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プロローグ

 まぶしい朝日が降り注ぎ、爽やかな風が吹く秋のある日。駅まで続く大通りは、社会人と高校生であふれていた。

 私もそのひとりだ。期末試験を明日に控え、足を少し引きずるようにして駅へと向かっている。

 グレンチェック柄のスカートが風に揺れる。白のブラウスにラベンダー色のリボン、スカートと同柄のベストといううちの制服は、かわいいと巷では人気だけど、私はあまり好きじゃない。

 小学生のときからずっと陸上女子で、髪型もショートヘア。毎日の日焼けで肌は小麦色という、快活が具現化したような私の外見には、かわいすぎて似合わないのだ。


「おーい! 凛音(りんね)!」


 うしろからの声に振り向くと、同級生の若柳(わかやなぎ)琉菜(るな)が走ってくる。


「この時間に会うの、珍しいね、朝練は?」

「一週間前から部活は禁止だよ。テスト期間じゃん。自主練はしてたけど、昨日足をひねっちゃったから、今日はやめた」


 今も、右足に体重をかけると少し痛い。あまりよくないのだけど、どうしても左に重心が傾いている。


「マジで? えー、歩いて大丈夫なの?」

「マッサージしたし、腫れも引いたから大丈夫。それより琉菜、テスト勉強してる?」


 中間試験は散々だった。私は三教科も赤点を取ってしまったのだ。追試験で合格はできたが、内申には多少響くだろう。

 そんな私をも上回る強者も世の中にはいる。そのひとりが琉菜だ。彼女は全教科赤点という快挙(?)を成し遂げ、本人は笑っていたけれど、先生は泣いていた。


「それが、気分が乗らなくてねぇ。なんも勉強してない。昨日はね、読み始めた小説が思いのほかおもしろくて、一気読みしちゃった」

「琉菜……」


 琉菜があまりにもあっけらかんとしているので、さすがの私もあきれた気分になった。

 琉菜は、中学時代からの友人で、マンガ・アニメ・小説をこよなく愛するオタクだ。体育会系女子の私とは正反対の中身の持ち主だけど、中二のときに一緒に文化祭実行委員をやってから、意気投合して、一緒にいることが多くなった。

 私の通う高校は一応進学校であり、就職に関するノウハウがあまりない。生徒のほとんどが進学を選ぶのだから、成績は大事だ。琉菜の余裕はどこからくるのか、私には不思議でならない。

 ちなみに私も人のことを言えた成績ではないけれど、スポーツ推薦を狙えるだけの成果がある。県陸上競技秋季大会では、八百メートルで優勝したのだ。全国大会では決勝まで進めなかったけれど、そこそこの体育大学ならば、この結果は有利に働くはずだ。


(まあでも、推薦には内申が大事だからね。最低限、赤点だけは回避しないと。琉菜もやばい成績なんだから、真面目にやりなよね)


 そんな心配の気持ちを込めて、私は琉菜を見つめる。すると彼女は、興味を引いたと思ったのか、目を輝かせて語りだした。


「それより、聞いてよ! 昨日の本、めっちゃよかったんだから。幼い王太子の苦悩、そして成長してからの真実の愛! 愛の力が呪文を消すの! 最高! これぞ至高」


 けたたましく語り始めた琉菜を、私は慌てて止めた。


「やめて琉菜。新しいことを聞いたら、昨日覚えた分がこぼれていく」

「すぐ忘れるなら大事なことじゃないんだよ」


 一般的にはそうかもしれないけれど、テスト勉強は違うだろう。それに、琉菜のオタク話は、私の人生においてまったく重要ではない。そんなもので、せっかく覚えた日本史の年号を脳から追い出されては困るのだ。


「王太子様がさー、もうほんっとうにかわいそうでね。孤独でちょっと病んじゃってるの。本当は優しいのに、みんなに誤解されて」

「ふーん」

「凛音と同じ名前の悪役令嬢も出てくるんだよ」

「あーそー」


 私は気のない返事で、興味がないことをわかってもらおうと試みる。


「それにね、モフモフもかわいいの! もうね、ぬいぐるみで販売してくれたら絶対買っちゃう」

「モフモフ?」


 その単語に、私は思わず反応した。見た目のせいもあって、ボーイッシュでクールと思われている私だが、そうでもないのだ。かわいい動物にはメロメロになっちゃう。


「うん。小説の世界にしかない聖獣。ほら、キツネみたいな見た目をしているんだけど、コックスっていうの。こんなの」


 琉菜は鞄から文庫本を取り出した。

 表紙には、祈りのポーズをしている赤毛の女の子と、苦悩の表情を浮かべるアッシュブラウンの髪の男の子が、アニメ調の絵柄で描かれていた。女の子の足もとにたしかにキツネに似たフサフサの獣が描かれている。タイトルは、『情念のサクリファイス』だそうだ。


(フサフサでかわいい。でもそれ以外はめちゃくちゃ中二くさいな)


 そのまま琉菜に言ったら怒られそうなことを考えつつ、私は小説の表紙を脳内から追い出そうと試みた。


(琉菜に付き合っていたら、私まで赤点を取っちゃうよ)


「もー、凛音……」


 そのとき、大気をつんざくようなブレーキ音が響いた。

 大型トラックが突進してくるのに気づき、私は慌てて、呆然と立ち尽くしている琉菜の腕を掴んだ。が、逃げようと踏み込んだ瞬間、昨日ひねった足が痛んで、駆け出すのが遅れた。

 その間にもトラックは容赦なく近づき、やがて私の視界はフロントライトの明かりでいっぱいになった。


(マジ、間に合わない。逃げ遅れるとか、県大会優勝の肩書が泣くって)


 最後に考えたのは、命がかかっているとは思えないほどどうしようもないことだった。


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