謎の聖獣と赤毛の令嬢・3
部屋に戻るために城の正面に向かう。途中、馬車の乗降場から赤毛の男性が歩いてくるのが見えた。彼のうしろにはたくさんの絹織物を持った使用人と、赤毛の少女がいた。
赤髪は珍しくて目立つため、私もつい、目を奪われてしまった。
「やあ、レットラップ子爵。珍しいですな」
迎えに出てきたと思われる金髪の男性が、彼と挨拶を交わし、織物をひとつ、手に取って眺める。
「これはなかなかの品ですな」
「ええ。新航路を発見しましてね。陛下に献上させていただきたいと思いまして。それに、娘のことも紹介させていただければと」
「こちらがご令嬢ですか?」
「ローレンと申します。八つになります」
令嬢はドレスをつまんで、丁寧に挨拶をする。大人の中に交じってもまったく物おじしない姿に、私は単純に感心しつつ、既視感を覚えていた。
(赤毛の令嬢、キツネに似たコックス。どこかで見たような気もする。……どこだろう。あんまり重要じゃないとこだったような)
『リンネと同じ名前の悪役令嬢がいるんだよ』
頭にひらめいたのは、琉菜の言葉だった。
(あれ? そういえば琉菜が言ってた本に似てるのかな?)
すでにタイトルは忘れてしまったけれど、赤毛の令嬢もモフモフも表紙に描いてあったような気がする。
(でもあれは物語だもん。いくらここが異世界だからって、それはないよ)
「どうした、リンネ」
振り向いたレオに呼びかけられ、はっとしたと同時におなかが鳴る。慌てて取り繕ってみたけれど、音はしっかり聞こえたのか、レオが今にも笑いだしそうな顔をした。もうあきらめて本音を言う。
「私、おなかすいたよ」
「はぁ。お前は本当に令嬢としてはどうかと思う」
あきれながらも、レオは「クロード!」と上を向いて呼びかける。
すると、二階の私たちの勉強部屋の窓から、クロードが顔を出した。
「どうしたんだい?」
「もう戻るから、軽食の用意を頼めるか」
「わかったよ。リンネの好きなクッキーを頼んでおこう」
クロードは、自身がお砂糖なのではと思うほど甘やかな微笑みで請け負った。
「やった。おいしいものが食べれるよ、ソロ」
なんの気なしに腕の中でおとなしくしていたソロに言うと、彼は耳をピンと立て、興奮しだした。
「ティン! ティン!」
「落ちちゃうよ、ソロ」
暴れそうなソロを押さえようとしたけれど、ソロは止まらなかった。
「ティーン!」
雄たけびのような声をあげ、先ほどクロードが顔を出した二階の窓まで、一気にジャンプしたのだ。尋常じゃない跳躍力に、私もレオも言葉が出ない。
「うわっ、ちょ、なんだこれ」
いきなり珍獣に飛び込んでこられて、落ち着きを失っているクロードの声が聞こえてくる。
「クロード。その子、逃がさないでね!」
私は下からそう声をかけて、城の中へと走りだした。
「おい、待てって」
ダッシュが遅れたレオが、うしろから追いかけてくる。そうして、先ほど見とれていた赤毛の親子の脇を通り過ぎようとしたときだ。
「あのっ」
赤毛の令嬢から声をかけられ、振り向くと、突然、レオが彼女を突き飛ばしているシーンを目撃してしまう。
「触るな!」
レオが大きな声を張りあげて、そのまま私を追い抜かし、中へ入っていってしまう。
令嬢は、尻もちをついたまま、呆気にとられていた。
いくらレオが王太子だといっても、こんなか弱そうな女の子を突き飛ばして、謝りもしないのは駄目だろう。
彼は後で叱ることにして、私は彼女に手を差し伸べた。
「あの、大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。……あっ」
「え?」
少女は私を見ると、驚いたように目を見開き、伸ばしかけた手をさっと引っ込めた。
(なんで? 拒絶された?)
