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今宵は曼陀羅け 弐  作者: AKIRU
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クリスマスイヴって?

宗教についての小説ではありません。

フィクションです!

フィクションなんです‼︎

 

  クリスマス・イヴって?



 六人掛けよりゆとりのあるテーブルの上は、ジャンルの垣根を超えたテーマパークのようだった。

 骨付きラム、ローストビーフ、山賊焼きの肉ゾーン。

 手まり寿司、いなり寿司、バケット、ピタパンの炭水化物ゾーン。

 温野菜、生野菜、カットフルーツのビタミンゾーン。

 苺のシフォンケーキ、フルーツタルト、ガトーショコラのデザートゾーン。

 数種類のチーズ、数種類のナッツ、焼き栗、ドライフルーツのストレートゾーン。

 シャンパン、ワイン、ビール、日本酒、焼酎、モルトウィスキー、炭酸水、水、リンゴジュースなどの飲料ゾーン。

 よくわからないが、個人の好きなものを選んで楽しんで下さいーー。という配慮なのだろう。

 それぞれの前にグラスが置かれた。シャンパングラスだったが、私のグラスにだけリンゴジュースが注がれた。

「じゃあ、かんぱーい!」

 芙華さんが仕切る。みんなはあたりまえのように、「乾杯」「メリークリスマス」と、グラスを掲げた。

「はい、注目!」

  シャンパンを飲み干した芙華さんが席を立ち、全員の顔を見回す。

「今日は初顔合わせの人もいるので、自己紹介必須ね」

 私とふたりきりでいる時の彼女と、身内の方々といる時のテンションの違いに、違和感はない。私といて愉しいと思う人の方が珍しいのだから。

「私は三浦芙華(みうらふうか)、年は聞かないで! って、ユヅちゃんと一緒だけど。大学では経済やってます。宅建取りました!公認会計士見習い中です。婚約者いまーす!」

 すとん、と座り尊さんを指名した。

 立ち上がった尊さんは、柔らかな笑みを浮かべ、着席している五人へゆっくり目配せた。

「俺は家主の三浦尊(みうらたける)、年はヒ・ミ・ツ」

「そのうち四十だろ」

 悟さんが呟く。

「まだ三十半ばだもんね。会社経営してます。カノジョ絶賛募集中でーす」

 尊さんは芙華さんの真似をしたのか、裏声で可愛らしくまとめて座ると、悟さんを指名した。

三浦悟(みうらさとる)、二度めの大学一年生、工学部、以上」

「サトちゃん、やり直し!」

 ささっと済ませた悟さんに、芙華さんのダメ出しは容赦ない。

「みんな知ってんだから、別にいいだろ」

「そう? 明日誕生日だし、海外の大学断念したし、高給取りだし、ドクターヘリのパイロット志望だしーー」

 芙華さんが喋りだすと、尊さん以外は揃って驚いた。

 以前は、トップ水準のシステムエンジニアになりたいようなことを語ってくれたのだ。高専卒業の地点で、情報処理技術者やITパスポートなどの資格を修得していたが、アルバイト程度で、芙華さんが高給と言うはずもない。海外? 辞めた? どちらも初めて知った。悟さんほどのレベルで、医療機関のパイロット? この数年の間に、いったい何があったというのだ!

 まさか、尊さんからお手当てが……。

 マサチューセッツ工科大へ行こうとしたが、やはり彼とは離れられない。だから諦めた……。

 明日は誕生日。

「えーーーーー!? 悟さん、山羊座だったんですか!」

 私としたことが、つい、取り乱してしまった!!

「失礼しました」

 私は平静を装い、深々と頭を下げた。

「じゅ、十条さん、アタマ!」

 隣に座っていた芙華さんがあわてふためく。

 と、左隣から手が伸びてきて、頭が落ち着いた。尊さんは私にウィンクして、悟さんに指名され立ち上がったユヅさんへ目線を移した。

「僕は枚方弦(ひらかたゆづる)。医学部二年です。救命救急のフライトドクター目指してます。弟と二人暮らしだけど、解剖学と夜間のバイトが忙しくて、三浦家で栄養管理してもらってます。ちなみに乙女座です」

 はにかみながら話すユヅさんは、そこら辺の女人よりも愛らしい。隣の席で笑う青年の額を(はた)き、バトンタッチした。

「俺は枚方七海(ひらかたななみ)、まだ一年の医大生。最近は、解剖バカの弦に連れられ、時々こちらでご馳走になってます。将来は金沢(じっか)の病院を継げと、(あに)に脅されています」

 なるほど、この二人は兄弟で医大生だったのか。ユヅさんはフライトドクター志望……ん? 悟さんはドクターヘリのパイロット志望。と言うことは、尊さんではなく、ユヅさんが悟さんの未来予定図を変更させたのかー!?

