第36食目:純粋な少女の魂
「聖女様、日々の糧に感謝いたします」
私は日課の祈りをしていた。
おばあちゃんから、毎日言われていた。
聖女様がおられるから、お腹いっぱいご飯が食べられるのですよ、と。
ご飯が大好きな私は、おばあちゃんの言うとおりに、聖女様に感謝していた。
「明日も、明後日も、みなに祝福をお与えください」
いつものお花を捧げて、お家に帰った。
「ハリア!毎日素晴らしいね!朝、昼、晩、欠かさずお祈りしているな!」
村長さんの息子、オーダが声をかけてくる。
「うん!聖女様に感謝し続けることしか、私達には出来ないからね!」
楽しい毎日。ご飯がいっぱい食べられる生活。
聖女様に感謝するのは当たり前。
なのに
「感謝するのはいいけど、家の手伝いぐらい全部してから行ったらどうだい!?」
お母さん。
「ごめんね、でも、ちゃんと行く前に……」
「言われた事はやったって!?そら言ったことはやってるけど、あんた言われた事しかやらないのかい!!!」
いつもこうだ。
お母さんは聖女様への感謝よりも、家の手伝いをしろとうるさい。
もちろん、私は一生懸命やっている。
兄弟の誰よりも働いている。
でも、怒られる。
「聖女様、聖女様。まあ聖女様は凄いがな。俺達はそれだけじゃダメなんだよ。ちゃんと働かないとな」
お父さん。
それも分かる。
聖女様も、働きなさいって言ってるもの。
でも
「聖女様だけでお腹が膨れるわけでもないのに!」
なんでだろう。聖女様がいなかった時は、皆が飢えていた。
食べるものがなくて、皆が死んだって聞いた。
お父さん、お母さんは、その時代を知っているはず。
なのに、なんで感謝出来ないんだろう?
私は翌朝、誰よりも早く起きて、聖女様に感謝をしていた。
お供え物はお花。
この村で毎日、こうやって祈るのは私だけ。
みんな困った時には来るけれども、困らないと来ない。
「聖女様、日々の糧に感謝します……」
この村をお守りください。
そう祈った時に
『その身体、寄越しなさい』
突然。
頭に響く声
そして、光の塊が私に襲ってきた。
「な!?なにが!?」
『私は聖女。あなたが信仰しているもの。あなたの信仰は本物。あなたが次の聖女となる』
「わ!?わたしが!?」
『そう。明け渡しなさい、その身体を。あなたは二代目の聖女となる。その栄光に包まれて、消え去りなさい』
「……はい。分かりました」
わたしはそう答えると、頭の中の聖女様は戸惑うように震える。
『いいの?』
「はい。聖女様のおかげで、私は毎日お腹いっぱいご飯を食べられました。聖女様への恩返しが出来るならば、本望です。おばあちゃんもきっと喜んでくれます」
『そう。素晴らしいわ。それでは』
記憶が、意志が、能力が流れ込んでくる。
これは
『素晴らしい!これは!!!相手が受け入れれば!!!身体ごと乗り換えられるの!?不死という事じゃない!!!!』
聖女様の歓喜の声を聞きながら、私、ハリアの魂は消滅した。
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「明日か」
クローアチアはふてぶてしく座りこんでいる
「ええ。あなたも喜びなさいな。ようやく仕事から解放されるのよ」
ヒルハレイズが楽しそうに言う。
「私はやりたいことがあった」
「あんたはもう終わりでしょ。汚職の証拠なんてゴマンと上がってるのよ」
二人は談笑しているが、明日処分をされる。
「聖女様、なのか、あれは」
クローアチアが独り言のように話す。
「あの能力と、あの記憶が聖女様じゃないわけ無いでしょ」
「そうではない。ミルティアではないのか?」
「自我はミルティアよ」
「魂は?」
「ジュブグランと同じこと聞かないでよ」
少し小馬鹿にしたようにヒルハレイズが答える。
「その問答は聖女様と3ヶ月前に散々したわ。魂とはなにか?って、なんで司祭のあんたが理解してないのよ」
「魂とは欲求だ。だが、あれは聖女様の欲求なのか」
「ほら、もう答えが出た」
茶目っ気タップリにヒルハレイズが答える。
「私たちの処分は聖女様の欲求なの?違うの?それが答えよ」
ヒルハレイズは背伸びをして
「人生悔いなし。60にもなって、女漁りで晩節汚したとか言われても嫌だしね。あんたも栄光に包まれて眠りなさいな。クローアチア」
「……ふん、今更ジタバタはしないよ」
二人は部屋で横になった。
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知識の塔。
悲鳴が聞こえる。
