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第0話 プロローグ


この世界は自分の力ではどうしようもない事象で出来ている。

それは例えば太陽が昇り沈む様に、波が押し寄せ引き去って行く様に、如何ともしがたい圧倒的事実である。

そんなことはないと言えるのであればそれはよほど君が恵まれているのだろう。


感謝しろ


この僕、白石 空に友達がいないのもそんな事象の一つかもしれない。


そう。

僕には友達がいない。


いない。

友達が。

その概念や定義すら曖昧だ。

なんだろう友達って。


漫画の中の高校生達は自然と友達が増え、

呼吸をするよう恋愛をする、笑い、泣き、そんなに意味もなさそうな日常を輝かせている。


なんだそれ

どんなチート使ってるんだよ


僕は別段斜に構えているわけでもないし、異常な性癖も持ち合わせていない(と思う)。

成績は正直かなりいい良い方だし、運動だって足手まといにはならない程度にはできる。

主役にはなれないまでも至ってそこそこハイレベルな男子高校生だと自負している。


まぁこんな風にラノベの主人公よろしく独白をしているあたり器が知れるかもしれないが、

これもそれも友達ができれば万事解決ヨーソローなのだ。


友達を作ると人間強度が下がると言っていたのは誰だったろうか。

人間強度?

さっぱり分からない。

そんなものより大事なものが友情だろうに。

もちろん漫画で得た経験を伴わない知識だが。


一縷の希望をかけて、始業前のやや騒がしい教室を見回す。

もしかしたら自分で気付いていないだけで友達ができていたかもしれない。

もちろん。

そんなことは絶対にあり得ないんだけれど。

少しくらい期待をしてみても誰に迷惑をかけるわけでもないしいいだろ別に。


「おっはよー!」


朝の喧騒を突き破り爽やかなよく通る声が響いた。


「「「おはよう!」」」


それまで雑多な騒音を生み出していたクラスメイトが我先にと声の主の元へ向かう。


「今日も元気だなー!」

「えー?別にフツー」


「海ちーん和訳写さしてぇ!」

「いーよー!」


教室に入ってから席につくまでの数秒の間に何人にも声をかけられたちまち人だかりが出来上がる。

その中心にいたのは1人の黒髪の少女だった。


「もー!邪魔だよー!」


彼女、浅倉 海にとってはこれが毎朝の光景である。

容姿端麗、成績優秀、明朗快活。

誰が見ても本当に文句なしのもうマジモンの美少女だった。

気さくな性格もあいまってクラス内、校内はもとより、町内でも有名な人気者だ。

彼女なら友達100人とか余裕なんだろうと容易に推測できる。

2人くらいで良いから分けてほしい。


そして、なんの因果か浅倉と僕は入学してから同じクラスで、その上ずっと隣の席だった。

左右の入れ替わりや場所の移動はあれど毎回隣だ。

どんな時でもすぐそばで浅倉を中心とした輪が形成される。

もちろん、僕はその中に入れるわけがないのでそっと隅っこによるのが毎度の習慣だ。

教室の中央付近だと本当に困るが、今は窓際の席だったのが幸いし以前よりも幾分か姿勢が楽だ。

別に何にもないけれど窓の外に目を向けているだけで空気を演じることができる。


綺麗な青空だなー


「チャイム鳴ってるぞー席付けー」


1時限目の教師が始業を告げ、集まっていたクラスメイトたちは渋々自分の席へと戻って行った。

ようやく深く息が吸え、そしらぬ顔で視線を戻し授業の準備をする。


「あ」


隣の席の例の彼女が小さく声を発した。

それに気を取られ思わず視線を向けたのがいけなかった。


「っ・・・」


吸い込まれるような淡い碧眼が僕を捕らえた。


あぁそういえば

浅倉はどっかの国のハーフだと話していた

そりゃ美少女に育つわ


艶やかな黒髪はよく見ると光に透け灰褐色に煌いていた。


「おはよっ」


口元に手を添えこっそりと。

しかししっかりと僕に向けて放たれた言葉だった。


「・・・おっ」


その仕草に見惚れたから口籠もったわけではない。

ここでさらっと返せているなら友達が出来ずに悩む訳がないだろう。


「っ・・・はやう」


その応えに満足したのか定かではないが、

にまっと笑い浅倉は姿勢を正した。


なんなんだよ


心の中で嘯くも気分はとても良かった。

この挨拶が隣の席になってから続く僕と彼女の日常だ。

むしろこれくらいしかないのだが、僕は彼女のことが好きだった。


ちょろいとか言うな



キーンコーンカーンコーン


