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第二話 英雄都市アストレア


「בגללי・・・ אני מצטער」


跪き祈っているように見える彼女の前の光景には凄惨という言葉が最も正しい表現だろう。

横倒しになった馬車にはかつて馬であったものが繋がれていて、辺りにはその中身が散乱しておりぶっちゃけかなりグロい。

そして、少女の祈る先には黒髪の女性の亡骸が横たわっていた。

彼女の装束と比べるとかなり質素な黒い衣服を身につけた彼女は、先の獣に背中を切り裂かれ絶命した。

白い装束を染めた血を鑑みるに彼女は身を挺して少女を守ったのだろう。


「נוח על משכבך בשלום」


静かに涙を流す少女に何かできることはないだろうか。

ハンカチなんて気の利いたものはないし、得意の花も生憎持ち合わせていない。

制服のポケットを弄ってみても何もなかった。


「あとは・・・これくらいか」


ポーチから結晶を取り出す。

何に使うものかは分からないが見た目には綺麗なものだ。

ただ、いきなり初対面で貢物というのもどうなのだろう。


「רוח הקודש קריסטל!」


結晶を光に透かしてみていた僕に少女が突然声を上げた。

何を言ってるか分からないが、結晶の赤い方を指差している。

欲しいのだろうか。

とりあえず赤い結晶を少女に差し出した。


「האם זה טוב?・・・דבר כל כך יקר」


受け取った少女はなんだか申し訳なさそうにしている。

こんな時はとりあえずサムズアップだ。


「תודה רבה!」


先ほどまでの落ち込み様が嘘のように明るく何かを言った少女は小さくお辞儀をすると、

赤い結晶を女性に向けてかざし何やら唱え始めた。


「רוח הקודש הרחומה

תן לי את ההגנה שלך」

「なんだ・・・!?」


少女の手の結晶が光を帯び始め、何かが起こる気配がプンプンする。

死者への手向けとかそういう雰囲気じゃないように感じる。

一歩引いて身構える僕を他所に少女は力強く言葉を紡いだ。


「Resurrection!」


その瞬間、赤い結晶は眩い光を放ち、僕は目を離さないよう手で光を遮りながら見つめる。

異変に気づくのに時間はかからなかった。

横たわった彼女の傷が消えてゆく、青白く生気のなかった顔には血色が戻り、直後目を閉じた彼女はおもむろに息を吸った。

徐々に光が収まり、それが完全に消えると赤かった結晶は色を失っていた。


「נסיכה・・・?」


マジかよ

完全に絶命していたはずの彼女は息を吹き返し、目を開き、あまつさえ言葉を発した。

さらに不可解なのは先ほど少女が発したのは英語ではないのか。


普通にリザレクションって聞こえたんですけど、やっぱ英語はこの世界にあるのか

ていうかあるじゃん、魔法

さっき僕全然使えなかったんですけど?


