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キョーコとヨーイチ  作者: バスチアン
背中がかゆい時は掻いてもらえばいい
5/9

背中をカリカリ


「う~ん~~~」

「なに?」

「背中かゆい……掻いて」

「いきなりだな」


 ヨーイチは何だか不満そうな顔をする。

 だけど問題ない。ヨーイチが私の命令を聞くのは自然の摂理なのだ。


「まぁ、いいけどさ」


 ほらね。

 私は背中を向けてゴロンと寝転がる。


「ん……掻いて」

「へいへい」


 寝そべった私の背中にヨーイチは手を伸ばす。

 Tシャツの上から背中に指を当てる。

 ポリポリポリ、ポリ……


「ん?……んん??」


あれ?

何か、前と違う。


「キョーコ?」

「んんぅ? んん~??」

「いや、だから何?」

「弱い」

「は?」

「力弱い、もっと強め」


 そう。今日のヨーイチの指先には力強さがない。この前はもっとポリポリした感じが気持ち良かったのだ。


「こんくらい?」


 さっきよりも強めに背中を掻く。

 ポリポリ、ポリ~

 指先には力がこもっている。だけど――


「ん~、何か違う」

「もうちょい、強め?」


 ズリズリズリ~~ッ

 Tシャツの生地ごと引っ張られる。ここまで力がこもると、もう擦っているようなものだ。掻くのとは違う。


「いや、気持ちいいけど、これだとマッサージみたい」

「注文多いな」

「だって、今日は掻いて欲しいの。背中、か~ゆ~い~」


 そうして、ふと原因を思いつく。


「ヨーイチ、アンタ、ひょっとして爪切った?」

「そういえば、昨日切ったな」

「も~う、何で切るの~」

「いや、そりゃ、伸びたら切るだろ」

「私のために切らないでよ~、それか私のために爪切り使わずにヤスリで削って~、背中をちょうど掻ける長さにそろえててよ~」

「ピッチャーかよ……」

「ん? 何、それ?」

「野球のピッチャーは爪切る時に爪切り使わないんだよ。爪の長さでボール投げる時の指の引っかかり方が変わるから」

「へぇ~、そうなんだ」


 元サッカー部のくせに、よくそんなこと知ってるな。とは言え、そんな豆知識を聞かされても私の背中のかゆみは治まらない。


「もう〜、しょうがないな」


 そう言って、私はTシャツの裾を半分ほどたくし上げて背中を向ける。


「ん……直接、掻いて」

「しょうがないって何だよ……」


 ヨーイチは文句言いながら私の背中に手を伸ばすと、垂れた裾の下からTシャツの内側に手を入れる。

短く切りそろえられた爪の先がゆっくりとと私の背中に触れた。


「んぅ……」


 小さく声が漏れた。さっきまでのシャツ超しと違って、素肌に直接触れられるのは段違いの感触だ。爪の先が僅かに私の肌に食い込んでピリッとした感覚が皮膚の上を走る。


「あれ? 痛かった?」

「ん~ん、全然大丈夫。むしろもうちょい強めでもOKかな」

「そう? じゃあ、もうちょい強めで」


 そう言って、爪の先端がさらに深く背中に食い込む。背中にはさらにピリリとした感覚。それが肩甲骨の内側を何度も行き来する。

 カリカリ、カリカリッ

 左の肩甲骨の内側。うん、この前と同じ場所だ。ちゃんと覚えていたらしい。感心、感心。

 切ったばかりの爪はまだ丸みを帯びていなくて、尖った感触を私の背中に刻んでいく。それがかゆい部分を何度も通り過ぎる。


「どう?」

「うん、きもちいぃ~い」


 カリカリ、ポリポリ

 子気味良く背中のかゆい部分がこそぎ落とされていく。


「ん~、いいわ~、その感じ。もうちょい爪立ててくれる」

「……こんな感じ?」


 ほんの僅かに爪の角度が増す。しかしその効果は絶大だった。先ほどよりも明らかに鋭い爪先は、私の背中に心地の良い刺激を与えてくれる。

 カリカリ、カリカリと短いストローク。ヨーイチの指先が子気味良く背中を掻いていく。


「ん、ん~~ぅ、いいわ~♪」

「ソウデスカ」

「そうよ、イイ感じ」


 カリカリ、ポリポリ

 うん、実に良い。

 そんなことが何度も繰り返されるうちに、肩甲骨の際はすっかり痒みからは解放されていた。


「う~ん、ちょうどいい塩梅(あんぱい)ね。次は背中全体でお願いね」

「注文多いな……」

「いいから、ほら! やってみて」

「へいへい……」


 やっぱり文句は言っても断らないヨーイチ。それに満足した私は背中を完全に丸出しにして、そのまま床にゴロっと寝っ転がる。


「準備万端~♪」


 爪を待ち受ける私の背中。

 首筋の下の部分にヨーイチの爪先が触れた。

 今度は長いストローク。引っかかる物のない背中の上を、ヨーイチの指先がずぃ~っと引っ搔いていく。同時に痛みにも似た快感が文字通り背筋を走り抜けた。

 コレ、イイ、キモチイイ


「くぅ~~っ」

「キョーコ、今の声、何かおっさんくさい」

「何よ。乙女に向かってにおっさんとか失礼ね~」

「いや、25才で乙女はイタイだろ」


 背中越しにもヨーイチが苦笑いしているのが解る。まぁ、自分で言ってても乙女とか出来の悪い冗談過ぎて苦笑いが思わず出てしまう。


「何だよ?」

「ん~ん、何でもな~い」


 とりあえず今は背中をポリポリ掻いてもらうのが気持ちいい。


「んぅ~~~、もっと、右~~」

「へいへい」





 お気に入りのマグカップでココアを飲んでいると、ヨーイチは私の顔を覗き込む。


「相変わらず好きだな」

「ヨーイチは甘いの苦手だもんね」

「うん、ココアとか絶対無理。そもそも牛乳温めたり練ったりとか面倒くさくて無理」

「アンタらしいわね」


 そう言いながらココアを一口。

 うん、美味い。


「まぁ、牛乳は買ってくれてるから助かるわ」

「シリアル食べるのに使うからな~」

「アンタらしいわね。まぁ、来たときはココア飲むから粉は冷凍庫の隅に置いといてよ。どうせ氷と冷凍のチャーハン以外は入れてないでしょ?」

「まぁね……ってか、そんなん言うならキョーコ作ってよ、料理」

「そういうことはまず鍋買ってから言いなさいよ」


 料理出来なわけじゃないけど、さすがに鍋もない家では作れない。


「そんなん言って、俺、キョーコが料理作ってるとこ見たことないよ」

「ヨーイチがいない間に作れるようになったのよ」


 コイツ信じてないな。

 まったく失礼なヤツだ。


「じゃあさ、今度さ、鍋買いに行こうぜ」

「善処するわ」



<了>

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