 小柄で可愛い系のユヅさんと、ツンデレ系の悟さん……。山羊座と乙女座! お似合いだ! 理想的過ぎる! 

 などと喜んでばかりもいられない。弟の七海さんも、ユヅさんをかなり慕っているように見える。尊さんも、ユヅさんを可愛がっているような雰囲気だ。

 これは、ユヅさんを大日如来と見立て、秘密三部教を飛ばした理趣経!! カルマ曼荼羅!! 小宇宙!!

「十条さん、また瞑想してたでしょ。早く自己紹介して」

「え? あ、はい」

 いけない、現実と想像と妄想の狭間が危うい。

「わたくしは、十条如月(じゅじょうにょげつ)と申します。伝法灌頂(でんぽうかんじょう)を修得し、修士課程にて密教を深堀り中です」

 ユヅさんと七海さんが、首を傾げる。

「簡単に云うと、僧侶の資格があって、大僧都っていう格上を目指してる最中なの。サトちゃんと同い年で、私の旦那様になるんだから」

 芙華さんが、恥ずかしげもなく……何故か自慢げに解説してくれた。

「だからスキンヘッド」

 七海さんが、ユヅさんを見て深く頷いた。

「ところで如月くん、夏休みはどこで見聞を拡げてきたんだい?」

 尊さんが、白ワインを手酌しながら話を振ってきた。

「イスラム教に触れようと、アラブ首長国連邦を回ってきました」

 六月~九月は暑さが厳しいため、ホテルなども安価なのが決め手だった。

「違う宗教も勉強するの?」

 ユヅさんが、興味深そうに身を乗り出した。

「贅沢な趣味、みたいなものです」

「じゃあ、インドとか他の国にも行ってるですか?」

 黒目がちな瞳をキラキラさせるユヅさんに、私の緊張感も解れるようだった。

「インドやネパールは、フィールドワークの中心地です」

「ちょっと待ってよ!」

 芙華さんが私の両肩に手を置いた。

「私、どこにも連れてってもらったことない! ないないない‼︎」

 彼女は、一体何を怒っているのだろう。先程からシャンパンを一息で飲んでいるせいで、もう酔いが回ったのかもしれない。

「お待たせぇ~!」

「雅子さん、こんばんは」

「おせぇーよ」

 ユヅさんに雅子さんと呼ばれた長身の女人は、通称【お誕生日席】と呼ばれる上座に落ち着いた。

「仕方ないでしょ、仕事が押しちゃったんだもんだから」

 疲れた顔もせず、七海さんが()いだシャンパンを一気にあおると、なめるように私を見つめる。背筋がぞくりとした。以前どこかでこの視線を浴びたことがある……。

「タイだ!」

 アタマに浮かんだ言葉が、声となってしまった。

「さすが如月クン」

 尊さんが鼻で笑う。と、彼女は赤ワインのグラスを持って、芙華さんと席を交代した。女王様気質の芙華さんがあっさり隣を譲り、心臓が嫌な音を立てた。

「はじめまして、私は赤羽雅子(あかはねまさこ)、白衣の看護師(てんし)

「こちらにお集まりの方々は、徳の高い、せ、正義感に充ち充ちた、た……」

 駄目だ、今生の過ちを、私は受け入れることが出来ない!

