第29食目:ラマラのシロップかけ
「わ、わたしは」
目の前にはボロボロになった少女。
ルピアは呆然と立っていた。
「祓われたか。ルピア」
ジュブグランは震えるルピアを抱き止めた。
「……そのようです。もうスティアナの気配を感じません」
「こいつも死んではいない。治療するよ。しかし、ヤファとかにも暴行しないと収まらないのかと想定したのだがな」
「……自分へのイジメを止めなかったのが原因で、後宮の主を降ろされた。それで彼女は納得していたようです」
「思ったより早く済んで僥倖だ。スティアナをなんとかしてからで無いと、母上の亡霊も対処が出来ないからな」
「では、すぐにでも」
「ああ。ミルが帰ってくる前に片付ける」
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「マヤノリザは、ヘイルカリ様を目覚めさせて、アドバイスをもらったのでしょう」
フェルラインは、エールミケアの話を聞き、龍姫と話をしていた。
「ヘイルカリらしい策だものね。本当に龍族の血を上手く使いこなしてると感心するわ」
龍姫は半裸の格好でベッドに座っていた。
「龍姫様、最終的にはエウロバと、マヤノリザの対決は避けられません」
「好きにさせなさい。我々は介入しない。ソレイユとヘイルカリもすぐ眠りに戻った。
龍族はこの闘いに介入しない」
「かしこまりました」
「その上で、エールミケア、そんな事よりも双子よ。ミルティアは、あの双子を引き取ると言ったの?」
「はい。自分と似た境遇で同情しているようです」
「また凄いの抱えるのね。暗殺部隊としてでも使う気かしら」
「あの双子は魔獣をも殺します。人殺しへの忌避もない。既に百人単位で殺害しています。使いこなせるでしょうか?」
「エールミケア、あなたの目から見て、双子の感触は?」
「こいつは使えそうだ。という思惑は分かりました。しかし、あまりにも異質な存在すぎて、意志を読みとるのもままなりません」
「そう。まあ慎重に監視するべきね。あと、次は新都か」
「はい。戻りましたら案内します」
「次期神皇様は?相変わらず?」
「はい。淡々とお祈りを続けております」
「信仰心では満点ね。後は実務なんだけど」
「龍姫様、率直にお話します。姫様が敬愛するリグルド様は、信仰心という点では、かなり冷静な目で見られておられました。実務のトップは、信仰心に捕らわれる必要はないかと」
「……確かにね。リグルド様は神の加護を期待していなかったからこそ、あそこまで手を打った。それこそが神の望んだ事だとしても」
「引き続き人材は探します」
「そうしてフェルライン。もうあとは神教だけよ。マヤノリザが戦いを避けた今、皇帝一族はもう終わり」
龍姫は寂しそうに言った。
「長く生きると、悲しいことも多いわね」
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「朝ご飯も果物だらけ!」
ラマラという酸っぱい果物に、砂糖水がかかっている。
「わたしは、果物が好きなの」
「素晴らしいこだわりです!」
隣に座っているエウロバさん。
朝起きてから、ずっとべったりとくっ付いている。
「明日いなくなるのか」
「そう聞いています」
「まあ、私も忙しくなるしな、仕方ない」
寂しそうに言うエウロバさん。
「帝位簒奪ですね」
「マヤノリザが戦いを避けた今、遮る者は消えた。軍隊を率いて新都に向かう」
「私も新都行くんですけど」
「へえ。食べ歩きツアーか」
「そうです!」
「しかし、新都に行くと言っても、皇帝に会うわけでも無かろう。なんで……」
突然黙る。
そして
「あのファッ〇ンビッチ!新しい神皇に会わせる気か!?もう選んだのか!?」
ファッ〇ンビッチってなに?
