第28食目:白身魚のお刺身
エネビット公国。
既にアラニアに向けての軍隊の展開は終わっていたが、公王マヤノリザはまだ決断が出来なかった。
既に近隣国への救援要請は断られている。
帝国本国が動かなければ、公国同士の争いには介入出来ないと。
しかし、単独でのぶつかり合いで勝てる訳がない。
勝てるとすれば奇襲。
この段階での、まだ準備が出来ていない段階での先制攻撃。
だが
「先制攻撃したとしても、奇襲が上手く言っても、最終的には勝ち目はない」
全てを失ってでも、皇帝の座を目指すエウロバは、一敗したところでメゲない。
対策をしてまた攻め込んでくる。
「国力の差は絶望的だ。奴らは無敵の軍隊。こちらは平和ボケしてる」
アラニアは常に戦争をし続けていた。
それにより優秀な人材を失ってはいるが、それ以上に、歴戦の兵たちも育っている。
特に四将軍と呼ばれている、四人の猛将の指揮は凄まじく、その名前だけで、戦意が喪失するぐらいだ。
「もう、これしかない」
マヤノリザは沈痛な顔をして、部屋を開き、中に入った。
その部屋は寝室だった。
華やかな香りが漂う寝室。
その真ん中には、十代後半と思われる女性が寝ていた。
「御祖母様、ヘイルカリ様、お眠りを覚ます無礼をお許しください」
その女性は龍族。
アラニアのエウロバの祖母、ソレイユと同期のヘイルカリ。
マヤノリザは、ナイフを取り出し、自らの手首を切り裂き、ヘイルカリの口に血を飲ませた。
すると、ヘイルカリの目が開かれる。
「……大体状況は分かるわ。マヤノリザ」
「御祖母様。おしかりはいくらでも受けます。ただ、この状況は、この国の存亡に関わります。どうかお知恵を」
「相手がアラニアでなければ、私が自ら戦線を切り開きましょう。しかし、相手がアラニアとなれば、ソレイユが出てくる。これは龍姫様も望んでいません」
「それでは」
「闘いを避けなさい。
いい、正しいことをなさい。今の皇族を守る事が正義ではない。
帝国が、帝国であり続けるのが正義よ。
守るべきは、腐りきった血筋ではない」
「エウロバの即位を認めよ、と」
「即位はいいわ。問題は次の野望。奴の野望は帝国を一つにまとめること。公国という括りをすべて破壊しようとする」
「……あまりにも、壮大すぎる野望です」
「そうでもないわ。今の帝国では1人を除けば雑魚だもの」
「1人」
「あなたよマヤノリザ。だから、ここで死んではいけない。むしろ、公国として力を付けなさい」
「まさか、エウロバと同盟し、隣国を攻めよ、と」
「他に手はない。我らは力を残す。それがエウロバにとってはもっとも忌々しい事よ」
マヤノリザは口を噛む。
「時代は変わるわ、マヤノリザ。今こそ我らも変わるとき。だが、残すべきものは残す。公国の廃止など許さない。残すものと、そうでないものをしっかり分けなさい」
ヘイルカリは、マヤノリザの頬に口付けをする。
「愛しいマヤノリザ。抗いなさい。時代に。貴男ならできるわ。夢を見ながら、あなたの活躍を祈っているわね」
その口に付いた血を舐めとり、再びヘイルカリは寝台に戻る。
「お休みなさい。マヤノリザ」
王座につくマヤノリザ。
臣下に対して伝えた。
「アラニアに使者を出せ。和睦の使者だ。
そして、アラニアに向けた軍隊は転回して、グラドニアを攻めろ。
グラドニアには宣戦布告だ」
その方針転換に、臣下はパニックになった。
しかし
「アラニアと、エネビットが力を削ぐわけにはいかない。我々は帝国を守るのだ。アラニアの進撃を止めるのは今ではない」
「必ずアラニアとはぶつかる。それまでに力を蓄える」
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「不思議な料理が多いです」
