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謎の聖獣と赤毛の令嬢・4


「さっきみたいに、突然、気持ちが悪くなることって、よくあるの?」


 問いかけると、レオはクロードと顔を見合わせて目配せした。


(あら? これは聞いてはいけないやつだったのかな)


「えっと、言いにくいならべつにいい。聞かない」

「いや、そうだな。お前には話してもいいかもしれない」


 答えたのはレオだが、そこからが続かない。困って待っていると、代わりにクロードが説明し始めた。


「レオが引きこもりの人嫌いだって、前に言ったの覚えている?」


 私がうなずくと、「あれ、実はちょっと違うんだよ」と苦笑する。


「本当は、女性恐怖症……大人子供にかかわらず、女性が駄目なんだ。体に触られたり、近くにいられたりすると、気分が悪くなるんだ。ね、レオ」


(へーそれは大変な……って、いやいや。待って? 私、結構触っているよね。最初に会ったとき、服脱がせちゃったし。さっきもおでこを触ったけど平気そうだったじゃん)


 私は思わずレオを睨んだ。


「じゃあ私はなに? 私も女だけど!」

「リンネはなんというかこう……規格外だから」

「規格外ってなに?」


 いきり立って聞くと、レオは困ったような顔をした。


「俺の知っている女は、突然走りださないし、大口開けて菓子は食べないし、顔に皺が寄るほど大笑いしない」

「うわー。女じゃない発言入りました!」


 しんみりした気分が一気に吹き飛ばされた。友達だから、性別なんて関係ないとは思うけれど、まさか女枠にさえ入っていなかったとは思わなかったよ。

 一気に険悪な空気になった私たちを和ませるように、クロードが口を挟んだ。


「まあまあ、リンネ、落ち着いて。君はすごいんだよ。普通の女性なら、レオの方が拒否反応を示して話すこともできないのに、初対面のときから彼に触われたんだから。あのとき、レオは体調を崩さなかった。だから僕は驚いたんだ」

「触ったというか、服を脱がせただけよ」


 反射で言い返したら、クロードが笑いだした。


「いや、それ触るよりハードル高いからね」

「だって……」


 思い返せば、とんでもないことをしたものだ。私は恥ずかしさに真っ赤になる。


「君の存在が、僕や陛下や王妃様にとってはひと筋の希望だったんだ。なにせ、あの頃レオは、王妃様にさえ触れなかったんだから」

「え? 王妃様も?」


 だって母親だよ? そんなことある?

 私が驚いていると、クロードは少し声のトーンを落とした。


「話してもいいよね? レオ。君がそんなふうになった経緯」

「ああ」


 レオが面倒くさそうに目を伏せた。


「話しにくいのならべつにいいよ」


 私がそう言うと、クロードが驚いたように目を見開く。


「気にならない?」

「気にはなるけど、たぶん、ナイーブな話でしょう? そういうのって、赤の他人が聞いてはいけない気がするの」


 私の返答に、クロードは赤茶の瞳を揺らしながら、楽しそうに笑った。


(今の話の流れ、楽しいかな。ここ、笑うところじゃない気がするんだけど)


 クロードはいつもにこにこ笑っていて、とっつきやすいけれど、反面、なにを考えているのかわからない。


「でも僕は君に知っていてほしいな。レオもそうじゃない?」


 私はレオを見つめた。感情の読めない無表情だったので、本当は嫌なんじゃないかと不安になる。

 レオはしばらくじっと私を見つめていたけれど、やがて目をそらしてうなずいた。耳が少し赤いから、照れているだけのようだ。


「俺も、お前には知っていてほしい」

「でも」

「知っていてもらった方が、いろいろと楽だ」


 そう言われると、逆に聞かないと申し訳ないような気がしてくる。

 私はソロを抱きなおした。「ティン?」と甘えたような声を出すので、菓子皿に残っていたクッキーを一枚取り、食べさせる。ソロは気に入ったようで、私の腕から飛び出し、皿のクッキーにがつがつ食いついた。

 クロードは、野放しになったソロに、不安げな視線を送るけど、しばらくはおとなしくしてくれると思う。


「わかった。じゃあ聞く」

「うん。どこから話そうかな。……まずね、昔のレオはとても人懐っこい子だったんだよ。僕が君くらいのときは、そこのコックスみたいに僕にくっついていた。朗らかでよく笑う子で、使用人たちにも好かれていた。そんなレオが変わったのは、一年前の政変のときだ」


