足にぬりぬり
その日はショッピングモールに買い物に行ってきた。服と靴、あとはちょっとした小物。服はそんな長いこと着ないものだから量販店の安物だ。思ったよりも荷物が多くなったが、まぁ、ヨーイチが持つのだから問題ないだろう。帰る前にモール内にあるフードコートで遅めの昼食を摂って、結局帰宅した頃には一日仕事となっていた。
「あ~ぁ、疲れた」
「思ったよりも買うもの多かったな」
「買うもの絞らないとね」
「でも、全部いるものに見えるんだよなぁ」
「だよねぇ~」
言いながら、ヨーイチが買ってきた小物類をテーブルに並べる。それを私はぼんやりと眺める。
今日は予想以上に歩いて足もクタクタだ。
「よし、今日は私が手ずからお茶を淹れてしんぜよう」
「買ってきたトウモロコシ茶飲みたいだけだろ」
「まぁね~」
新しく買ったお茶にちょっとワクワクしながらティーカップを並べる。ココアは好きなのだが、しばらくはお休みだ。お湯の温度とか量とかはよく分からないから適当にティーパックをカップにぶち込んで、お湯をトプトプと注ぎ込む。
「どう?」
「う~ん、微妙。なんか、とんがりコーンの味がする」
「そりゃ、トウモロコシ茶だからねぇ」
もう少し言うと、味というより匂いかな? 別にマズイとまでは言わないが、お茶を口に含むと小さい頃から食べなれた三角錐のお菓子の香りがする。私もヨーイチも眉毛を緩く捻じ曲げながらティーカップの中身を飲み干した。そうしてひと心地ついたとき、テーブルに並べた小物の一つが目に入った。
「ねぇ、ヨーイチ」
「ん、何?」
「足、疲れた」
「んで?」
「足揉んで」
「やっぱりかよ……」
文句言いながらも、すぐに立ち上がって私の足元に来てくれる。
「ああ、ちょっと待って」
「ん?」
「あれ、使って」
視線の先にあるのは先ほど購入したばかりの保湿クリームのボトルだ。ガッツリ使うつもりだったので750mlのデカいヤツを買ってきた。ちなみに値段もまぁまぁした。
「いや、足用じゃないだろ……まぁ、足でも使えるんだろうけどさ」
「そうそう、足でも使えるから」
美しさを保つためには全身をもっちり保湿する必要があるのだ。文句言いながらもヨーイチはすぐに保湿クリームのボトルへと向かっていく。
「いっつも言うけど、やり方が分かんねぇんだけどなぁ」
スマホを片手にやり方を軽く検索するあたり、何だかんだでヨーイチは勤勉なのだ。その間に私は足だけシャワーで流した後に、スウェットに着替え、裸足になって椅子に座る。
「準備、OK~♪」
「はいはい」
どんと座った私の足元にヨーイチは傅くように跪く。
「うむ、よきに計らえ」
「はいはい」
ボトルのポンプを押すと、先からからむにゅりと白いクリームが練りだしてくる。ヨーイチはそれを手の平で受け止めると、それを私の右のふくらはぎに圧しつけた。
にゅぅ~っと白いクリームが私の腓腹の上で伸ばされていく。ひんやりとしたのは最初だけだ。冷たい感触はすぐに体温と同じものになる。順調に塗り伸ばされていたクリームだが、途中でその感触がカサついたものに変わる。それを見てヨーイチは「もう少しいるな」と言いながら手の平に保湿クリームを追加した。
「おっ、いい感じ」
腓腹から脛まで、クリームをたっぷりと塗ったヨーイチの両手が何度も私の下腿を行き来する。
にゅる、ぬる、にゅるり――
粘液質な感触が私の下腿を包み込む。それが心地よい。膝から足首まで入念に塗りつけられる。これでまず下準備はOKといった所だろう。ヨーイチもそれを察したのか、私の顔を見上げて訊いてきた。
「じゃあ、力入れてくぞ~」
「おねが~い」
「あいよ」
ヨーイチの返事とともに、むぬっ……っと圧が加えられる。
「うおっ!?」
「痛かった?」
「いや……でも、もうちょい弱めで」
「OK」
痛いとまでは言わないが、もう少し弱めの方が好みな気がする。こんなことを頼んでおいてなんだが、実は私もフットリフレとか受けるのは初めてなのだ。
私の要望を汲んでヨーイチの圧が緩まっていく。筋肉を押し潰すのではなく、圧し解す感じだ。
「あ~ぁ、それ、それくらい。丁度いいわ~」
皮膚表面に塗りたくられたクリームのおかげで、筋肉ににゅるりとした不思議な刺激が加えられる。これは普通のマッサージでは得られない感触だ。
ぬぅ~ぅ、ぬぅ~っ……っと、上から下へ、アキレス腱から膝の裏まで、手の平に塗り付けられたクリームと一緒に筋肉の疲労までが押し流されていく。
「くぅ~っ、次はもうちょっと圧強めで」
「あいよ~」
さらに加えられる圧。一番最初と同じくらいの力加減。だが先ほどと違って刺激になれた筋肉は心地よくそれを受け止めてくれた。
ぐに、ぐに、ぐにぃ~ぃ
先ほどよりも力強く、ふくらはぎや脛に溜まった筋肉の疲労が押し上げられる。きっと血流も良くなっているのだろう。右足全体がぽかぽかと温かくなっていく。
「じゃあ、次は指の方もいくぞ~」
「は~い、おねが~い」
追加される保湿クリーム。それが足の指と指の間に、にゅるりと忍び込む。
「うひっ!?」
「あれ? 痛かった?」
「んや、メッチャこしょばい。でも続けて」
「あいよ」
再び私の足の指の間にヨーイチの指が侵入していく。
にゅる、にゅる、にゅるり――
「うひ、うへへ」
「おいおい、大丈夫かよ」
「うん、大丈夫。こしょば気持ちいい」
指と指の間のにゅるりとした感触。それが何とも言えず心地よい。
「そうか? じゃあ、どんどんいくぞ」
「ほ~い」
次はグイっと圧が加わる。
「うぬぅ」
「いや、だから大丈夫なリアクションなのか? それは??」
「だいじょ~ぶ、もっとやって~」
足の指の間をクリームを塗りつけた指が入り込み、むにゅりとした感覚が這う。
コレ、キモチイイ!
ぬむ、ぬむ、ぬみぃ~~ぃ
ヨーイチが私の親指をつかみ、足の指が包み込むように刺激される。
人差し指、中指、薬指、さいごに小指。順々に指がぬみぬみと揉み解されている。つかんで最後にちょっと引っ張る。それがまた気持ちいい。ああ〜〜ぁ、こりゃたまらん
指先をいじられる妖しげな感触に酔いながら、夢見心地なまま私は言った。
「次は足のうらグリグリやってみてぇ~」
「あいよ~」