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婚約するって本当ですか・1

 レオと初めて会ってから、八年が過ぎた。

 現在、私は十六歳。周囲からは美しい令嬢と褒めそやされるくらいになった。ウェーブを描く金髪は、艶もこしもあり、心配していた胸もちゃんと育って、走るのにはむしろ邪魔なくらいだ。日頃鍛えているせいで無駄な脂肪もない。私としては、ほどよく筋肉のついた足を褒めてほしいところだが、基本がドレスの貴族令嬢としては見せる場面がなかった。


「ティン!」

「ソロ。お帰り。今回もご苦労様」


 ソロがいつものようにココテインを持って帰ってきてくれた。私はそれを受け取り、ソロの頭をなでてあげる。


「ティーン」


 うれしそうに鳴くソロは、まだ人間の言葉を話す兆しがない。

 体も、ひと回りは大きくなったが、母コックスに比べれば、まだまだ子供としか思えない大きさだし、尻尾も一本のままだ。

 レオの腕の文字については、とくに新しいことは判明していない。……というか、私には知らせないようにしているのだと思う。

 クロードもレオも、私がその話をするとなにげなくそらしてしまうのだ。相手が言いたくないことを、こちらからはあえて聞くつもりがないので、追及はしていない。

 レオはともかく、クロードはしゃべりたがりな気がする。だから、レオの命にかかわるような危険を感じたときは、クロードが教えてくれるんじゃないかと勝手に思っていた。


 そんなある日、私は帰りぎわに、陛下に呼び出された。

 レオやクロードとは気やすくしている私だけれど、国王陛下ともなればさすがに緊張するのだ。従者とかに伝言してくれたら、それで十分なのにと思ってしまう。

 渋々と謁見室に向かうと、国王陛下は「かしこまらなくともよい」とひざまずこうとした私を手で制した。


「リンネ嬢、なんとかレオを学園へ連れていってくれないか」

「またそのお話ですか」


 もう何度目かになるお願いに、困ってしまう。

 レオは今十七歳で、クロードの背も抜いてしまった。少し丸みを帯びた輪郭に、すっと通った鼻。意志の強そうなくっきり二重の目、瞳は紫水晶のように輝いている。体は鍛えられた理想の細マッチョ体型。貴族の令嬢たちが放ってはおかない容姿だ。

 陛下の執務手伝いもしていて、男性の中にだけいる分にはなんの問題もないそうだ。けれど、相変わらず女性恐怖症は治っておらず、学園には戻らないとかたくなに言っている。

 通ったところで、卒業まではあと一年しかない。私は正直、今さらだと思っている。


「恐れながら陛下。今から通っても一年しかありませんし、レオ様に無理をさせる必要はないのでは」

「リンネ嬢。私はレオに、信頼できる友人をつくってほしいのだ。成人すれば、あの子が王太子として単独で執務にあたることもあるだろう。侍女やメイドと接触する機会だってあるし、奥方を同伴した貴族と話す機会もあるだろう。女性とまったく触れ合わないのは無理があるんだ。その症状が治らないなら余計、あの子には、事情を知りサポートしてくれる人間が必要だ。その人物は、命令で動く部下よりは、あの子を心から心配してくれる友人であってほしい」


 陛下の言うことはもっともだ。

 私はレオより年下だけど、凛音の記憶があるから、レオを弟のように思ってきた。ずっと一緒にいて、情もめちゃくちゃ湧いている。

 だからこそ、国王陛下がレオに対して心配していることは十分に理解できたし、できるならば力になってあげたい。


「わかりました。これが最後のチャンスだと思って言ってみます」


 うなずいた私に、陛下は心の底からホッとしたような顔をした。


 翌日の午後の勉強時間、先生が課題の採点をしている間の待ち時間に、私はピクニックにでも誘う調子で彼を誘った。


「ねぇ、レオも学園に行こうよ」

「嫌だ」


 だが、レオには仏頂面で即答された。


「どうして!」

「今さら面倒くさい」


 あとは実のない言い合いが繰り返された。おおむね私の予想通りだ。


(言わんこっちゃない。こうなるのがわかっているから、誘っても無駄なのにって思ってたのに。とはいえ、陛下に頼まれて無下にもできないからなぁ)