 王家の代替わりは、リンネの記憶にもあった。ただ、それが政変と呼ばれる種類のものだとは思わなかった。


「政変ってなに? 王家の代替わりがどうして政変になるの?」


 クロードは、腕を組んで考えるような仕草をした。


「血なまぐさい話は、令嬢には知らされないものか」


 そう前置きして、クロードが話しだした内容はとても重く、私はやっぱり聞いてしまったことを後悔した。


 一年前、レオの祖父にあたる当時の国王陛下が突然の病に倒れた。

 回復は見込めず、王は次期王の選定を迫られた。彼には息子がふたり。長子であり、武勇に優れたダンカンと、次男であり、聡明なジュード。当然長子であるダンカンが王位を継ぐと誰もが思っていた。

 だが病床で、国王陛下はレオの父親であるジュードを次期国王に指名した。

 自分のもとに転がり込んでくると思っていた王座を弟に奪われ、ダンカンは心に、弟に対する並々ならぬ憎しみを宿してしまった。

 国王陛下が身まかられ、ジュードが後を継いでしばらくしてのことだ。

 ダンカンは、レオを人質に取り、ジュードを呼び寄せて殺害しようとしたのだ。


「子供だったレオには、それまで普通に会えていたおじが警戒対象になったことがわからなかったんだ。国王が他国を訪問している間に、彼の内緒の呼び出しに素直に応じてしまった」

「ちょ、ちょっと待って。なんか急に怖い話になってない?」


 私は怖くって、ずりずりとお尻で後ずさる。と、隣に座っていたレオに背中からぶつかってしまった。レオは左手を私の背中に回し、自身の右ひじを右膝にのせ、頬杖をつくような体勢になって、下から私の顔を覗き込んできた。


「お前、意外とビビりなんだな」


 背中をなでられて、彼の体温がほのかに伝わってくる。人肌は安らぎをもたらす効果があるからか、私は少しだけ落ち着いてきた。


(自分から触ってくるくらいだから、本当に私だと平気なんだ。どうしてだろう)


 リンネが感謝を込めて笑顔を見せると、レオもふっと口もとを緩めた。


「続きは俺が話す。おじ上に騙されたと気づいたのは、彼の屋敷に閉じ込められてからだ。それまで優しかったおばが、血走った目で俺を睨み、地下室に入れた。いつも通される応接室とは違い、薄汚れた部屋で椅子もなかった。そこでようやく、これはただ事じゃないと気づいたんだ」


 レオの瞳が憎々しげにゆがむ。彼の不機嫌な様子は何度も見ているけれど、これはそのどれとも違って、つらく苦しそうだ。

 思い出してつらいのならば話さなければいいのに、彼は話し続けた。


「そこで俺は、おばにこれを刻まれた」


 彼はそう言うと、手を離し立ち上がった。袖をまくり上げ、見せられた左の二の腕には、記号とも文字とも取れるものが、十センチくらいに渡って羅列されている。


「え、これ落書きじゃなかったの?」

「俺がそんなことするわけないだろう。これはおばに、針で刺して書かれたものだ。さらわれてから一週間、飲み物も食べ物も最小限しか与えられず、毎日、おばにインクのついた針で刺された。俺は、あの血走った目が頭からずっと離れない。今思い出しても、情けないが体が震えてしまう」


 おそらく、入れ墨を彫るのと似たようなものなのだろう。


(なにそれ、怖すぎる! 痛そう!)


 最初に見たときは、子供の落書きだと思い込んでいたので、なんとも思っていなかったけれど、裏事情を聞いてしまったら、禍々しい空気を放っているように感じてしまう。

 軽く身震いをした私に、クロードが補足してくれた。


「入れ墨の技術は我が国にもある。だが、それを消すときと同様の方法では消せなかった。だから心配なんだ。いたずらで彼のおば……ジェナ様がこんなことをするとは思えない。じゃあどんな目的があったのかと考えても、さっぱり思いつかないんだ」


 同じくらいの大きさで等間隔に並んでいるから文字だと判断していたけれど、この世界の一般的な文字ではない。絵を記号化したようなものもあれば、ただの引っかき傷のように見えるものもある。


「なんか、古代文明の文字に似てるね」


 一番近いのが、教科書で見た象形文字だ。私はそう口走ってから、それが凛音の世界の知識だったことを思い出す。


「ごめん、なんでもない」

「いや、古代……古代語か。そういえば、ジェナ様はリトルウィックの姫だったわけだしな」


 だが、なぜかクロードは私のつぶやきに食いついてきた。


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