「מרי!」


起き上がった彼女に少女が抱きついた。

余程仲の良い間柄なのだろうか、友達っていいね。

僕も欲しいです。


「אני מת?」

「האדם הזה עזר לי!」

「איזה דבר!」


少女の言葉にハッとしたように女性は跪き右手を左肩に当て僕に向かって深く頭を下げた。

おそらくこれは感謝を示しているのだろう。

正直、僕が何かをした実感はないのだが謝意は素直に受け取ろうと思う。

しかし、如何せん彼女の装いは直視するのが躊躇われるものだった。

切り裂かれた背中の傷は消えているものの、お召し物は直っていない。

まさに同じような状態のやつが言うのもなんだが、女性をこのままにして平然としていられない程度には僕は紳士だぜ。

とりあえずブレザーを脱ぎ女性に渡した。


「背中が・・・」


女性はきょとんとしていたがなんとか通じたようで、ブレザーを受け取り羽織った。

再び一礼すると女性は少女と何やら相談を始めた。

二人のやり取りを見ているとどうやら少女の方が立場が上のように見て取れる。

異世界といったら貴族が登場するのがお約束だが、この少女もそうなのだろうか。


グーーーーー


うん。

どんな時でも腹は減るもんだ。

というかさっきから空腹だって言ってるだろうが。


「いや〜」


おなかをさすりながら決まりが悪く笑っていると、二人も顔を見合わせつられるように笑った。

すると女性は横倒しになった馬車から何やら荷物を取り出そうよじ登って行った。


「אני הים אסטריי(ミーア・アストレイ)。אני בתו של הלורד של אסטריה(アストレア)。」


その間に少女が僕にお辞儀をしながら語りかけてきた。

多分自己紹介だと思う。

やはり異世界語は全く分からないが、聞き覚えのある単語があった。


「アストレイ・・・?」


それは全く役に立たない助言を残したリチャードの苗字だった。

まぁ彼のアイテムのおかげで女性は助かったのだから全く無駄ではなかった訳だが。

何故ここで彼の苗字が出てくるのだろう。


「האם אתה יודע את זה?!」

「いやーははっ」


ぼそっと呟いたアストレイという単語に少女は妙に反応した。

ただ申し訳ないが本当に何言ってるか分からないです。すいません。


「נסיכה。חכה דקה。」


馬車から戻った女性が少女を制止する。

彼女の手には編み籠があり、その中から紙に包まれたものを手渡された。

包紙を開けるとそれはどう見ても僕の知るところのサンドイッチだった。


「לאכול。」


身振りから察するに食べろと言っているようだ。

空腹が限界を超えていた僕はすぐさま齧り付いた。

味付けはベーコンのような肉の塩気のみで、お世辞にも濃い味ではない。

むしろそれ以外はほとんど無味だったが、空腹は最高の調味料とはよく言ったものだ。

うまい!うまい!