「それより、狩りの話だが」

「狩り! いつ行く?」


 最近、私たちの間ではウサギ狩りが流行っている。

 執務につくようになったクロードが、休日に私とレオを誘ってくれたのが始まりだ。

 初めて採りたてのキジ肉やウサギ肉を調理してもらって食べたときから、私はそのおいしさに夢中だ。狩りと聞けば喜んでついていく。

 狩りに同行するために乗馬も弓も習った。とくに乗馬は、必死に練習した成果が出て、かなり上手だ。レオにもクロードにも負けないスピードでついていける。同様に練習した割に、狩猟の腕前はいまいちだけど。


「三日後の休日に」

「行く行くー! ……って、話そらさないで、レオ。学園に行こうって話だよ」


 危うくのせられるところだった。危ない危ない。


「しつこいな。なんなんだ」


 仏頂面をされても今回ばかりは怯むもんか。陛下にも頼まれてるし、私だってレオが心配なのだから。


「レオにとって必要だと思うから言っているんだよ」

「勉強ならここでもできる」

「勉強だけが大事じゃないでしょう? レオは王太子なんだし、信頼できる側近を見つけるためにも、今のうちからひとりでも多くの人と友人関係をつくっていかなきゃ駄目なんだよ。学園に通えるのは、あと一年しかないんだよ」


 陛下からの受け売りをそのまま伝える。するとレオは嫌そうに眉を寄せた。


「女がたくさんいる。すぐ体調を崩すようでは、まともに生活できないだろ」

「それはそうだけど。以前に比べればよくなっているってクロードから聞いてるよ? 同じ空間にいるくらいは大丈夫なんでしょう? 要は触られなければいいわけだし。それこそ、私と鍛えた瞬発力でさっと避けなよ。それに、楽しいこともたくさんあるよ。制服だって着てみたいって思わない? それに、毎年四回、季節の終わりにはダンスパーティもあるよ」


 楽しいことをあげたはずなのに、レオは怒ったように眉を寄せて、私の肩を掴んだ。


「お前、それ、誰と踊ってるんだ?」

「誰って……課題のダンスは身長順で踊らされるけど。パーティではべつに踊らなくてもいいんだよ。だからレオでも大丈夫。そこで出される料理がね、すっごくおいしいんだよ。ケーキとか絶品!」

「食い気か……」


 ものすごくあきれた声を出されたが、ここで怯んではいけない、私。


「おいしいものを食べれば元気が出るよ。舞踏会だって、ずっと逃げているわけにいかないでしょ? たとえ踊らなくても舞踏会の場に慣れるという意味で、学園はいい練習場じゃない。友達がいれば話しているだけでも楽しいし」


 まあ私も友達はいないけどな……と思いつつ見つめると、レオはため息をついた。


「どうせ父上に頼まれたんだろう?」

「う……そうだけど。でも私がレオを心配してるのも本当だよ!」


 目をそらす私の頬を軽く両手で包み、あきれたように笑う。


「あと一年しかないのにな」


 レオの手が大きいから、指先が耳にかかって、くぐもって聞こえにくい。


「聞こえないよ」


 ムッとして言うと、彼は人を試すときに見せる、細めた視線を私に向けた。


「わかった。リンネが俺の頼みを聞いてくれるなら行ってもいい」


 もったいぶった言い方がなんだか癇に障るけれど、行ってくれるというならうなずくのみだ。


「私にできることなら」


 すると返ってきたのはとんでもない爆弾発言だった。


「では、俺と婚約してくれ。だったら学園に行ってもいい」

「……は?」


 あまりに突拍子もないお願いに、私は問うべき言葉も思いつかず、呆けてしまった。


「ティンティン!」


 どこからともなく現れたソロが、なぜか毛を逆立て、レオに向かって怒りだした。



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