グリグリするアレ
ヨーイチの部屋の隅に転がっている棒を見て、私は声を上げた。
「ねぇ、コレ何?」
それは掌に収まるサイズの短い木の棒だ。握ると調度いい太さで先が丸くなっている。それを見てヨーイチは頭を捻る。
「ああ、それね……ええっと……名前は何ていうのかな。ほら、アレだよ」
「あれって、何よ?」
「アレだよ、ほら……えっと、ツボ押し? 肩こりの筋肉をグリグリする。足とかにも使えるけど」
「ああ、バラエティ番組とかの足つぼとかでも使ってる?」
「そうそうアレ。正式な名前は分かんないけど。最近、買ったんだよ」
ヨーイチは見本を見せるようにツボ押しを私の手から奪い取ると、自分の肩の筋肉に突き刺すようにぐいっと押しつける。同時に「うぅっ」と心地よさそうな声が漏れた。ヨーイチが肩こりのことを口にするようになったのは社会人になってからのことだ。
そう言えば、最近、肩こりの文句が減っている気がする。アレのおかげだろうか?
「それって、効くの?」
「う~ん、どうだろ? 多少マシにはなった気がするけど」
言う間にも、ヨーイチはツボ押しをグリグリっと動かす。するとまた彼は「うぅ~」と気持ち良さげに声を漏らす。
「気がする」なんて言い回しのくせに、口元はすっかり緩んでしまっていた。私もちょっとやってみたい。そんなことを考えると、ヨーイチはすぐに訊いてくれるのだ。
「キョーコもやったげようか?」
「私も?」
「たまに肩凝るって言ってるじゃん」
「う~ん、そうねぇ」
いちおう考えるフリはする。
事務職の私もヨーイチほどではないけど肩コリ持ちだ。仕事中は肩をグルグル回したり、自分で揉んだりしてはいるのだが、全く追いついてはいない。肩に手を回してみれば、肩の筋肉はガチガチに固まっており、表面はひんやりと冷えていた。
「ほら、やったげるよ」
私の返事を待つよりも早くヨーイチは背後に回り込む。
大人しく私は背中を貸す。手に持っているのはツボ押しだ。ヨーイチは「行くよ」と言うと、そのまま丸くなった先端を私の肩にグリっと押し当てた。
「うおっ!?」
まるでそこに最初から穴が空いていたかのようなフィット感。木製の棒がグリリっと捻じ込まれ、痛み混じりの快感が脳天を直撃する。
「どう?」
「痛い……けど、き、気持ちいい……」
「だろ?」
これは予想以上だ。ツボ押しがぐいぐいと押し当てられる度に硬くなった肩の筋肉がほぐれだす。
「き、効くぅ~」
ゆっくりと肩に捻じ込まれる感じがまた痛気持ちいい。
「ここが肩こりに効く何とかってツボらしいよ」
「何とかって、何よ?」
「忘れた。でも場所はあってるはずだし、効いてるだろ」
呑気に言いながらヨーイチが肩の上をグリグリやる。
そこは確かに肩こりに効くツボだったんだろう。張りついた筋肉が一枚一枚剥がされて、そこへ新鮮な血液が流れ込んでいく。いや、実際どーだか知らないけど、何かそんな感じがした。
「触ってみ?」
「おっ!? 柔らかくなってる!」
先ほどまでひんやりしていた肩に熱を感じる。指で押せばわずかではあるが指先が沈んでいった。
マジですごいなツボ押し!
こんなに効くんだ!!
「だろ? 次、首ね」
「うん♪」
こりゃたまらん。
まさかこんな木の棒にこれだけの効果があるとは!
首に当てられたツボ押しがゆっくりとめり込んでいく。
「ッ……痛い」
けど、気持ちいい。涎が出そうになるのを我慢しながら私は呟く。
そんな私にヨーイチは容赦なく首をグリグリする。
「ヤバイ、ツボ押しハマりそう」
「だろ?」
「う~ぅ~ぅ~っ、堪らんわ~ぁ」