表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/46

謎の聖獣と赤毛の令嬢・2


「治ったんだね。よかった。……だけど、私が治したの?」

「ティン!」


 コックスがうれしそうにうなずく。親コックスは、食い入るように私と子供コックスを交互に見ていた。


「ティン」


 子供コックスがひと鳴きすると、親コックスは目を細め、敵意を消して、私の頬をぺろりとなめた。


「許してくれるの?」


 ホッとしたけれど、まだ怪我人は残っている。


「レオ、大丈夫?」

「大丈夫だ。いや、痛くないとは言わないが」


 レオは痛みに顔をしかめながらも、私には平気な顔をしてみせる。


(いや、やせ我慢はいらないから)


 王城には医者も常駐しているので、呼べばすぐに治療してもらえる。けれど、今起きたことを説明して、信じてもらえるかわからないし、このコックスが捕まってもかわいそうだ。


(もし、さっき子供コックスにできたことが再現できれば、レオの怪我も治せるかもしれない)


 私はそう考え、レオの足首に手をあてた。


(消毒して、皮膚をふさいで……)


 同じように願ったのだけど、先ほどより多くなにかが手に集まってくる感覚があった。ぴかっと一瞬光ったかと思うと、レオの足についていた歯型ごと、綺麗に消えている。


「……治った」


 できたのはいいけれど、どうして私にこんなことができるのかがわからない。まるで魔法でも使ったみたいだ。

 ハルティーリアは異世界だけど、魔法のような不思議な力はなかったはずだ。少なくともリンネの知識にはない。


「リンネ……、今、なにをしたんだ?」


 レオの声に顔を上げ、彼の表情を見て、血の気が引く。

 彼は、まるで得体の知れないものを見るような瞳で、私を見ていた。


「レオ、これは」


 弁明しようとして、弁明する言葉も思いつかない。私自身、なにが起こったのかわからないのだから。


「お前、いったい――」

「ティン!」


 レオの言葉に重ねるように、割って入ってきたのは子供コックスだ。リンネをかばうように前に立ち、レオの頬を、フサフサの尻尾でぺちんとたたく。


「このっ!」


 レオが怒りをあらわにしたので、私は子供コックスをギュッと抱きしめた。


「やめてレオ。小さい子なんだよ!」


 そのとき、私自身もなにかに包まれた。見ると、親コックスが子供ごと私を守ろうとしたのだ。


「コックス?」

『人の子よ』


 頭の中に、声が響いてくる。私は驚いてあたりを見回した。


『私ですよ。コックスです』


 どうやら、話しているのは親のコックスだ。人語が話せるなんて、いよいよ珍獣めいてきた。


「え? 言葉を話せるの?」


 私が問いかけると、親コックスは首を振る。


『あなたにしか聞こえてはいないようですよ。少し変わった魂を持っているようですね』

「私だけ……?」


 呆気に取られて私たちを見ているレオには、たしかに言葉を理解している様子はない。


『私たちは聖獣・コックス。この子は私の息子で、名をソロといいます。コックスは巫女の使い。私はこの子が仕える新たな巫女様を探しているのです』

「巫女?」

『ええ。この子はあなたの〝癒しの力〟が気に入ったようです。ですから私は、あなたにこの子を託しましょう』


 そう言うと、親コックスはすうと空気に溶けてしまった。

 まさかそんな消え方をされるとは思わず、私は叫んだ。


「ちょっと待って。どういうこと? この子、あなたみたいにしゃべれないの? もうちょっと説明してくれないと訳がわからないんだけど!」


 必死に訴えると、消えたはずの親コックスが、なにもない空間から再び現れる。


『その子はまだ子供なのです。成長するにつれ、人の言葉を覚えるでしょう。巫女、ソロをどうかよろしくお願いします』


 再び、親コックスは陽炎のように消えてしまう。子供コックス――ソロは、「ティイン」と大きく鳴くと、私の胸にすり寄ってきた。私はソロを抱きしめつつ、親コックスの消えた空間にもう一度叫んだ。


