外な気がした。すでに顔色を失っているレオは、その手には目もくれず、「よろしく」とだけ言って、すぐに壇上を下りてしまった。触れてはいないはずなのに、隣に立っているだけで体調が悪くなるなんて気の毒だ。


 そのあとは、学年ごとの講義だ。基本王都に住む貴族の子供しか通っていないので、一学年にはひとクラス、三十人程度しかいない。学年が同じであれば、一緒の授業を受けることになる。

 体調の悪そうなレオが心配だったので、講堂から教室に戻る間に少し捜してみたけれど、見つけることができなかった。応援くらいしてあげたかったのに。

 仕方なく教室に戻ると、すでに女生徒たちがローレンを囲んでいた。転入生がもてはやされるのも、どの世界でも変わらないようだ。

 私は今も、ほかの女生徒と仲よくないので、その輪には交ざらず、教室の端にある自席に座る。しばらく待っていれば先生が来て、あのきゃわきゃわした集団も解散させられるはずだ。

 じっと集団を見ていると、ローレンと目が合った。

 敵意はないよという意味を込めて笑顔を向けて手を振ったけれど、ローレンには思いきり目をそらされてしまった。

 解せん。私がなにをしたというのだ。

 やがて先生がやって来る。私たちのクラスを担当するのは、タバサ先生だ。三十代の伯爵未亡人である。


「はい、皆様。着席してくださいませ。このクラスには新しくローレンさんが仲間入りします。皆さんは立派な紳士淑女ですから、仲よく親切にできますわね」


 先生はそう言うと、私の方を向いた。


「では、ローレンさん。あなたの席は、空いているあの席になります」


 先生に指されたのは、私のうしろの席だ。これは神様が仲よくなれと言っているのかもしれない。

 ローレンが気まずそうな顔で私の横を通る。


「リンネと言います。ローレン様、よろしくお願いいたしますわ」


 私としては元気よく朗らかに挨拶したつもりだけど、ローレンはなぜか渋い顔で「よろしくお願いします」と小さな声で言った。ものすごく嫌そう。

 ……いやいや、私がなにしたっていうのさ!


 結局、何度か話しかけてみたけれど、ローレンとは話が弾まないまま一日が終わった。

 もしかしたらすでにほかの令嬢からなにか言われているのかもしれない。せっかく友達をつくるチャンスかも……と思ったけれど、世の中そんなに甘くない。

 帰りにもう一度話しかけてみようかなぁと考えていたけれど、その前にレオがやって来た。


「リンネ。終わったなら帰るぞ」


 すでに鞄を担いでいるレオは、いまだに顔色が悪い。ちょっと待ってと言いたかったけれど、背後の女生徒たちの「レオ様だわー!」という色めき立った黄色い声を聞いたら、いつまでもこの場にレオを置いておくわけにいかないことはわかる。


「わ、わかった。帰ろ」


 立ち上がったとき、さっきまでは目をそらし続けていたローレンが、いきなり腕を掴んで私を引っ張ってきた。


「ちょっと待って、どうして」

「へ?」


 美少女に抱きつかれるのは嫌ではない。……が、さっきまであんなに私を避けていたローレンがどうして自分から寄ってくるのだろう。


「あ、あのっ、リンネ様はもしかしてレオ様と……」


 真剣な表情に、答えあぐねていると、脇からレオがあっさりと答えてしまう。


「発表はまだだが、婚約中だ」


 レオがひときわ大きな声で言うものだから、聞こえていた女生徒が悲鳴をあげた。ローレンも顔を引きつらせている。

 レオは、「行くぞ」と私の腕を力強く引っ張り、あっという間にローレンとの距離が空いてしまった。

 おかしくない? たしかに私はレオの友人づくりを応援することになっている。けれど、レオに私の友人づくりを邪魔される筋合いはないはずだ。


「ちょ、痛いって。あの、ローレン様ごきげんよう。また明日!」


 レオに引っ張られながら、なんとか挨拶だけはする。ローレンは引きつったまま手を振り返してくれた。そして、〝婚約〟という言葉を聞いた女生徒たちが、話し込んでいるのも見える。きっと明日には全校中に広まってしまうだろう。


「乗れ」

「これ王家の馬車でしょう? 私にはうちの迎えが来るはずだけど」

「大丈夫だ。俺が送ると言ってある。いいから一緒に乗れ。俺の疲労を少しは癒してやろうと思わないのか」


 いったい、どんな目にあったのか。顔色も悪いし、学園生活初日は大変だったのかな。

 仕方なく話を聞くために一緒の馬車に乗る。さぞかし愚痴が飛び出すのかと思ったら、レオはふたりきりになった途端、安心したように大きく息をつき、そのあとはなにも話さなかった。なによ。せっかく聞くモードになったというのに。

 私は私で、ちょっと不貞腐れていた。


「ああー。明日からまた面倒くさいなぁ」

「なぜだ。婚約中だと宣言しておけば、余計な面倒が増えないだろう」

「レオはね。でも私の方はやっかまれるから面倒が増えるのよ」

「やっかみって……なにをされるんだ?」


 愚痴ってみたけれど、ピンとはきていないみたい。まあ仕方ないか、箱入りのお坊ちゃんだもの。


「俺は悪いことをしたのか?」

「……ううん。そうじゃない。気にしないで、ごめん」


 しょぼくれた顔をされたら、こう言うしかないだろう。レオが私を傷つけようとは思っていないことくらい、理解できるもん。


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