「בוא נלך לעיר שלנו "אסטריה(アストレア)"。」


ぺろりと平らげた僕に女性が声をかける。

アストレアという単語はさっきも聞いた気がするが、アストレイの名と関係があるのだろうか。

促されるまま3人で連れ立って道を歩き出すと、程なくして森が途切れ広大な平野に出た。

そこには周囲を川と城壁で囲まれた巨大な街があった。

自分で思っていたよりも近付いていたようで、遺跡から見た印象よりも遥かに大きい。

あれは街というよりも都市といった方が適切かもしれない。

その都市を指差して少女が言う。


「זו עיר הגיבורים "אסטריה(アストレア)"!」


ここまで来れば言わんとしていることは予想できる。

きっとあの都市の名前がアストレアなのだ。

平野には多くの道が走っており、それは所々で重なりやがて大きな道となってアストレアに続いている。

道には人や馬車が遠目に見ても明らかなほどにその道を進んでおり、

非常に栄えた都市であること、人口がおそらく凄まじく多いであろうことが容易に推測できた。


「שים את זה!」


合流した別の道からやってきた御者に女性が声をかけ、その馬車で街まで向かうことになった。

心身ともに疲れが溜まっていたのだろうか、少女は馬車に乗ると女性の膝枕ですぐに眠ってしまった。

異世界の情報を集めたい僕は景色や街の様子を見たかったので御者席に乗せてもらった。

方々から来る道は合流するたびに馬車が増え、徒歩の異世界人も結構な数いる。

しばらく馬車に揺られるとようやく街の入り口と思しき橋に到着した。

城壁は遠くからかなり強固な造りで非常に大きな扉も堅牢さが見て取れる。

先の獣のような怪物が闊歩しているのだから、その必要性は疑いようがない。


「מה המזוודות שלך?」

「נשק ושריון。בנוסף לזה, זו נסיכה!」


守衛の兵士の検問のような行為に御者は応えた。

するとあからさまに兵士は慌て、なにやら人を呼びに行ったようだ。

大丈夫なのだろうか。


「נסיכה ?!」


兵士数人を連れ立って初老の男性が凄い剣幕で現れた。

まだ眠っていた少女は兵士に運ばれて行き、女性が初老の男性に何やら説明していた。

何やら若干言い合っているように感じるが、

中国語とかも僕からしたらいまにも喧嘩になりそうでも普通の会話だったりするからなんとも言えない。


「אמור תודה、נוֹסֵעַ。」


一段落したようで初老の男性は左肩に手を当て僕と御者に頭を下げた。

この所作は何度か見たな、この世界のお辞儀なのだろう。

そして女性は僕に何やら刺繍の施された肌触りの良い布を渡し言った。


「אני אאסוף אותך מחר 。אני מצטער, אבל בבקשה תישאר היום בפונדק。」


持ってろと言う意味に受け取り、取り急ぎポーチにしまった。

言葉が分からなくても、とりあえずこういう時はサムズアップだ。

クスッと女性は笑ったのでおそらく遠からずと言ったところだろう。

女性が御者に何やら指示を出すと馬車は走り出した。


街並みを眺めながら改めてやっぱり日本じゃないな、と痛感する。

行き交う人たちは欧風、アジア系、オリエンタルな顔立ちなど多種多様で、服装にも統一性は見られず、多国籍、あるいは多民族国家といった様な印象だ。

また、時折腰に剣を下げたり背中に槍を背負った者が見受けられる。

リチャードの言う通り剣、つまりは腕っぷしの強さがモノを言う世界なのだろうか。


少し走ったところで馬車が止まった。

御者が目の前の建物を指差し、降りるように促した。


「ありがとう!」


さっきのお辞儀を真似て見たが、御者は手をひらひらと振った。

気分を害したのかと思ったが、その直後に彼はサムズアップ。

僕もそれに応えると、ニカっと笑い去っていった。

やはりサムズアップは通じている。万能と言わざるをえない。


「さて」


降ろされた建物のドアを開けるとそこには大柄な女性がカウンターに立っていた。


「ברוך הבא!」


いやもうまったく。

本当に言葉が分からないと言うのは不便だな。

一連の流れから推測するに、おそらくこの建物は宿のようなものだと思うのだが、いまいち確信が持てない。

一階は酒場のような食堂のようなそんな雰囲気で、もう日暮れも近いからかそこそこ賑わっている。


「ベッド、と、食事!」


身振りで必死伝えると女性は親指と人差し指で輪っかを作った。

おお、これはわかりやすい。

金はあるのか、そう聞いているに違いない。

とりあえずポーチから金貨を取り出し、一枚手渡した。


「מטבעות זהב אסטריאה?!」


なんだかすごい剣幕だ。

足りないのだろうか、怒っているのだろうか。

とりあえずもう一枚渡そうと取り出すと女性はすぐさま僕の手を止めた。


「זה מספיק!יש סיבה מיוחדת?」


1枚でいいらしい。

木の板が取り付けられた鍵を渡された。非常に簡素な造りの鍵だがルームキーだろう。

女性が合図すると女給にテーブルへと案内され、注文を聞かれたような感じだったがよく分からないのでサムズアップしておいた。

しばらくすると料理が出てきた。


「うまそう」


何の肉かは分からないが分厚いステーキと樽のような大きなコップに入った飲み物。

それと丸っこいパン2個が今宵の晩餐だ。

早速だが喉が渇いていたので飲み物を飲む。

苦い。なんだこれ。

たっぷりの泡に黄色い液。

強烈な苦味の後にしゅわしゅわと炭酸を感じ、喉を通ると突き抜けるように爽やかな気分になる。


いや、これビールじゃん


それはさておき肉を食そう。

ナイフとフォークは僕が知るものより幾分か大仰だが、普通に使える。

肉は分厚く5センチほどはあろうか、しかしながらナイフを入れるとスッと難なく切れる。

これはうまいぞ。

黒毛和牛とかそう言う類の油っぽさはないが、非常にしなやかで歯切れ良く噛みきれる。

噛むたびに肉汁が溢れ、上から掛けられた濃い味のソースのようなものも相性抜群だ。

バクバクと肉を食べ、ビールを喉に流し込む。

優勝。


「ごちそうさまでした。」


確かな満腹感とビールのせいか程よい高揚感を感じる。

心なしか周りの世界と足元がふわふわとしているが悪い気分ではない。

飲酒という行為に若干の罪悪感はあるものの、この世界ではそれが普通かもしれないし、かなり喉が渇いていたし、出されたものを残すのは失礼ってことで考えるのをやめた。


ルームキーの板にはなにやら紋様が彫り込んであるがもちろん分からん。

ちょうど食器を下げにきた女給に見せると奥の階段を指差し、続けて人差し指と中指を立てた。

いわゆるピースサインだが、この場合は2階という意味だろう。

階段を登るといくつもの扉があり、それぞれにルームキーの板によく似た紋様が描かれていた。

見比べてみると微妙に異なっている。

おそらくこれが一致するものが僕の部屋であることは予想に難くない。

必死に目を凝らし一致する扉を見つけた。

文字が読めないとこういった些細なことですら一苦労だな。


「ふぅ〜」


窓を開け街並みを眺める。

すでにとっぷりと日は落ち、家々の窓から漏れる光が夜景を織りなしていた。

もちろん、僕の知る世界の夜景とは比べるべくもないが、それぞれに人々の生活があるのだろうか。


「明日からどうしよう」


目を背けていた今後のことを考えるとひどく憂鬱になる。

見知らぬ地に知る人もおらず一人で放り出され、この世界の常識も自身に宿ると言われた力もわからずではハードモードすぎる。

せめて言葉が分かればどうにでもなると思うのだが、申し訳ないけれど本当に何言ってるか分からないです。

明日は英語で話してみようか、高校英語レベルでどこまで会話が成立するか見物だ。

そもそも通じるかという大前提が甚だ怪しい。


「日本語喋ってくれー」


何となくそう呟きながら夜景に向かって指を鳴らしてみる。

そういえば獣が光となって消えた時も指を鳴らした直後だった。

僕の能力とやらに何か関係があるのだろうか。

そんなことを考えていると景色が大きく歪んだように見えた直後、突然の激しい頭痛に襲われた。


「っぅぐっ・・・」


あまりの痛みにその場に倒れ、僕は意識を失った。

せっかくのベッドなのに今日は床で眠ることになりそうだ。



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