第38食目:氷砂糖
『聖女の魂は消滅しました』
諜報が得意なエールミケアは、ミルティアの近くに潜み、遠距離会話で龍姫に情報を伝えていた。
「……姫様、魂の話は」
「私はそんな話知らないし。二重思考は確かに黙ってたけど。別に無理に黙らせていた訳じゃない。単に言う機会が無かっただけよ。
そもそもミルティアがドラゴンハーフなの知ったの直前だし」
龍姫は意図的に魂の強靱さを黙っていたわけではない。
純粋に把握していなかった。
精神構造の理解は、龍姫よりも聖女の方が進んでいたのだ。
龍姫はそもそも魂と自我が分けられて、別の攻撃が可能な事すら知らなかった。
ミルティアがドラゴンハーフだと分かった段階で賭けになると思ったのは、単純に自我が強い龍族を乗っ取るのは大変だろうぐらいの理解だったのだ。
龍姫は聖女とミルティアに、龍族の情報で意図的な嘘を混ぜて伝えていた。
だが、今回の転生劇では殆ど無意味だったのだ。
龍姫は泣きそうな顔をしていた。
「死んだ。聖女が死んだか。大きな賭けをして、負けたか」
大きなライバルの死にショックを受けているようだった。
「龍姫様」
「フェルライン、恐ろしいわね。私は老いた。精神が老いた。最後に大きな賭けをしたぶんだけ聖女の方が若かったわね。でも死んだ」
「今までの聖女が消えただけです。ミルティアは聖女の記憶と能力を継承しました。敵はまだ強大で、残っております」
「そうね。よりによってドラゴンハーフが相手か。それもニールの子ね。最悪。やっぱりあいつ殺しておけば良かったわ」
龍姫は苦笑いをすると
「フェルライン、3日追悼の祈りをします。あんな奴でも死ねば神様の元にいくわ。
あいつの育ての親は神教の熱心な信者だったの。
神様のもと、育ての親と会えるように祈り続けます。
その間、全ての決断はあなたがしなさい」
「龍姫様、かしこまりました。誰も通しません」
フェルラインは頭を下げ部屋を出た。
そして
「カリスナダ」
「は!はい!」
カリスナダは近くに控えていた。
「聖女が死にました。ミルティアが能力を引き継いだ。彼女と聖女を見続けた貴女なら次の行動が読めるはず」
「はい。間違い無くやることが一つ」
「アラニアとの同盟か」
フェルラインは溜め息混じりに言う。
「ええ。エウロバと手を組むかと」
「マディア!」
「はいはい。エウロバの援護ね。皇帝一族を捕らえればいいの?」
「ええ。エウロバが新都に着いてからでいいわ」
フェルラインはドアに背を預け
「私は姫様の祈りが終わるまでここにいます。帝国が変わる瞬間は見れないわね」
「……フェル、姫様は、大丈夫か?」
心配そうに聞くマディアクリア。
「ええ、ショックを受けられたわ。似た者同士だったからね」
「眠りにつかれるとか無いよね?」
「そうね。その時はみなで眠りましょう。もっとも、しばらく先だと思う。姫様はまだやるべきことがある」
「やるべきこと?」
「ええ。エウロバは皇帝となる。ミルティアは聖女の能力を得た。オーディルビスのタチアナはミルティアとの関係が良いわ。この三勢力はしばらく落ち着いた関係になる。その間に帝国は公国をまとめあげる。その作業があるもの」
フェルラインは遠い目をして
「そうね、10年はかかるわ。エウロバでもね」
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学園生は後宮に集っていた。
「……ミルティアね」
皆が落ち着かない中、ビネハリスだけが、堂々としていた。
「別に良いじゃない。覚悟はしてたんでしょ?妾の可能性は常にあったわけだし」
ヤファとマイセクローラに話しかけるが
「……頭の整理が出来ない」
「わたしもよ」
二人は憂鬱気な顔
