後編 やれやれだわ
「やれやれ、ヤバい……と聞いていたはずなのだが……おかしいな。既にもうその『ヤバい』ってやつの脅威が去った後のように思える」
青年はやれやれを一発かまして、ご丁寧に今の目の前に広がる状況を説明し始めた。やれやれがやれやれを通り越してしまって、どうやら今現在、やれやれのピークであるらしいようだった。
「これはいったい……?」
疑問に思った青年は少女にこの状況を訊ねてみる。が、少女も知らないとばかりに思い切り首を横にブンブンと振った。
「やれやれ、同業の者か? 遅かったな。既にこの村の危機は俺が救ったぞ」
村の方から青年によく似ている黒装束のような漆黒の格好をした、見るからに触れちゃいけない感じの青年Bがやって来て、青年は驚いたと言わんばかりに目をかっ開く。
そっくりな人間がこの世には三人はいるという、よくわからん都市伝説的なアレがあるが、まさかここまで自分にそっくりなヤツがいたのか。……と、青年はそう言いたげな顔をしていた。
「やれやれ、モンスターの群れどもは俺が剣の錆びにしておいたぜ?」
やれやれを気取った風に言う青年Bを見て、青年は相手のその態度が気に食わなかったのか舌打ちを十五回程入れて苛立ちを露にしてから、「なんだこいつ」と思った。
「まあ、俺は幼少の頃から剣の素振りを毎日欠かさず千回してるし、おまけに世界一すごいでしょうね格闘選手権でも優勝してるし、ついでに一人で三千人を相手にして勝ったこともあるからな。こんなもん朝飯前だ」
青年Bは青年B以外それを聞いて誰も嬉しくならないし、誰も得をしない話なのにも関わらず(むしろ精神的にすり減る話ではあると思うので損はするかもしれない)、自分の話をペラペラと語り始めて得意気になる。
それを聞いて青年は「……ながっ。アマチュア御用達の小説投稿サイトでよく見かけるタイトルか何かかな?」と、興味無さそうにツッコミを入れた。
「俺は五歳で既にドラゴンを倒してたし、七歳で超スーパーすごやばい魔法も習得してたし。このくらいなんてことない」
青年Bは続けてペラペラと誰得な自分話をひけらかしていって、まわりの人間に圧を掛けていく(二人しかいないけども)。
青年はそれを聞いて「お、おう……」と、若干引き気味な表情をして青年Bから目線をそらした。
見ていると、なんだか眩しすぎて胸の辺りがゾワッとするらしい。頭のてっぺんからお花が生えてきてしまっているんじゃないか。そんな風なゾワゾワした錯覚に陥る。光しか発していなくてその光に自分がのまれてしまう。……などという表現を自分が使うようになってしまったらもう手遅れだろうな、と青年は青年Bのことを心配そうに思いながらフッと鼻で笑ってカッコつけてみせた。
「きゃーさすが英雄様~」
娘が誰かに言わされているような発言をして、青年Bを持ち上げる。それを見て青年は思わず苦笑するのであった。
「やれやれだわ」
青年の78回目の異世界冒険録はまだまだ始まったばかりなのである。
ナチュラルにブーメランをよく投げますが、許していただけると嬉しいです。