「生の魚なんて、帝国でもあんま見ないよ」
私の前で魚を捌く料理人。
「新鮮でないと食べられませんからね」
「わたしは、隣の大陸出身で、生でなにかを食べる文化はあるのですが、魚は見たことないです」
「でしょうね。意外と大変なんですよ。生で魚を出すのはね。工夫をしないといけませんから」
そう言って目の前に出されたのは、透き通った色のお魚の切り身。
「これに、この香草を添えて食べると美味しいですよ。魚の臭みがなくなります」
恐る恐る口に運ぶと。
「お、美味しい!」
臭みが全然ない。歯応えもコリコリして良い。
「これも、単に切るだけではありません。食べやすいように、切り身を刻んでおくのです。そうすると、小気味の良い歯応えを感じられる」
「歯応えまで計算にいれているのですか?」
「それが料理ですよ」
その通りだ。
ありとあらゆる事まで考える。
食べる人のことを考えて料理を作るのだ。
「料理は奥が深いのです。こういうのが大事ですね」
「それで、ミル。これ食べ終わったら転移でアラニアに跳ぶから」
「おお。エウロバさんのところですね」
「うん。情勢はどんどん動く。早めに会おう」
アラニア。
軍隊のど真ん中でした。
「わお」
「あれ?転移指定間違えた?」
「いえ。合ってるわ。ちょっとイレギュラーがあってね」エウロバさんが来る。
「戦争ですか?」
「攻めようとしたところが和睦してきて、他の国攻めたのよ」
それはまた。
「相手の公王は、帝国内の公国で一番有能。でも規律に厳しく、絶対に帝位簒奪なんて許さない。どう思う?ミル」
聞かれたので
「よくわかりませんが、帝位簒奪はもう諦めた。
というか、まあそこは容認できる範囲だったのでしょう。
それよりも、他国を攻めたほうが重大。
つまり、アラニアの好きにはさせない。
公国は絶対に残すという決意かと」
「……なるほどね。一番すっきりするわ」
「多分苦渋の決断の末でしょうね。手強いですよ。きっと」
「そうね。覚悟の上。後は一気に突っ走るだけよ。夜ご飯の準備できているわ」
「わーい!食べましょう!食べましょう!」
「夜ご飯なのに贅沢です!」
「わたしは、夜いっぱい食べるタイプ」
「さすが王侯貴族!」
果物盛り沢山。
こういうの好きなんだ。
「わたしは甘いの好きだからな」
「わたしもです!」
二人で仲良く食べる。
エールミケアさんは一度戻っていた。
曰く
「この情勢を龍姫様に報告したら、戻ってこいって言われた」
そうです。
わたしは2日ここにいることになったのだ。
そしてその日の夜。
「マヤノリザという男も変な奴でな。規律に厳しい割には、近親相姦しているんだ」
「それはまた」
基本的には禁忌なのにね。
帝国ではそうでもないのかな?
「妹がやばい奴らしくてな。私との抗争を煽ったのも奴だ」
「なるほどぉ」
エウロバさんの寝室で延々とお話している。
流石に眠くなってきた。
「眠くなりました」
「そうか、じゃあ寝ようか」
「はいです。私は部屋どこでしょう?」
「ここ」
自分が座ってるベッドを指差すエウロバさん。
「それは、エウロバさんのベッドでは?」
「広いから大丈夫だ。一緒に寝よう」
いいの?それ?と思いながらも、眠くなってきたので
「まあ、いいや。寝ましょう」
「うん」
嬉しそうにするエウロバさん。
私たちは隣で横になる。
「温もりなんて感じたことがない」
エウロバさん。
「わたしもです」
「わたしは、愛がほしい」
「愛は、求めているだけでは得られないかもしれません」
「そうね。わたしは、愛を与え続ける。愛を得るために」
エウロバさんはわたしに抱きつく。
「ミル、負けないで。必ず、自我を残して」
「はいです。私は、必ず残ります」
暖かな身体のエウロバさんと抱きしめあって、わたしは寝た。