「あららぁ、如月クン、タイで()()()()ことでもしちゃったのかな?」」

 ラム肉の骨を弄ぶ尊さんは、やはりシバ神だ。

「あなたもタイへ行ったの!?」

 雅子さん、やはり『も』ですよね。も……。

「私、十三年前にタイで手術したの」

 楽しそうに話す雅子さんへ、「そんな若い頃だったのか」と悟さんが眉間をしかめても、「スゴい決断でしたね」とユヅさんが感心しても、「安くなかったでしょ」と芙華さんが勘繰っても、私の後悔は増幅中だ。

「タイはいいわよねぇ」

「い、いえ、私は、父に勉強だと、高校一年の時に連れて行かれただけで」

「私も、看護師になる前に行きたかったわ」

 言いながら、雅子さんは私のカツラを容易(たやす)く剥ぎ取り、頭頂から耳朶をじっくりじっくり撫でつける。

「わ、私はそういうのは……」

「人を焚き付けておいて、よく言うわね」

 私が何をしたと云うのだ!? あの時も、雅子さんとオーラの似かよった女人に同じようなことを言われた。

「雅子ちゃん、私の旦那様なんらからぁ、公衆ワイセツは許さなくってよぉ」

 芙華さん、呂律が回っていません!

 あと、何か違うと思います!

「いいじゃない、まだ正式じゃないんだし」

「らぁーめ! キスもしてないんらからネ!」

 ネ、じゃないです!

「え? じゃあ、十条さんって童貞!?」

 七海さん、おかしなことを言わないでください!

「坊主なんだし、いいんじゃね?」

「……僕も、まだ……」

「マジかよ!?」

 悟さん、ユヅさん! そこでそのような発言はやめてくれーーーー!!!!

「さあ如月クン、タイで何があったのか話してごらん」

  尊さんが、骨をマイク変わりに向けた。

「……誘われました」

「どのような方にですか?」

「三十代くらいの、元、男性だったお姉さんです……」

  悟さんが飲み物を噴いた。

  ユヅさんが咽せた。

  七海さんの口元が緩んだ。

「それが初めて、じゃないですよね?」

「……中学の時」

「中学生?」

「二年です」

「どこで?」

「保健室です」

「養護教諭の先生ですか?」

「いえ、教育実習生……です……」

  嗚呼、私は何を言っているのだろう。

  尊さんに、自白剤でも盛られたのではあるまいか。

「先生に襲われたんですか?」

「はい。サッカーの練習中に捻挫しーーーー!」

  つ、冷たい……。

「何するんだ芙華⁉︎」

「何じゃないでしょ‼︎‼︎」

  日本酒の瓶を、二本手にした芙華さんが背後に立っている。冷たいし、酒くさい理由に納得した。

「二人ともシャワー浴びて来て!」

  叔父と姪ではなく、シバ神とカーリー神だったのか。

  そう思うと、胸中がスッキリした。




  ☆☆☆



「悪かった」

  尊さんが、どのことに対して謝っているのかがわからない。

「あいつ、本気で如月クンが好きなんだな」

「はぁ……」

  芙華さんの父である師僧が決めた結婚に、私は不満を持ってはいなかった。彼女も二つ返事だった。それでも、お互いに色恋のような感情はない……ような気がする。正直、彼女が暴露してくれたように、キスをしたいとも思わない。手を繋いだのは、彼女がなんとなくそうしたからだった。

