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キョーコとヨーイチ  作者: バスチアン
耳かきはひとにやってもらう方が気持ちいい
6/9

耳の中をクリクリ


「はい、これ」


 ヨーイチに手渡した。


「耳かき?」

「そう、買って来た。コンビニで」

「それで……俺にどうしろと?」

「やって」

「まぁ……そういう流れだよな」


 私が手渡した耳かきのパッケージを開けながら、ヨーイチはため息を吐く。私が買って来たのはよくあるお尻にボワボワの綿毛がついた一般的なヤツだ。

 たぶん家探しすれば買わなくてもあったんだろうけど、未だに荷ほどきの終わっていないダンボールから発掘するのはなかなかにメンドイ。いや、引っ越してしばらく経つけど冬服が必要な時期までダンボール開けないかもしれないな、マジで。


「そういえば前に耳かき屋に行ったって言ってたよな」

「うん」

「そこは行かないの? スゲー良いっていってたじゃん。和服のお姉さんの」

「そうなんだけどさ。場所が分かんないんだよね」

「忘れたの? スマホで調べればいいじゃん」

「いや、どこにも載ってないのよ」

「出ないの? Twitterとかインスタとかでも? 今時そんな店あるんだ?」

「駅前のどっかのビルだったと思うんだけどな~」


 以前、ふらりと立ち寄った耳かき屋さん。耳かきなんて普段は思い出したときにしかやらないんだけど、その時は何でか入っちゃった。和服の浮世絵美人のお姉さんがやってるお店で、すごくイイ感じのお店だったんだけど、場所を忘れちゃった。駅前にあるどっか雑居ビルの3階だったのは覚えてるんだけど、何でか見つからないんだよね。そんな変な場所じゃなかった筈なんだけどなぁ。


「せっかく1カ月くらい我慢したのにさ」

「それで耳かき買って来たの?」

「そういうこと。ほい、じゃあお願い」


 言ってゴロリと横になる。

 もちろん着地する先はヨーイチの膝の上だ。


「いや、お願いって言われてもやったことねーし。怖くね?」

「大丈夫、大丈夫」

「何の根拠だよ」

「も~う、しょうがないな~」


 そう言ってゴロっと起き上がると耳かきと一緒に買って来た綿棒の箱を渡す。


「ほい、これ。これなら大丈夫でしょ」

「いや、まぁ、耳かきよりかは難易度低そうだけどさ」


 言いながら透明な包みを破って耳かきを取り出す。コイツは何だかんだ文句を言いながら、言う事を聞いてくれるヤツなのだ。

 私は再びヨーイチの膝の上に着地すると耳の穴を開いて綿棒を待つ。


「早くしてよ~」

「いや、ちょっと待って。やりかた調べるから」


 そう言ってスマホで何かサイトとか動画を見始める。いやいや「耳かきは本当はやらなくてもいい」とか、そういう豆知識は求めてないから。


「早くして~」

「へいへい、分かったよ」


 心の準備が済んだのかヨーイチは綿棒を一本摘まんで私の耳たぶに当てる。


「どう?」

「いや、耳たぶとか綿棒されてもね?」


 そこはそんなに気持ちいいとこでもない。


「ビビり過ぎじゃないの?」

「いや、ビビるだろ、普通、やったことねーし」


 悪態を吐きながら耳を軽く引っ張る。


「おっ、ソレ、ちょっと気持ちいい」

「引っ張るのが?」

「そうそう……って、アタタッ、それは痛い。耳たぶ摘まむの強すぎ。引っ張るのはいいけど」

「注文多いなぁ」


 ブツクサ言いながらも耳を引っ張る力は緩んでいる。

 うん、これくらいがちょうど良い。


「んじゃ、やるよ」


 ヨーイチはビビりながらゆっくりと綿棒を耳たぶに当てると、そこからゆっくりと外側から縁に沿ってなぞり始めた。


 ズズズ~~ッ


 綿棒が耳の溝を掃除していく。


「どう?」

「まぁまぁ……かな?」

「じゃあ、これは?」


 ズリズリ、ズリリ~~ッ


 さっきよりも、ちょっと強め。引きずるような音を立てながら内側に向けて綿棒は進撃する。柔らかい綿棒の頭が力強く耳介を刺激すると、耳を起点に心地のよい感覚がゆるゆると広がっていく。


「だいぶ、汚れてるな」

「お風呂入っても耳とか洗ったり洗わなかったりするしなぁ」

「綿棒変えるぞ」

「うん、どんどんやっちゃって」


 130本入りの綿棒はガンガン使ってもまるで問題なし。耳介溝の窪んだ部分。自分の指じゃちょっと届きにくい部分にもズムズム侵入して溜まった汚れを搔き出してくれる。やっぱりこの自分では触れないところを他人に触られるのって、何とも言えない気持ち良さがある。