1日の終わりを告げるチャイムが鳴り教室はまた騒がしさを取り戻した。


「さ、て、と」


早々と帰り支度を済ませた浅倉は立ち上がり鞄を肩にかけた。


「今日も委員会?」

「お?っ、うん」

「そっか!じゃぁね!」


いつもこうだ。

僕に向けての訳がないと昔は返答していなかったのだが、

いつからだったか浅倉は返事をするまで頑なに声を掛けてくるようになった。

朝もそうだが彼女は絶賛ぼっちの僕にまで挨拶をしないと気が済まないのだろう。


さすが人気者は違うぜ


ふふっと笑うと浅倉はブレザーの裾を翻し歩き出した。


「海ちーん!もう帰るのー?」

「みんなでカラオケいくぜー!」


モブたちがわらわらと集まってくる。


「ごめーん!今日用事あるからー!」

「え?!デートなん?!」


おい

そいつは聞き捨てならないぞ


「ばーか!じゃあねー!」


躱したとも否定とも取れる言葉を残して浅倉は帰っていった。

含みのある言葉だったが、よく考えたら僕に何ができるわけでもないし気にすることをやめた。


「さてと」


台風の目が去り蜘蛛の子を散らすように教室には人が少なくなったのを見計らい僕もそろそろ行かねばならない。

こう見えてぼくは美化委員会に籍を置いている。

校舎前南側に位置する花壇の世話が僕に割り当てられた仕事だった。


「ふぅ」


雑草を抜き、適宜肥料を配置する。

最後に全体にホースで満遍なく水を与えて終わりだ。

簡単に言っているが一人でやるには結構骨が折れる。


入学した時に委員会に入って一緒に仕事でもすれば自然と友達ができると思っていた時期が僕にもありました。

現実は僕の入った美化委員はすこぶる不人気で、各々の分担された場所を一人で作業するというブラック企業並みに人員不足だった。

その上、委員会としての集まりも各学期始めなどごくたまにしか行われず、友達作ろう美化委員大作戦はひどく不毛な結果となったのだった。


2年目の今年は辞めようかとも考えたが、

こうして地道に育てた種たちが一面に綺麗な花を咲かす感覚はとても心地よく、

特に他にやりたい事もないのでこうして続けている。


「よし、こんなもんだろ」


全ての作業を終えると適度な疲労感と充足感が体を満たしていた。


「そっち行ったぞー!」


グラウンドから運動部の楽しそうな声が聞こえた。


「・・・」


別に悔しくはない。

ただただ羨ましいだけだ。

その時々に感じるものを分かち合える友人がいたらどんなに楽しいだろう。

想像の域を出ない想像を繰り返しても虚しいだけなのである。


「帰るか・・・」


僕の家は徒歩で大きな川にかかる橋を超えた先のマンションで10分ほどとわりかし学校から近い。

本当は自転車で通学した方が絶対に便利なのだが、この橋から見えるこの町の景色を眺めながら歩くこの時間が嫌いじゃなかったりもする。

何故?

なんだか学園漫画みたいに友達ができそうな予感がするだろうが。


「・・お・・ん?」


橋の中腹に佇む人影に思わず変な声が出た。

その美しい横顔はよく見知った町の夕暮れ時を映画のワンシーンに変えた。


「浅倉・・・?」

「あ!遅いぞ!」


何故君がここにいるんだ。

それにその口ぶりでは僕のことを待っていたかの錯覚を覚えてしまう。


「はい!これ!」


浅倉はおもむろになんだか可愛らしい絵柄の紙袋を突き出した。


「????」


全く理解が追いついてこない。

どのみち追いついたところで意味も分からないのだが。

誰の目に見ても明らかに狼狽している僕に痺れを切らしたのか浅倉が言った。


「っも〜誕生日でしょ!」




まじで?



え?

今日僕誕生日なん?


そう言えばそうだったかもしれない。

久しくというか一度も家族以外に祝われたことがなかったので全く覚えていなかった。

友達ができないのはこういうところかもしれない。

だがしかし、だからといって浅倉が僕の誕生日を祝う必要があるのだろうか。

いや、ない。


その時だった。

橋の向こうから来た歩行者が突如として僕を突き飛ばした。


「うわっ」


かなりの勢いで突き飛ばされバランスを崩し尻持ちをついてしまった。

その歩行者は全身黒尽くめでパーカーのフードを深くかぶった恰幅の良い男で、簡単に言うとデブだった。


「海ちゃんさぁ」


おう?

どうやら浅倉の知り合いのようだ。


「俺の告白は断っておきながらなんなのそいつ何それプレゼントおかしくないなんで俺はだめでそいつはいいわけていうか今日もかわいいねやっぱり俺たち付き合おうよいっぱい愛してあげる本当は俺のことすきなんでしょ知ってるんだか」