「しかし、ミルティアねぇ。直前に学園に入れて、ルピア以外とはまともにつるんでない。
正直なんで?感は取れないよ」
「私は五番目だからですよ、ビネハリスさん」
突然ビネハリスの後ろからの声。
「……え?……え!?ミルティア!……い、いえ、聖女様!」
ミルティアは突然ビネハリスの後ろに現れたのだ。
「別にミルティアで良いですよ。ビネハリスさん。どうせ後宮は他の誰も来ません。誰がなんと呼ぼうが気にしません」
「そ、そう。それはともかく。五番目って」
「一番タチアナ、二番ルピア、三番ビネハリス、四番スティアナ、五番ミルティア」
その言葉にヤファが叫ぶ
「タチアナ!?ルピア!?え!?だったらタチアナかルピアで」
「説明しますよ。皆さんも聞いてくださいな。
まず、転生体の重要性はそこまで高くないんです。聖女様の記憶とお力がなだれ込みますからね。健康で、禁忌を犯してなければ問題無い」
禁忌という単語にビネハリスの身体が震える。
「それよりも後宮の主の方が重大だったんです。ヤファさん。結局ルピアがやることになりましたが、誰かがやらかしたから、ルピアは転生体を外れて後宮の主になった。本来は誰だったと思います?」
「……だ、誰って。正直、ルピア以外ならマイセクローラか、ビネハリスか、私ぐらいしか」
「正解です。ヤファさんだったんですよ。後宮の主は。なんで下ろされたか解説必要です?」
青ざめるヤファ。
「た、タチアナはなんで!?」
「優秀なお兄様方が病気で倒れたからです。あれが全ての始まりです。
ここから先が大切な話です。皆さん。タチアナさんが、本来の候補だったんです。それが何故代わったのか?
それが後宮の不始末に繋がります。
聖女様は、常に信徒からの声がなだれ込むのです。そのストレスは凄まじい。
そのストレスを後宮の皆が代わりに受けていました。
それに対してですね、逃げたんですね。後宮の人達が」
皆は黙って聞き入る。
「いや、それは逃げていいぐらい、酷いことをしたんです。流行病で、一つの街が全滅寸前になりました。
そこを癒しているうちに、他の街にも波及。寝ずに祝福を連発したんです。
そうなるとですね、妾が寝てるとムカつくんですね。
殴るわ、蹴るわ、しかも顔面をですよ。そら祝福で傷は癒えますけど、そんな暇もない。
そうこうしているうちに、傷の悪化で何人か死にました」
「し、死んだ!?」
悲鳴をあげるマイセクローラさん。
「はい。妾はいっぱい死んでます。聖女様のオモチャですからね。
で、それは知っていても、当時の聖女様の荒れっぷりはヤバかった。
そして、妾は逃げた。
当然捕まえますよね。そのドタバタで、オーディルビスの民の悲鳴の声が聞こえなかった」
ミルティアは、手に持っていた氷砂糖を舐めながら
「もちろん、オーディルビスの王も悪かったんです。とっとと連絡すれば良かったんですよ。遠距離会話の魔法あるんですから。
その怠慢と、後宮のトラブルが合わさって悲劇が生まれました。
このような事態を防がないといけない」
「では、どうすれば?」
ビネハリスが冷静に聞く。
「まずですね、ストレス解消代わりに、妾をボコボコにするのからおかしいわけです。
そこは聖女として改めます」
周りはホッとした顔を浮かべる。
先ほどのミルティアの話に怯えていたのだ。
「次に後宮の役割ですね。今までは単にストレス解消のオモチャだった訳ですが、そうではなくて別の役割をして頂きます。
それが神官の代わりに、信徒の声をまとめる作業です」
「……なるほど」
ヤファが頷く。
「とは言え、八つ当たりはするかもですね。覚悟はしてください」
ミルティアはそういうと
「私は時代を変えます。後宮から変えます。前世代の後宮の物は全て捨てなさい。全て新しくしますからね」