綿棒にぐいぐいと力が加わる。すると耳介の窪んだ部分に綿棒の先がカポッとはまる。


「あっ、そこ」

「ここ?」

「そう、ちょっと、ぐり~ってしてみて」

「こんな感じ?」


 ぐりぃ~~~ぃ


 柔らかな綿棒の頭に捻りが加わり、グリ~っと回転する。


「どう?」

「イ~感じ。何か耳つぼに当たってる感じ。もうちょっとグリグリやってみて」


 ぐりぐり、ぐり~っ


 先っちょが回転する。

 綿棒の軸がしなるおかげか当たりが柔らかい。ちょうどイイ感じで、イタ気持ちいい。

 ぐりんぐりんと綿棒は溝のゴミを搔き出していく。

 なかなかに悪くない。とはいえ、それはあくまでも前座だ。


「そろそろ耳の穴の中にも入れてよ~」

「お、おう……」


 緊張した声でヨーイチは応える。普段は偉そうなのに、こういう時はやっぱりビビりだな。

 そんな様子を何となく面白く思いながら、私の耳は綿棒を待ち構えていた。


「い、いくぞ……」

「そんなに緊張しなくても綿棒短めに持って鼓膜にさえ当たらなかったら大丈夫だって」

「その長さ加減が判んねぇんだよ」

「とりあえず綿棒の先の部分くらいはセーフティーゾーンなんじゃない?」


 適当に言う。

 まぁ、自分でやるときもそれくらいは入ってると思うから大丈夫だと……思う。普段は綿棒でやらないけど。

 私の適当なアドバイスにとりあえず自信がついたのか、ヨーイチは覚悟を決めて綿棒を私の耳の穴に向けた。


「行くぞ」

「はいはい、どうぞ~」

「お、おう……」


 綿棒の丸い先端がゆっくりと耳の中へと侵入していく。

 まず感じたのは、ぐむぅ……っとした感覚だ。

 綿棒の腹の部分。丸みを帯びた綿の塊が私の耳壁をゆっくりと圧迫する。


 ぐむ、ぐむ、ぐむぅぅ~


 場所としてはまだまだ耳の入り口付近といったところだが、それでも自分の指でこういう触り方は出来ない。それが堪らなく心地良い。


 ぐむぐむ、ぐむ~~ぅ


「あ~~、いいわ、その感じ」


 ぐむぐむ、と綿棒が耳道を圧迫する。まるで体の中からマッサージされるような異様な感覚に背筋にぞくぞくとするものが走った。


「自分でもたまに耳かきするけど、やっぱり他人にされると違うわよね」


 マッサージとかもそうだけど、こういうのって他人にされると気持ちいい。他人に任せてるって感覚が何かぞくぞくするのだ。とはいえ、さすがにこの前の耳かき屋さんに比べたら全然だけど、まぁ、あれはプロだから仕方ない。

 そんな本音を知らず、ヨーイチは私の言葉に安心したのか、今度はちょっと強めの力で綿棒をぐりっと回す。

 うむ、悪くない。


「ん~~、そこそこ」

「ここ?」

「うん、そこ」


 綿棒の頭が、ずむぅ……っと沈み込むのが分かる。

 同時に耳の穴が擽られるように異様な感覚に背中が疼く。

 そうしてさらに綿棒に捻りが加わる。同時に


 ずりゅっ!


 と大きな音がした。

 もちろん耳の中だからそう聞こえただけで、私以外には聞こえていないだろう。だけども私の中では轟音だ。


「うおっ!?」


 強烈な刺激に思わず声が出た。


「え!? キョーコ……大丈夫??」

「あ、うん、大丈夫。何かツボに当たった感じ。けっこう気持ち良かったかな」

「そ、そう?」

「そうそう、今のもう一回」


 今のはなかなか良かったな。何か、自分の中にあった余計な皮が一枚剥がされた感じ。まあ、耳垢って分泌液とか、古い皮膚とか、そういうのの塊だから、皮を剥かれたって表現もあながち間違いではないだろうけど。


「ほらほら、さっきのもう一回」

「ああ、えっと……こんな感じ?」


 ぎゅむっ!


 さっきのヤツを再現しようとヨーイチは指先に捻りを加えて綿棒を押しつけるんだけど、さっきのとはちょっと当たってる場所が違う。ずりゅっ!……じゃない。


「う~ん、惜しい」

「じゃあ、ここは?」


 ぐぬぅっ!


「そこは違う」


 今度もちょっと違う。悪くはないんだけどね。

 ヨーイチは色々と工夫しているのか、耳の中で綿棒がぐりぐりと動く。


「う~ん、違うな~」


 別に気持ち良くないわけじゃないんだけどね。でもさっきの、ずりゅっと来たヤツとは違うのだ。


「ムズイな……」

「もうちょい奥に入れても大丈夫……って、イタッ!」

「あっ、ゴメン」

「も~、下手くそだな~」

「う、うるせぇな!」

「はい、やりなおし」

「わ……わかったよ」



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