「この作務衣、悟のだからサイズ問題ないだろ」

  尊さんが差し出してくれた着替え。用意してきたスエットを着て食事会に戻るより、素直に従うべきだと直感した。

「それ、浅草で贔屓にしてた職人さんが、最後に仕立てたものなんだ」

  色違いの作務衣を着た彼は、優しい目をしていた。それくらい相当の思い入れがあるお方だったのだろう。

「あいつ、一度しか着てないんだ。よかったら貰ってほしい」

「ありがとうございます」

  想いの込められたそれは、生地も縫製も私には勿体無いものだった。

「いやいや、いいカラダ見せてもらったからね」

「ーーーー‼︎」

「普段からしっかり管理してる、真面目な修行僧の手本だ」

  う、尊さんを疑ってしまうとは、私の眼は曇っていたのですね。

「さて、戻るとしますか」

  「ひぃっ‼︎」

  尻を叩かれ、つい声を出してしまった私を構うことなく、尊さんは脱衣場から出て行った。




  私たちがいなかった三十分程度の間に、かなり酒が進んだようだ。悟さんとユヅさんがテーブルの上をその都度片付けていたらしく、充分なスペースもできていた。

「その作務衣、懐かしいなぁ~」

  ほろ酔い加減の悟さんが、正面の席へ座った私にアップルタイザーを注いでくれた。

「ペアルック♪ ペアルック!」

  七海さんはすっかりご機嫌だ。

「悟さん、ありがたく着させていただきます」

「似合う奴が着るに限る」

  世辞とわかっていても、本人から言われると嬉しい。

「ヤダァ〜、黒着ると超どストライクぅ!」

「あたしのらからあげなーい」

  やれやれ、雅子さんと芙華さんは相変わらずだ。

「みんな揃ったし、プレゼント交換しよ?」

  ユヅさんが、場の雰囲気を変えるように手を上げた。

「何が哀しくて、野郎同士でプレゼント交換だ」

「サトちゃん! 女子二人もいるでしょ!」

  芙華さんに前以てそれらしいことを言われていたため、取り寄せておいたモノを持参していた。とはいえ、数が若干足りない。

「俺は、交換じゃなくてみんなに」

  尊さんは東急ハンズの小さな包みを全員へ回した。

「実は僕らからもみんなへ」

「兄弟同盟です!」

「七海が、時間のない僕の代わりに選んでくれたんで、何かわかんないけど……」

  初々しい兄弟にも見えるが、二人の間には、隔たりがあるようなよそよそしさが垣間見えた。

「あらあら、私もみんなの分用意してるのよ」

  言いながら、雅子さんはビレバンの袋を配った。

「さすがイヴ、奇跡的な偶然!」

  芙華さんは楽しそうに、各々の前へ、ハートのシールが貼られた小袋を置いた。

「ドンキでゴメン」

  悟さんも、黄色い袋からひとつひとつ取り出して、全員のグラスの横に並べた。透明なプラスチックのケースには、色違いのモバイルバッテリーが入っている。

「これ、正直言って助かります」

  思わず吐いて出た言葉に、七海さんが「スマホやPC使うの?」と訊ねる。世間のイメージとは、そのようなものだろう。

「研究室の場合は問題ないんですけど、敷地内で5Gはバッテリーの消費が早いんです」

「5G!?」

  七海さんと悟さんの声がハモった。

「オマエら知らなかったのか? あそこは5Gのテスト地帯で、東京オリンピックに先駆けて常に世界と繋がってるし、配信も国内じゃ最先端技術満載だぞ」

  さすがは尊さん。家業を捨てても、常にアンテナを張り巡らせていらしたんですね。

「ライブは鳥肌モンだしな」

  あれも、観ていたんですか……。

「まさか僧侶が世界配信ライブ」

  悟さん、インドやネパールなどとの同時空間ライブも多々あるんですよ。

「そんなことよりダぁ〜リン、プレゼントは?」

  芙華さんは、今まで聞いたことのないような拗ねた物言いをして、背後から抱きついてきた。

  怖い……。

「すみません、人数がわからなくて、これしか用意していなかったもので……」

  芙華さんの腕をやんわり交わし、テーブルに四つの箱を置いた。

「パッチ!」

「バティール!」

  今度は雅子さんと芙華さんが、揃って奇声を上げた。

「ああ、ドバイ王室御用達か」

  バティールの箱を手にした尊さんから、雅子さんが「ダメ!」と、ひったくった。

「いや、それ雅子へじゃないだろ」

「いいじゃない、レディーファーストで」

  二種類の箱を一箱づつ囲う雅子さんと芙華さんを、尊さんが呆れ顔で窘めたが、まるで意味がないようだ。こんなことになるなら、教授や研究室の先輩達に振る舞わなければよかった……。夏休み中に食べ歩いて、美味しいと実感したから取り寄せただけなのに、こんな争い事を起こしてしまうとは。

 ラクダのミルクチョコレートも、栄養価が高く美味だった。

  そうだ。

 母がひどく気に入ったので、追加買いをしていたモノも、ここに持ってきていたではないか!

 私は密封しておいた、大きめの袋を取り出した。これで荷物が軽くなった!

「……あら? この匂い」

  雅子さんが鼻腔をヒクつかせる。

「クレオパトラ石鹸‼︎」

  またハモったおふたりに、私は頑丈な化粧箱に入った香水石鹸を、密封袋ごと差し出した。

  石鹸のおかげで、三浦の叔父甥と枚方兄弟に、パッチのチョコレートとバティールの限定デーツが行き渡った。

「オンナは怖いんだぞ」

  耳元で囁いた尊さんは、喉を鳴らしてビールを飲むと、ついでのように言う。

「夏休み、芙華にナイショでドバイへ行ってきたんだな」

「激暑は閑散期で、安かったんです……」


この回で、わざわざ自己紹介をさせてすいませでした。


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