「あーもう!」


あ、これストーカーだわ。

しかも結構やばいタイプの。


「お断り!何度も言ってるでしょ!いい加減警察呼ぶから!」


浅倉さんその言い方はだめです。

その手のタイプは逆上すると何しでかすか分からない。

もちろん漫画で得た以下略。


「うるせぇええええ!」


男は叫びながら隠していたナイフを出した。

刃渡り20センチはありそうで、どう考えても銃刀法違反な代物だった。


「俺たちは本当は愛し合ってるんだなのにこの世界はそれを認めようとしないこんな世界いらないよね二人で新しい世界にいこう大丈夫俺もすぐ後追うから死ねぇええ!!!!」


喚きながら男はナイフを突き出し、次の瞬間、肉に刃物が刺さる鈍い音がした。


「空くん!!」


咄嗟だった。

突き出されたナイフは浅倉を庇うように男の前に飛び出した僕の腹部に刺さった。

腹が焼けるように熱く、続けて鋭い激痛が走る。

痛い。

痛い。

痛い。

誰だ。

刺された時は意外と痛みを感じないなんて言ってたのは。

ああ、漫画だ。


人生で最大の痛みに死を覚悟しながらも僕の頭は非常に冷静で冴えていた。

このまま死ぬわけにはいかない。

僕の後ろには浅倉がいる。

守らねばならない。


「っぐ・・・らぁッ!」


男の両腕を掴み渾身の力を持って橋の柵に回しぶつけた。

衝撃でナイフを持つ手が離れたがこれだけでは不十分だ。

こいつをなんとかしないと浅倉が死ぬ。

それだけは絶対に看過できない。


「ああッ!」

「うわぁああああああああ」


肩を力の限り思い切り押すと男はひっくり返るように落ちていった。

この橋は川面からかなり高さがあるし、川岸には護岸や柵もあるのですぐには戻ってこれないだろう。

この隙に浅倉を逃せば、僕を刺したことであいつは逮捕だし万々歳だ。


「くぅ・・・」


そうだった。

刺されてるんだ。

あたりを紅に染める程度には大量出血している僕はその場に崩れた。


あんなに熱かったのに今は馬鹿みたいに寒い。

血を流しすぎたのか先ほどとは打って変わって意識がぼんやりとしている。

それでもはっきりとわかった。

これが死だ。


「空くん!」


浅倉が駆け寄る。

膝をつき真っ赤になった僕の制服のシャツを手で抑えた。


「どうしよどうしよ・・血が止まらない」


浅倉、そんなことしちゃ汚れちゃうぜ

そんな軽口を叩きたいところだがもちろんそんな饒舌な口は持ち合わせていないし、

睡魔にも似た感覚が徐々に強くなってきている。

残された時間は多くはないようだ。


「誰か・・・助けて」

「浅倉」


助けを探す浅倉を制し声をかける。


「空くん・・」

「もう遅いかもしれないけど、浅倉のこと、好きだ。」

「私もだよ」


浅倉の瞳から涙が溢れた。

それは流れ、煌めき、弾けた。

何故か既視感がある光景だが、それよりも浅倉が僕を好きらしい。

まじかよ。


「驚いたな、どうして・・」

「覚えてる?白いカーネーション 」

「・・・あれか」


かつて美化委員の仕事で花瓶に花を入れ教室に飾りに行ったとき、浅倉が放課後の教室に一人残っていた。

そうだ。

その時も浅倉は泣いていた。

確か祖母が亡くなったのだとどこからか聞いた。

そして僕は花瓶の中から浅倉に弔花としても著名な白花のカーネーションを差し出したのだ。

そして無言で帰った。

思い返すとやばいやつじゃないか。


「あなたへの愛は消えない。」


それは白花のカーネーションの花言葉の一つだった。

どちらかと言うと故人を悼むためのものだが、字面だけみると完全に告白してますねこれは。


「後で調べたんだ。」

「お悔やみの気持ちで他意は無かったよ。」

「そうかなって思った。」


泣きながらふふっと浅倉は笑った。


「でも、それでおばあちゃんが見守ってくれてるって思えたから乗り越えられたんだ。」


涙を拭い浅倉は僕の手を握った。

熱い。

すごく熱くて、心地の良い感触だった。


「それからずっと空くんが好き。」


誰が想像できるだろうか。

高嶺の花がこんな僕を好きだという。

なかなかどうして、美化委員も捨てたもんじゃあないね。

日頃から花の世話に勤しんだ甲斐もあったというものだ。


「ありがとう」


全身の感覚が無くなってゆくのが分かる。

ああ。

僕はここまでだ。

こんなことなら死ぬ気で勇気を出してもっと早く告白していれば良かった。

そうしたなら浅倉と付き合うことだってできたかもしれない。


もったいないなぁ

死にたくないなぁ


というか誕生日に好きな女の子に告白されながら死ぬなんて

この世界に神がいるとするならばいささか残酷すぎやしないだろうか

もし死後の世界で会うことがあったなら絶対に文句言ってやる

そして全否定してやるぞ

こんな結末を与えたことを


そんなことを思いながら浅倉の顔を見つめていたが、視界が徐々に狭くなってきている。

非常に名残惜しいがこれ以上意識を保つことはできないみたいだ。

僕はゆっくりと瞼を閉じた。


「空くん?空くん!」


浅倉が握っていた僕の手は力なく、ただその重みを増した。


「いやあああああ!!」


白石 空が最後に聞いたのは恋した少女の悲痛な叫びだった。

願わくばこの美しい少女の未来に幸多からんことを。

神と思しき存在よ。

どうかそれぐらい聞き入れてくれよな。



ーなんと清らかな魂でしょうか


あなたならば壊れゆく世界をー




意識を失い虚無とも言える空間にどこからともなく声が響いた気がした。


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