「そう聞いてます」
「マザー〇ァッカー!!!早すぎだろ!動きが!!!???」
そう言えば、会った最初はこんな感じだったなぁ。
なに言ってるか分からなかったし。
落ち着いて話すと普通なのにね。
「龍姫も貴女のスピードにおいて行かれないように頑張っているのですよ」
「そうか……。ならば私も急がねばな」
「アラニアの民は聖女様の信仰でしょう?貴女はどちらも否定しそうですが」
「当然だ。神は私1人でいい」
スケールが大きいなぁ。
「ミルティアが聖女となるのは、嬉しくもあるし、悲しくもある。きっと聖女でなければ引き抜いて、宰相にしていたのだがな」
「私は元々、聖女様の宰相候補だったそうですよ。私、そんなに宰相っぽいですか?」
「食糧管理とか、すげー喜んでやりそうだし」
「やりますね!」
そらご飯の事ですからね!
「宰相か。お前と二人で世界を制覇したかったなぁ。それは悔いだ」
「よい人に巡り会えますよ」
「だといいがな」
エウロバさんは苦笑いをしていた。
エールミケアさんが帰ってきて、すぐ新都に向かった。
「時間がないなー。世界早いなー」
歌うように話すエールミケアさん。
「新しい神皇さんですね」
「まあ、敵同士だから仲よくしなくていいよ。顔見せさ」
まあ、そうですよね。
仲良くは出来ないだろうなぁ。
エールミケアさんについていくと
「……?ここです?随分粗末な……」
「ここは新都と言っても外れの外れ。貧民街と呼んでいいところ。そこに飛ばされている教徒こそが、次期神皇」
誰なのかはすぐわかった。
絶対的な祈り。
知的で頑固な眼差し。
「間違いなくご飯の話が通じない人ですね」
「そうだねー。絶対ミルとは話合わないと思うよ」
「……信徒の方ですか?」
「違います!お話を聞きに来ました!」
「そうですか。素晴らしいことです。どうぞこちらへ」
真面目そうなその人は、にこりと笑い、椅子に勧めてくる。
「聞きたいこととは信仰の事ですかな」
「はい!神様は、救ってくださるのですか?助けてくださるのですか?見守ってくださるのですか?」
エールミケアさんがびっくりした顔でこちらを見る。
「その全てです」
その人は微動だにせずに冷静に答えた。
「ですが、現実にはその三つは人により違います。それは神のみぞ知るということでしょうか?」
「その通りです」
「それでは、信仰とはなんでしょうか?信仰心が強ければ、神様は救ってくださるのでしょうか?信仰心が弱くとも見守ってくださるのでしょうか?信仰により、神様は、その力をふるうことを変えてしまうのでしょうか?」
「神のみぞ知ることです」
「我々はただ祈ることしかできない。ではその祈りとは?」
「見返りを求めるのが間違いなのです。ただ神に感謝のこころを伝えることです。それが全て」
「神、とはなんでしょうか」
「神のみぞ知ることです」
その人は、なにも表情が揺らがなかった。
「ありがとうございました。勉強になりました」
「いえ、あなたのような探求心の強い方は、良き信徒になられるでしょう。またこの門をくぐられることを祈っております」
「神のみぞ、知りますね」
その人はクスリと笑った。
「あれなんだったの?」
教会から出るとエールミケアさんから聞かれる。
「いえ。単なる言葉遊びです。たまにああいうこと考えるんですよ。聖女様とはなんなのかと」
「……すごい哲学だね」
「ご飯のことに比べたら些事ですね。あんな言葉遊びじゃお腹も膨れません」
本当に時間の無駄だ。
「結局、分かり合えたの?」
「あの人とは話が合わないことがわかりました」
「……どこらへんが?」
「神に逃げてんじゃねーよ、馬鹿。あたりですかね」
最初は良かったが、途中からは神に逃げた。
最後まで自分の信仰と心中できなかった。
「龍姫に言った方がいいですよ。頼りないぞって」
「敵にアドバイスねえ……」
敵、敵ねえ。
「私の敵は空腹だけで十分です」




