もみもみするヤツ
ヨーイチの部屋の隅に転がっているものを見て、私は声を上げた。
「へぇ、こんなの買ったんだ?」
手に取った本の表紙には『これで解決、全身100のツボ』と書いてある。こいつはどうにも最近、肩こりの解消グッズにハマっているらしい。
「効くの?」
「さぁ? とりあえずツボ押しの参考にはしてるけど」
「電気のヤツにも使えるの?」
「多分な。よく分かんないけど」
「まぁ、あれはとりあえず貼って電気流したら気持ちいいもんね」
この前からヨーイチの部屋に備え付けられている電気治療器は私のお気に入りで、この前使い過ぎてパッドの粘着力が弱くなったので、予備のパッドを買わされたところだ。地味に高いのでびっくりした。
「ねぇ、ちょっとやってみてよ」
「えぇ~、俺が、キョーコのマッサージするの?」
「うん」
「こういうの逆じゃね?」
「え~、そういうのって、ダンソンジョヒだと思う?」
「そうか?」
「そうよ」
ヨーイチは何だか納得いかない顔だ。
でも仕方ない。ヨーイチが私の言うことを聞かないといけないのは、昔から決まっていることなのだ。でもそれだと可哀想だから、ちゃんとサービスしてあげよう。
「私もあとでやったげるからさ」
「う~ん、だったら、いいけどさぁ……」
渋々ながら答える。しかし言わせてしまえば、こっちのものだ。嫌々いいながらも、ヨーイチはやるときは真面目にやるからだ。
「しゃあねぇな~。じゃあ、肩貸して」
「ん」
ほら、チョロい。
黙って背中をヨーイチに向ける。
「じゃあ、やるよ」
「ほーい」
ヨーイチが私の肩に触れる。
太い親指がぐむぅと筋肉を捉えた。
「ん~~っ、効くぅ~ぅ。そこってツボなの?」
「うん、名前は忘れたけどナントカってツボ」
「いいかげんね」
「いいじゃん、効くだろ?」
もう一度ぐいっと押す。すると首の付け根が熱くなり、背筋に電気が走る。
なかなかに悪くない。
悦に入った私にヨーイチは言う。
「ふ~ん、前よりも柔らかいかも」
「ホント?」
「多分」
「いいかげん、この前触ったばっかりじゃん」
「あれはノーカンだろ……おりゃ!」
「あぅ! そこ……効くぅ」
グリっとされると、これがまた効く。歯ぐきが浮くような感覚に酔いながら私はされるがままに肩を揉みほぐされる。
「ああ~、いいわ。ちょっと首の方もやってみて」
「首は座りながらだと難しそうだな」
「OK これでどう?」
ごろっと横になる。
その手際の良さに感服したのだろう。ヨーイチは無言のまま私の首を揉み始めた。親指が首の筋を引っ掻けるように捉え、ゆっくりと指圧を加える。ぐむぐむと音を立てるようにして事務作業で硬くなった首がほぐれていく。
「ここ、目に効くツボね。名前は忘れたけど」
そんないい加減なことを言いながら、ヨーイチはうなじの窪んだ部分に指を入れる。
ずぅ~んとした重い感覚。頭の中心にまで響いてくる。そして指が抜かれると同時に現れる解放感。目を開けると何だか視界が明るくなっている。
「本当に効くんだ」
「だろ? ここは自分でも押せるツボだから」
「器用ねぇ」
後頭部だから自分でも触れることは触れるけど、力を入れて押すのは難しそう。
「次は腰もやってね」
「おいおい」
「は~や~く~」
私はもう一回ごろっと横になると、そのまま背中を差し出した。
「まぁ、いいけどさ……」
諦め気味にヨーイチはため息を吐く。
そうして始まる腰マッサージ。
マジ、ぱない!
よし、今日からヨーイチを私の専属マッサージ師にしよう。異論は許さない。
「キョーコ、何か妙なこと考えてないか?」
「ううん、別に~……あっ、そこ、もっと強めで」
「へいへい」
背骨に沿ってぐいぐい指が入っていく。
あ~、これは極楽だわ。
だんだん眠くなってきた…………
ヨーイチの家の玄関で私は靴を履き背筋を正す。これはいつもの癖で、ルーティンというか、スイッチをONにするための儀式みたいなものだ。そうして私はいつものように向き直りヨーイチに言った。
「じゃあ、たまには実家に顔見せなさいよ」
「へいへい」
ああ、これは絶対に見せないヤツだな。
呆れながら頭を掻く。
ドライヤーが足りなかったのか髪の根元に湿気を感じたけど、まぁ、その内に乾くだろう。
「何?」
「何でもないわよ」
まったく、コイツは。
まぁ、顔を見せにくいのは解らないでもない。
「じゃあ、キョーコ、また来週」
「はいはい、また来週来るわよ」
<了>