「お嬢さん、ありがとうございました」
彼女の父親が来て、私に笑顔を向け、倒れ込んでいた娘を抱き上げた。
「いいえ。レオが失礼をしてごめんなさい」
私が、レオの代わりに謝ると、彼は「さっきの少年がレオ王太子だったのか」とつぶやいた。私はぺこりと頭を下げてから、また令嬢の方に目をやる。彼女が怯えたように私から目をそらしたので、私は傷ついた気分で、彼らの前から立ち去った。
(私、なにかしたのかなぁ。それとも顔が怖いのかな。なんかショック)
それ以上考えても落ち込むだけだと思えたので、この出来事については忘れることにした。
見張りの衛兵に眉をひそめられながら、城内を走って、二階の勉強部屋へと戻る。
「ソロ!」
「ティン!」
私の姿を見つけるとすぐに、ソロは私に飛びついてきた。かなり暴れた後なのか、室内は結構な惨状だ。
メイドが持ってきたと思われるクッキーは散乱しているし、レオは青い顔をしてソファに横になっている。クロードはその両方を見て頭を抱えていた。
「リンネ。なんなんだい、その珍獣」
クロードはあきれたようにソロを見た。
「コックス。捕まえたというか。とりあえず飼おうと思っているの」
「飼うの? エバンズ伯爵が許可するかな」
許可されなくても、母コックスから頼まれたのだ。見放すことなどできない。
「それよりクロード。レオはどうしたの?」
とても顔色が悪い。ついさっきまで元気に走っていたのに、どうしたことだろう。
「それは僕の方が聞きたいんだけどね。リンネ。君はレオと一緒にいたんだろう? なにがあった?」
クロードは神妙な顔をしているけれど、手では一生懸命、『その獣を動かさないように』と指示しているのがおもしろい。クロードは動物が苦手なのかもしれない。
「なにから話せばいいのかな。最初は、この子にレオが怪我させちゃって。そうしたらこの子の母親が怒って、レオに噛みついたのね。だけど、どっちの怪我も私に宿った不思議な力で治せたの。で、私がこの子を飼う流れになったんだけど、クッキーの話を聞いたら、ジャンプして窓から飛び込んでいっちゃって。追いかけようとしたら、赤毛の女の子に出会って、レオが彼女を突き飛ばして逃げたの」
「うん。ごめん、全然わからないや」
私が話している間に、クロードは落ち着きを取り戻したのか、にっこり笑って、ひとつひとつを問いかけなおす。順序立てて質問されて、私はようやくちゃんと説明することができた。
「いろいろと、聞き捨てならないことが多いけれど、レオの体調不良の原因は、その赤毛の令嬢だね。……治ったわけじゃなかったんだなぁ」
クロードの言葉に、青い顔をしたレオが、ぎろりと睨んで絞り出すように続けた。
「前から言ってる。リンネが平気なだけだ」
「レオはいったいどうしちゃったの?」
私は、彼が横たわっているソファの近くに座り込んで、彼の額に手をあてた。熱はないようだ。『手当て』して治したとはいえ、獣に噛みつかれて怪我をしたのだから、後遺症のようなものがあったらと思うと心配だ。
「そんなところに座るな。いいから、お前は菓子でも食べてろ」
レオはそう言うけれど、具合の悪そうな人を見ながらお菓子を食べてもおいしくない。
(『手当て』でこれも治せないかな)
「どこが変なの」
「吐き気がするだけだ」
私は、レオの胸のあたりを服の上から触ってみた。
(治れ、治れ)
だけど、怪我と違って吐き気の治し方などわからない。
私の弱気がそのまま影響されるのか、手のひらに集まる熱もほんの少しで、さっきみたいに光ったりしなかった。
「治らない?」
「……さっきよりは楽になってきた。ほら、起き上がれるから、お前もここに座って菓子を食べろ。腹が減っているんだろう」
本当はなにも変わっていないのだろうけど、レオは私を気遣って起き上がると、自分の隣をポンポンとたたく。
私は言われた通り、彼の隣にちょこんと腰掛けた。腕に抱かれたままのソロが「フー」と威嚇の声をあげる。面倒くさいから仲よくしてほしい。