「ふむ。時が来たか」
ハイリンケルは部屋から出る。
「ハイリンケル特別顧問!大変です!」
「分かっている。抵抗するな、逃げろ」
「そ、それが、こちらに向かっているのです!真っ直ぐ!最上階に!!!」
「それが分かっているから、逃げろと言ってる」
「は!はい!特別顧問も!」
ハイリンケルは黙って階段をくだると
「時は来た」
「まちわびた」
「ミルティアが聖女となったか」
「お前を殺して私達はここから去る」
「おぶつしね」
「長い、長い、人生だった。やるべきことは全て為した。知識は、文化は、大きく発展した。悔いはない。悔いがあるとすれば、メイル」
目の前の双子を真っ直ぐ見て
「お前の子が見たかったな」
双子は、ハイリンケルの胸を手刀で貫き通した。
「し、しなん、よ。こ、れ、では、な」
「知っている」
「もやす」
二人は油を持っていた。
「み、ミルティアは、お前らの、あね、だ」
双子は顔を見合わせる。
「お、おまえ、らに、は、なまえ、も、なかったな。あねに、なまえを、つけて、もらえ」
ゴブッ。
血反吐を吐くハイリンケル。
「お姉様、ミルティアが姉?」
「おねえさま、そうかもしれない」
双子は話をすると
「ミルティアに聞きましょう」
「みるてぃあならしっている」
双子はハイリンケルを放置し、そのまま立ち去った。
「く、くは!」
ハイリンケルは血だまりにいた。
だが、既に痛みは抜けている。心臓も癒えつつある。
龍族の治癒能力。
ハイリンケルの身体は再生しつつあった。
そこに
「ニール」
龍姫がそこにいた。
「一難去って、また一難か」
「まだ生きたい?」
静かな顔で龍姫は聞く。
ハイリンケルは目を瞑ると
「まだ夢が残っていてな」
「なにかしら?」
「お前の子が出来たら、俺が教師役をやってやると」
目を開く龍姫。
「お前らがドラゴンを狩っている間に、識都でオルグナと話をしていた。いずれこの旅も終わる。メイルも結婚するだろう。その時にお前、教師役でもやればいいと、オルグナに言われた」
ハイリンケルは遠い目をする。
「こんなどうでもいい話ばかりが浮かぶ。あれだけ求めた知識を積み重ねて。残る未練はそんな駄話だ」
「ニール」
「まだ死ねんよ、メイル。俺は自分で死ぬ決断は出来ぬ。老いたが、老いたなりにやるべきことがある」
「それもまた道ね。ただ、誰かと子を為す予定は無いけれど」
「ああ。まあいくらでも待つさ」
ハイリンケルは目を瞑り
「俺は待つのは慣れている」
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「ジュブグラン様!あれは!ミルティアなのですか!?」
ルピアはジュブグランにつかみかかる。
「私には分からん」
ジュブグランは困惑した顔を見せる。
「ヒルハレイズが言うには、ミルティアの自我が残るのは元々確定だったそうだ。
聖女様は、魂を支配しようとしていた」
「たましい?」
「ああ。思考も行動も基本的にはミルティアだ。だが、この行動の根源が魂。欲求だ。聖女様が勝ったのであれば、その欲求行動は聖女様の意のままになる」
「では、あれは」
「それが、分からんのだ。私には。ヒルハレイズなら分かったそうだが、今日にも処分される」
「わ、わたしは」
すると
「記憶とはなにか、自我とはなにか、魂とはなにか」
歌うような声
「み、ミルティア!!!」
「高度な騙し合いですよ、ルピア。結局聖女も、龍族も、誰も本当の事は伝えていない。
それだけ私を評価していたのでしょうね。
光栄です」
「あなたは!ミルティアなの!?」
「整理しましょう。記憶から。
これは混在しています。初代から延々と続く聖女様の記憶がなだれ込んだ。これにより、私の記憶は大幅に増えている。
これにより多少性格にも影響は与えている筈です。元の性格よりシニカルになった気がしますね」
「……記憶」
「次に自我。私が私であること。自分という意志。
これはドラゴンハーフであるが故に破壊されなかった。
記憶によれば、自我が破壊されずそのまま残ったケースは初めてです。
聖女はそれを覚悟で私を転生体として選んだ」
「ど、ドラゴンハーフ?」
ルピアは困惑の顔を浮かべる
「私は、龍族のハイリンケルと、貴族の母のもとに出来た不義の子です」
「な!?なんですって!?」
ルピアは驚くが
「さて、最後の魂。ここまでの説明の通り、記憶は半々。自我は全て残った。では魂は?」
ミルティアは微笑み言った。
「聖女は死んだ。私が殺した」
ジュブグランは震え、立ちすくんでいた。