「待って。これって育児放棄じゃない? ねぇっ」


 しかし今度こそ、消えたコックスは戻ってこなかった。


(いやいや待って。凛音の記憶が戻ったとき以上の衝撃ですけど)


 全然状況が把握できない。

 助けを求めて、レオを見たけど、彼は私よりももっと困った顔をしていた。


「お前は、さっきからなんでひとりで叫んでいるんだ。それに、コックスはどうして消えた? お前に話しかけているようだったが、理解できたのか?」


 レオは頭を抱え、絞り出すように苦悩の声を出した。


「うん。信じてもらえないかもしれないけど、さっき、コックスと話ができたの」

「話?」

「頭に、理解できる言葉で響いてきたの。でも、一方的に話されただけで、私にもなにがなんだかわからないんだけど。わかったのは、この子をよろしくってことくらい」


 ソロを持ち上げて見せる。


「フー!」


 ソロは、蹴られた恨みを忘れていないのか、レオに敵意を向けている。私はソロが飛びかかっていかないように、両手でしっかり押さえた。


「なんだ、それ……。お前、そのコックスを飼う気か?」

「だって託されたし」


 ここで放置したら、私の方が育児放棄だ。


「ソロ、よろしくね」

「ティン!」


 改めてソロにそう言うと、耳と尻尾をピンと立てて喜んだ。母コックスが、大きくなれば人間の言葉が話せるはずだと言っていたから、ソロの方はきっと人間の言葉がわかっているのだろう。


「かわいい! めちゃくちゃかわいい!」


 私としても白いモフモフは大歓迎だ。とっても癒される。

 だが、喜び合う私とソロを横目に、レオは神妙な顔をしていた。


「なぁ。リンネ、さっき俺の怪我を治したよな」


 懐疑的なまなざしに、心は委縮しそうになるけれど、よく考えれば悪いことをしたわけじゃない。ここは開き直ることにしよう。


「うん。私もびっくりした。なんかね? 想像したらできちゃったんだよ」

「想像しただけで傷を治せる人間なんて聞いたことないぞ!」

「私だって、こんなことできたの初めてだもん」


 凛音の頃はよく怪我をしていたから、応急処置の仕方はよく知っている。気のコントロールみたいなことも、気休めで学んだことはある。だけど、本当に怪我を消してしまうのは初めてだ。


「母コックスは、癒しの力って言ってた。たしかに体の中でなにかが手のひらに集まった感覚はあったから、そうだね、『手当て』とでも名付けようかな」


 私の説明に、レオは唇を真一文字にし、少し考え込んでから言った。


「お前はなにが起きても平気な顔で受け入れるな。ある意味尊敬するよ」


 だって、凛音の記憶が目覚めてからこっち、自分では予想もつかないことの連続だもん。いい加減、黙って受け入れることにも慣れてきた。


「とにかく、クロードに話してみるか」

「え、でも大丈夫かな? 私、研究材料にされたりしない?」

「癒しの力だから、悪いようにはされないと思うが。……言いたくないのか?」


 自分でもこの力についてわかっているわけじゃない。どんなことができるのか調べるつもりなら、私やレオよりも物知りのクロードの方が適任だろうとも思う。

 ただ、自分がどんどんこの世界の普通の人とはかけ離れていくのが、少し怖かった。


「クロードはリンネを傷つけたりはしないと思う。俺も……なにかあれば守るから」


 ぼそりと言うから、独り言なのかなとも思ったけれど、うれしかったので返事をする。


「わかった。話してみようか。……ついでに、ソロのことも守ってくれるとうれしいな」


 私はソロをきゅっと抱きしめながら、お願いしてみる。レオは微妙に渋い顔をしたけれど、「わかった」と請け負ってくれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 怒るのは疲れるだけだよ、ソロちゃん( ̄▽ ̄;) 早く(精神的に)大人になれるといいね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